女王になりたくない姫は紫の女騎士に恋してる

南愛恵

第1話 親衛隊結成

 燃えさかる炎。

 静かな湖畔だったのに、今は炎に包まれている。

 母は私を抱きしめたまま、必死に走っている。

 ドレスの裾を翻して母は走る。 

 黒い影の追っ手が近づいてくる。


「あっ!?」


 足がもつれ、母は地面に倒れ込む。

 私をかばい覆い被さる。


「どうか……この子だけは……この国にとって大事な娘……どうか……私の命にかえても……」


 追っ手の怒号が近づいてくる。

 黒い影の手が、母の肩にかかろうとした時。

 一筋の光が、それを追い払う。

 母と追っ手の間に立ちはだかった細身の姿。

 私はみたのだ。

 紫の長い髪がなびく、その人の姿。

 美しい横顔、だけども鋭い視線。


「妃殿下、ルミドラ姫をつれてお逃げください」




金糸雀カナリヤ隊、入場ーー!」


 高らかなラッパの音と共に、大広間の扉が開く。

 扉の向こうから、その一団が入場してきた。


(みんな緊張してるのかしら。まあ、私もだけど)


 私はちらりと横に並ぶ伯父であるダヴィト王を横目でみた。

 やっぱりお父様に似てるわ。

 私の父でもあり、王弟でもあるテオドル公は、今日に限ってはなんと私より下の席に座っている。

 私の視線に気がついたのか、ダヴィト王は、私を見てにっと笑った。


「ルミドラ、表情が固い。もう少し微笑んでみなさい。可愛いのだから」


 こんな時まで軽口を叩く。伯父様は、私にとってきさくな伯父様だ。

 大広間の上段に座っているのは王である伯父様、そしてその右隣にきらびやかな椅子を用意されて座っている私、ルミドラ。

 今日の主役は私なのだ。


 私は来年は18才になり成人を迎える。

 そして、同時に王太女の地位を得て、王位継承権第一位となる。

 この国・ハーデ国は、ソレヤ・ルビナ女王が創設したという伝説があり、女王の統治機関に栄えるというジンクスがあった。

 それもあり女子のほうが、王位継承権に有利となっている。

 王位継承権は成人に与えられることになっており、現在の王太子はダビィト王の長男のローベルト王子。彼も今日の式に参列している。ちらりとみると、すました顔で席についていた。



 王に女子の実子がいれば、もちろんその女子が継承権一位となるが、ダヴィト王には、男子が二人しかいない。つまり私の従兄たち。

 そして、実子に女子がいなければ、王の兄弟の実子の女子が継ぐ。

 ダヴィト王に、現在生存する兄弟は私の父ひとり。

 正確にいえば妹はいた。クラーラ姫という人が。その姫が以前は王太女だったのだ。


 私もクラーラ伯母様のことは覚えている。賢女と誉れ高く、知的な美しい人で、一見近寄りがたさすら感じる、これぞ姫の中の姫といった素晴らしい女性だったけれど、私には優しく、ちょっとしたいらずらをしかけてくるような、茶目っ気のある人物だった。

 私も伯母様が大好きだったし、王族の誰からも愛されていたし、もちろん国民のみなからも愛されていた。

 クラーラ姫は、ある時美しい金髪をばっさり切って、肩までの長さのすっきりした髪型にしたことがあるそうだけど、この王都・ルジェミル中の娘たちが真似をして床屋が大盛況だったとか。みんなの憧れの的だったのだ。

 でも、伯母様は十年前に若くして亡くなってしまった。悲劇だったのは、その数年前に長女のヤルミラ姫も幼くして亡くなっていた。もしクラーラ伯母様が順当に王位を継いでいたら、ヤルミラ姫がそのまま王太女になっていたことだろう。


(私が女王候補になることなんてなかったわよね……)


