アームドリターナーソルアーク ~特撮大好き天才女子大生による、世界最高の天醒皇への道~

平成平

創世0:太陽の子

第1話 When did you see the sunrise?

 子供の頃、憧れのヒーローになりたかった。高校時代、友人たちと本気でヒーローを作った。そして今、『本物のヒーロー』に











 朱い血が、止めどなく流れている。


「…………ぅ、がふっ」


 霞む目の瞼を押し上げて、左脇腹から突き出た鉄骨を見る。傷口は焼石を当てられたかのように熱い。しかし、血を流し過ぎたからだろうか、体が氷水に入れられたように凍えもする。


 先程の地震が起きてから一体、どのくらい気を失っていたのだろう。鉄骨を伝って出来上がった血の海は、既に1リットル程の分量になるのではないか。私の小学生の身体でこれほどの血を失えば、この後自分がどうなるかなど馬鹿でも予想が付いた。


 力が抜ける筋肉を鞭打って、首を後ろに捻る。私に刺さった鉄骨が、背にのしかかる瓦礫と土砂を支えているのが見えた。


「あ————、ぅ…」


 ごぼり、と口から泡混じりの血反吐が出た。今や、自分の命を脅かすこの鉄塊が、私と『もう一人』の生命線だった。


「……」

「ね、ぇ……だい、じょうぶ…? 生きて、る……?」


 答えは、返ってこない。手を伸ばせども、届かない場所に彼はいた。


「……く————!」


 鉄塊で地面に縫い付けられた、自由の利かない身体で藻掻く。土砂の隙間から流れて来た、何かが弾ける音と煤けた匂いが鼻を衝いたからだ。

 もうすぐここにも火の手が迫る。


「っ、ッッッ……っぁ、ヴアァァァア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッッ⁉ い、ぎッ…ヴヴェッ、えァ…がアアァァァァァァァッ、ッッ‼」


 ブチブチと、傷口からおかしな音が鳴った。鉄骨の隙間から噴水のように溢れる体液。もう助からないだろう自分の身体を、無理やり動かす。焼けるような痛みが脊髄を走り、悲鳴が口から洩れる。だというのに、どこにそんな力があったのだろう、私の身体は止まることが無い。それもこれも、火の手の迫るこの場所で、彼だけは失いたくなかったのだろう。


「ふーッ……、ンふーッ、フぅぅー…! んウ、ヴ、ォア゛ァァァァァッッッ‼」


 噴き出る大量の血のことを気にも留めず、彼の手を掴んだ。


「……、ぅ、ん」

「ぁ、ああ……あ、ぁぁぁぁ……っ、息が、ある……っ」


 良かった。ああ良かった……、生きている。片方の足が折れているが、私程の重症じゃない。きっと大丈夫。この場所から逃げてくれさえすれば……。


「————は、なん、で?」


 また、揺れた。それも、さっきの地震よりも強い。待って。嘘、待ってよ。


 轟々と、何かが地響きを伴って迫ってくる。海がある方向から音が聴こえる。


「……、ぁ」


 もうすぐで、津波が来る。


「……ぃ、だ…ぃやだ嫌だ。いやだヤダやだイヤだ、いやだぁぁぁ……」


 どうして? 何で? 何で死ななくちゃいけないの。死んでほしくない。でも。でも、こんな人間の私じゃできない。助けて。彼を助けて。まだ生きているのに。殺さないで。誰か、いないの、誰か————! そうだ、お母さん、生きてるよね……⁉ 私は、此処だよ……⁉ お願い、誰か、助けられるなら……生きている人間がまだここに、ここにいるんだよ‼

 あれ、声が……————出ない……。

 何で、何で。何が悪かったの、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして……!


「あ、あ、ああ……あぁぁぁぁ……」


 私は何で、助ける力が無いの? 助けの声を出す力さえ振り絞れないの?こんなちっぽけな人間いきものでしかないの……?


