第23話 都へ

 50年前の黒影戦争。

 ハーデ国の隣国であるマホ国への侵略戦争のことだ。

 マホ国は山岳地帯に存在していた小国だったが、交易などで我が国と交流があった。

 当時の王は好戦的な人物で、突然マホ国に侵略し、占領し滅ぼしてしまったのだ。

 王のあだ名は「黒影王」。それゆえ「黒影戦争」と呼ばれている。

 この戦争は、今では我が国の汚点となっており、マホ国の領地は現在では「マホ特区」として、保護対象となっていた。


「ヤシャルの一族は謎が多く……私も過去の文献でその名前を知りました。多分、マホ国内でもその存在を知らない人もいたでしょう」


 別荘に向かう小道をゆっくり歩きながら、ユディタは話す。


「先日、ミルオゼロ湖事件の際に、姫様が紫の髪の人を見たと聞いて、ぞくっとしました。ヤシャルの一族が実在すると確信できたので……」

「そうだったの……」

「それで、ミルオゼロ湖の近辺を調べました。手伝ってくれた大学の友達がいるんです」


 別荘のほうから、騒がしい気配が伝わってくる。カグヤが先ほどのように戦っているのだろうか。

 

「ただ紫の髪の人の情報は得られなかったのですが、聞き込みで意外な話をきいて……。集落からすこし離れたところに、焼き物の窯をかまえていた職人の男性がいて、そこに一人娘がいたそうなんです。娘さんは結婚して都に住んでいたけど時折帰ってきて仕事を手伝ったりしていたと」


 ユディタは顔が腫れているせいか少し話しにくそうだったけど、話を続けた。


「そのうち、女の子を連れて帰ってくるようになり、その女の子はカグヤと呼ばれていたとのことで」

「え?」

「別にカグヤの親戚の家がミルオゼロ湖の集落にあるのはおかしくないです。でも、カグヤはそれを隠してました」


 ーー家族で何度かいったことあるよ。


 確かカグヤは以前にミルオゼロ湖のことをそう言っていた。

 ユディタのいう「カグヤ」が本人なら、「おじいさんの家があって」と話すのが自然な気がする。


「その職人の家は、今はもうなくなっていたそうで、職人がカグヤの身内なのかどうかはつかめませんでした。私のほうで探ろうと思っていたのですが、カグヤも謹慎になってしまったので……」


 ははっとユディタはおかしそうに笑った。この場にふさわしくない笑いだった。


「まさか、カグヤ自身がヤシャルの一族のだったとはね……私もそこまでは思いつかなかった。私もまだまだですね」


 

 私とユディタが別荘に戻ると、すでにことは終わっていた。

 襲撃者は、全て倒されていた。


「姫様、ユディタ!」


 アマーリエが駆け寄ってくる。アマーリエの衣服も汚れがあり、奮闘してくれたのが判った。


「うわ! その顔、大丈夫か?」

「うん……とりあえず、こちらは片付いた?」


 アマーリエが頷く。

 そして視線を送った先には、別荘の門のところで、ディアナとカグヤが話していた。


「カグヤ、すごいよな。あれってなんなんだ?」


 アマーリエが言っているのは、カグヤの戦闘能力のことだろう。


「今は説明する時間はないわよ。この後どうするか……」


 ディアナが、私たちに気がついたようで、カグヤと一緒に近寄ってきた。

 そして、馬に乗ったサシャが、門から駆け込んできた。


 みなが口々に、私の無事を喜んでくれた。私もみんなが大きな怪我がないことにほっとする。

 管理人のご夫婦もとっさに食糧庫に隠れてくれて、無事だったそう。


 馬を下りたサシャが報告する。


「役場の軍の詰め所に報告してきました。人をよこしてくれるそうですが、人数は少ないみたいです」

「わかったわ」

 

 ディアナが頷く。


「ルミドラ姫、私たちは都に戻りましょう」

「え、これから?」

 

 夜明けまで、数時間はある。


「襲撃が失敗したことを知った者が、次の手を出してくる可能性があります。リリヤヴァ宮にいるほうが安全です」

「馬を連れてくる!」


 アマーリエが駈け出した。


「サシャ、サシャはすぐに出発して、このことをリリヤヴァ宮のマリアナたちに報告して」

「判りました」

 