 内心、ため息をついてしまう。

 クラーラ姫の早逝はたくさんの人の運命を狂わせてしまった。

 ダヴィト王だって、そうに違いない。

 でも、王は、今は国民にも人気の高い、人格者としてハーデ国の王として君臨している。きっといろいろと葛藤もあっただろうけども。

 ラッパの音がやむ。

 王、そして私の面前には、九人の若い女性が整列していた。

 儀式用の礼服がまばゆい。

 その女性たちの中に、私は見知った顔をふたつ見つけた。


(マリアナ、ディアナが緊張している表情は珍しいわ)


 二人とは、子供の頃から面識がある。

 マリアナは、私の学友だった。家庭教師から授業を受ける時、数人の同じ年ごろの女の子たちと同席することがあった。その中の一人がマリアナ。背が高く、とても美人。

 ディアナは王家の分家筋の姫君で、私より五つ年上。私の遊び相手として宮に呼ばれることがあり、姉のように可愛がってもらった。しっかり者でとても頼りになる。子供の頃はおてんばな面もあったけど、今は大人の女性のしとやかさを感じる。


「ルミドラ・ソフィヤ・ルビニツァ姫の親衛隊・金糸雀隊として、本日よりこの九名がお仕えいたします」

 軍の長官が高らかに彼女たちの名前を呼び上げる。


「マリアナ・ルジェフスカ」

「はっ」


 美しい顔の友人が、一歩前にでて、一礼をする。流れるような美しい所作に、友人ながら見惚れてしまった。

 次々と、隊員たちの名前が読み上げられる。


「ノエミ・モンテロ・ザルニツカ、サシャ・ヴォルコヴァ、アマーリエ・ザモイスカ、マルタ・ルスカ、ユディタ・ヴァルシェル、ディアナ・ラジンスカ、ゾラ・チェルニ」


 この儀式のために何度も訓練してきたのだろう、みんな、よどみない動きだった。    だけど……。


「カグヤ・ストレガ」

「は、はいっ」


 最後に呼ばれた黒髪の少女はうわずった声色で返事をし、どこどなくぎこちなく頭をさげ、そして一瞬私の顔をみた。

 でもほんの一瞬。

 さっと、目をそらす。

 その彼女がどんな顔かも私がよく判らなかったけど、ただ黒い瞳だけが揺らめいたのが判った。


(緊張してるのよね……でも私の顔をみたのは彼女だけだわ。度胸があるんだかないんだか)


 全員の名が読み上げられた後、ダヴィト王が話し出す。


「金糸雀隊は女王もしくは女王候補だけが持つことが許された特別な部隊である」


 大広間は、王の言葉を聞き漏らすまいといったように、誰も音を立てずにいた。

 朗々とした声が響く。


「その責を誉れに思い、姫と国のために尽くすがよい。期待している」


 すっと王は、私に一瞥をくれた。


「ルミドラ姫より任命の言葉を」


 きた。

 これが今日の私の仕事。

 私は豪華な椅子からすっと立ち上がった。

 間違えないように……。ああ、緊張する。


「そなたら金糸雀隊は、私を守り、運命を共にし、その責務を果たすことを命題にせよ」

 大丈夫、間違ってない。

「ルミドラ・ソフィヤ・ルビニツァより、九人の乙女たちにその任を命じます」


 私の言葉が終わると同時に、九人は膝をつき、頭を深々と垂れる。

 と、同時に城の一番高い場所にある「告知の鐘」が鳴り響いた。

 澄んだ美しい鐘の音は、都の人々に城で重大な行事があったことを知らせるもの。

 クラーラ姫の金糸雀隊は、姫の逝去に伴い解散していた。

 私の金糸雀隊はそれ以来の結成となる。

 都の人々は、喜んでいるだろう。

 また近い将来、この国に女王が誕生することを。

 

 晴れやかな鐘の音とはうらはらに、私の心は少し沈んでいた。

 大きな行事の緊張のせいだと、私は思い込もうとしてた。


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