「うぅっ……、ひぅ、く、うぅぅ……ごめ、んね。せ、か……ぐぅぅっ、ごめん、ね……、ごめんねぇ……」


 こうなったのは、『彼女』みたいに力の無い私が悪いんだ。こうなったのは、『あの子』みたいに賢くない私が悪いんだ……。


「助け、て、あげられ、なくて、ごめんね、ぇ……」


 ……今こんな状態になって神頼みなんて間違っているのでしょうが、どうか、どうか、生まれ変わりを司る神様がいるのでしたら、お願い申し上げます。来世の彼を、私なんかのような、無力で無知な、意気地の無いダメな子供の傍なんかじゃなく、ヒーローのような、相応しい人間の傍に生まれ変わらせてあげてください。今世では与えられなかった、目一杯の幸せを与えてあげてください……。


 そう思った時……————。




“————生きろ。お前が生きる限り、世界は変えられる”




 ————……、そんな声が、聞こえた。


「……、ぁ、え?」


 瓦礫の隙間から一縷の光が差す。


真理那まりなっっ‼」


 結婚指輪が嵌った、いつも私を撫でてくれる左手が、私たちに向かって伸ばされた。


 ……日本国龍都りゅうと神門しんもん。2031年6月15日。午前7時6分。それが、今の私が始まった日。三万人近くの死者が出た、後に『龍都神門大震災』と呼ばれる日の、朝の出来事だった。











 2043年。日本国、東京都。


 九月になったというのに、残暑が厳しい日が続く夜のこと。私が住んでいるアパートに、片手にビニール袋を持って『時目ときめ星海せかい』がやって来た。


「夏休みも後半なのに、どこかに遊びに行かないのか? 俺としては真理那、お前と会えるからいいんだけど。はいこれ。今日の分のハーゲン」


 そう言って、お高めのカップアイスを袋ごと手渡してくる私の従弟。すぐ近くのコンビニエンスストアで買ったらしい。まだ溶けておらず、程よく固い。私お気に入りの抹茶味の他にも、星海の好みの味がいくつか入っていた。


 彼の、整った女顔がすぐ近くにある。私の鼻腔を、雨上がりの花畑のような匂いがくすぐった。

 邪魔するぜー、という言葉を言い放った後、彼は靴を揃えて、私の部屋にぬるりと入っていく。居間と寝室を兼ねる部屋の片隅に置かれた本棚椅子————星海にとっての定位置に腰を下ろすと、彼はテレビのリモコンをぽちぽち押して、やっているニュースを片端から見ていた。


「そういえば見た? また『竜』が出たんだと。今度は武蔵野市。20mくらいの大きさだってさ。その段階ステージならBAVEL社の装備で対処できるとはいえ、自衛隊も大変だな」


 膝を立てて行儀悪く座り、頬杖をつく彼……時目星海の姿を私は眺める。

 私より背が低いものの、170㎝後半はある肉付きの良い引き締まった身体。色白の私と違って、ほんのり小麦色の肌に映える虹彩異色症のアースアイは、彼の涼やかで儚げな雰囲気も相まって神秘的な輝きを放っているようだった。

 くるくると、透き通った美空色の髪を所在なく指先で弄っている。後頭部右側で毛を一回転させて結んだ長髪や、左耳の前に垂らしたサイドヘアにインナーメッシュが入っているのは、私とお揃いみたいでちょっとうれしい。まぁ、私はマゼンタで、彼はエメラルドグリーンなのだけれど。


「俺が見た限り、あれの外見はパラサウロロフスに近かったけど、死に関連する特殊能力持ちだった。だとするとおそらく、ランベオサウルス亜科の『カロノサウルス』の名前と紐付けられた黄泉の渡し守カロン由来の力だろうな」