 サシャは、すぐに出発していった。馬の蹄の音が遠くなる。


「姫様は、私たちと一緒に都に戻ります。ただ馬車だと時間がかかるので、馬でいきたいのだけど……」


 ディアナが気まずそうに私を見た。乗馬が苦手なことは、ディアナはもちろん知っている。


「私と一緒に乗ればいいよ」


 カグヤの申し出に、ディアナが戸惑った表情になったのが判った。

 私は慌てて言う。


「馬場の訓練の時に、カグヤと一緒に乗ったことがあるから大丈夫だと思うわ」

「わかったわ……。ではカグヤ、十分気を付けて」


 近くのロッジにいたリリヤヴァ宮の警護のものたちもかけつけ、別荘のことを頼んだ。

 その者たちが乗ってきた馬も借りて、私たちは夜の闇の中、出発することになった。


 アマーリエが先頭を走り、私とカグヤの馬を守るように、ディアナとユディタが後ろについた。

 セレニヤヴァ村はあっという間に駆け抜け、静かな田舎道を通っていく。

 こんな時間なので、誰にも出会わない。ただ、私たちの一団が走り抜ける音だけが響いた。

 

 私はカグヤの前に座っていた。

 カグヤが手綱をつかみ、馬を操る。

 

「カグヤ、今、話してもいい?」

「うん」


 いろんなことが起こりすぎて、私も混乱していたけど、馬に乗って風にふかれている間に、聞かなきゃいけないことがまとまってきた。


「あのミルオゼロ湖の時、助けてくれた人も紫の髪で……あの人は……誰なの?」

「私のお母さんです」

「ああ、お母さん、ああ……そうだったの」


 ユディタが調べてきたミルオゼロ湖集落の焼き物職人の娘というのが、カグヤのお母様なのだろう。そして「カグヤ」という名の孫の存在。それがカグヤ本人だったのだ。

 カグヤは自ら語り出す。


「これは全部、両親とおじいちゃんから聞いたことですけど、私の母はマホ国生まれだったそうで」


 やっぱり、カグヤはマホ国にルーツを持っていた。

 その事実に、私の心は乱れる。


「黒影戦争の時に、おじいちゃんは生まれたばかりのお母さんを連れて、ハーデ国に逃げてきたって。それはおばあちゃん……お母さんのお母さんの頼みで逃げてきたって」

「おばあさまどうされたの?」

「おばあちゃんは国に残って戦わなきゃいけなかった。ヤシャルの一族だから」

「ヤシャルの一族のことは、ユディタに少し聞いたわ。でも、公的な資料にはなにもないと言っていて……」


 農道を抜け、次の街にさしかかると整備された石畳になった。

 馬の走る音が余計に響く。

 

「ヤシャル族の存在は、公けにはされていなかったって、おじいちゃんが言ってました。マホの人でも知らない人もいたって。特によその国には知られないようにしていたそうで」


 その事情は分かる。

 さきほどのカグヤをみたら判る。あまりにも強い。

 その強さは、何かの火種になりかねない。だから、知られないようにしていたのだろう。


「おじいちゃんは焼き物の職人だったから、ミルオゼロ湖の近くにひっそり住んで、焼き物を作りながら、お母さんを育てて……で、お父さんと知り合って結婚して都に住むようになったそうなんだけど」

 

 あの事件の日、とカグヤはいった。

 ミルオゼロ湖事件のことだ。


「あの事件の時、私もお母さんもおじいちゃんの家に数日前から泊まっていて」

「じゃあ、カグヤもいたのね!?」

「うん、その~」


 急に歯切れが悪くなった。私が先を急かすと。


「ルミドラ姫の一家が静養に来ていたのも知ってて……集落で話題になってたから」

「そうだったの……」

「それで、夜盗団が襲ってきた時、お母さんは集落の人と王家の人たちが心配だっていって……そうしたらヤシャルの力が、はじめて発揮されて」


 考えてみたら、普段の生活であんな力を使う場面はない。


「おじいちゃんが止めたけど、お母さんは家を飛び出して朝まで帰ってこなくて、火事も起こってたし、すっごく怖かったなあ……」

「そうだったわね……」


 私たちは、あの恐怖を近い場所で経験していたのだ。

 不思議な気がした。


「あ、でもヤシャルの力って、自分でどうにかできるもんじゃないっていうのも今夜判った……」

「じゃあ、カグヤも今夜はじめて?」

「うん、ヤシャルの一族だからといって全員力を持ってるわけじゃないって聞いてたし」


 カグヤ自身もよく判らない部分があるようだ。


「あの……お母様はどうされているの?」


 あの日、助けてくれた、ずっと会いたかったあの人。

 今夜、カグヤが助けに来てくれた時、その人がまた現れたのかと一瞬思った。

 片時も忘れることのなかった騎士。

 

「お母さんは五年前に病気で……死んじゃったんだ」










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