 彼は左手に収まる、『角を持つ恐竜のレリーフが刻まれたメカニカルな鍵』のボタンをカチカチと鳴らす。


「全く、生命エネルギーを奪われた連中に魂を戻すのは大変だった……。何で俺がこんな事しなきゃ……、はぁぁ……」


 頬を膨らませながらぶーぶー文句を言う星海。耳に付けた錠前型のピアスに右手で触れて、苛立ち交じりに部屋の中を歩き回っている。昔からそういうところ、変わらないなぁ。


「……で、もしかしてそんなことを言いに来たの?」

「いいや? 用はこっち。今夜も行くんだろ、例の『異世界あそこ』。あれから調査はどれくらい進んだ?」


 彼はコンコンコンと、含みを持たせて入口のドアを叩く。


「ん。とりあえず、あっちの世界の文明レベルや動植物、知的生命体のデータはかなりまとめられてきてる。地球で起きているリターナー誕生に何らかの関係性があるんじゃないか、っていうのはまだ良く分からないけど」


 先週のフィールドワークの結果をまとめた調査書は……っと。あった、これだ。


「はいこれ。東サウリア語で書いてあるけど、読めたよね」

「ああ。にしても、ふぅん…全くお前も律義だねぇ。何処に発表するわけでもないのに、ちゃーんと論文みたいにして情報分析してるとか。あ、要らぬ助言だろうけど、このデータ盗まれないようにしろよ」

「その点は問題ない。ちゃんと対策は講じているから」

「それって……、あぁ。お前が作った、あの口が悪い量子演算式AIね……」


 え……口、悪いかな? 私あのくらいのノリの方が接しやすいんだけど。


「んーむ、ふむふむ。ほうほう…へぇ。この地質で産出される鉱物の組成からして、こいつはよもや……。それに、色々と見たことも無い動植物も興味深い。いーなぁ、真理那ばっかそういうところ行けてー」

「来てもいいけど、重力が地球の比じゃないから即ぺしゃんこだよ?」

「……、こっちで待ってまーす」


 ん。よろしい。さて、ではこっちも。さっきまで星海が弄っていたのと同型の鍵型デバイス————『テウルギアキー』のスタータースイッチを押して……。


【オキサライア!】


 空中に浮かんだ幾何学模様の魔法陣に、恐竜の力が宿る私の天醒鍵、そのキーブレード部分を挿し込んで捻る。そして起動した次元干渉回路の方陣を、扉に貼り付けるために押し出してっと……。はい、異世界でもどこにでも行けるドアの完成。


「じゃあ、行こうかな。いつも通り、オペレートよろしく」

「おう、任された。いってら」


 ドアノブに手をかけつつ、体に力を巡らせる。私の腹部に、ベルトのバックルのような自作の改造生体器官が表出した。この菱形のガジェット中心部のコアパーツが稼働すると、着用していた衣服が量子化して取り込まれ、私の身体が光に包まれる。


「う、ぅ…ゥゥあ、あッ、アァ……、オァッ————ああっ!」


 額に二本、側頭部にも二本の角が生える。


 瞼が消えて瞳は複眼となり、鼻も口も構造が変化していく。


 黒髪が消え、皮膚が硬質化し、鱗の鎧となって全身を覆う。


 被膜状の翼が腰に生え、足元を覆うマントとして垂れ下がる。


 爪や肩が刃にように鋭くなり、脈動する結晶体が体に浮かび上がる。


 ゴキリ、ゴキリと関節が鳴り、180㎝後半の私の身長がさらに伸びる。だが、決して不快ではない。凝り固まった身体が解れていくような、そんな心地の良い痛みが体中の神経を巡っていく。


『フゥゥー……』


 玄関にある鏡を見れば、そこにいたのは、人間————柏崎かしわざき真理那まりなとしての私ではなく、竜を思わせる化け物、世間で『リターナー』と呼ばれる怪人にも似た姿だった。


『それじゃ、レッツ異世界転移といこう。いや、向こうの言葉でこう言った方が良いかな?“ハエダンダ、ジュジャバンマフュディドゥゲイフ”……なんてね』


 天醒の扉が、開かれた。

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