あかりんのクマヲタ

緋色 刹那

第1話 ひぐま、アイドルに夢中

 ある日、森の中。農家のおじさんはクマに出会った。


 ズザァァァッ!


「うわっ!クマだ!」

「……」


 一頭の赤毛のクマが、山からものすごいスピードで駆け降りてくる。通りかかった農家のおじさんは腰を抜かし、動けなくなった。


 絶好の狩りタイム。にもかかわらず、クマはおじさんに一瞥くれただけで、すぐに立ち去った。


 クマが向かう先には、大きな街があった。


「……そうか。もっとエサがたくさんある場所に行くんだな」


 農家のおじさんは恐怖に震えた。


 🐻


 クマは走る。自転車よりも、バイクよりも、車よりも速く走る。


 そして、ある建物にたどり着くと、二本足で立ち、鼻息荒く足を踏み入れた。


「ライブ楽しみー!」

「あかりん、ファンサしてくれるかな?」

「トレカ交換、お願いしまーす!」


 狭いロビーは人でごった返している。年齢も性別もさまざまだが、ほとんどの人が派手な色のうちわやペンライトを持っていた。


 クマは人混みをかき分け、真っすぐ受付に向かった。周りの人間も悲鳴を上げたり逃げたりせず、クマが通るスペースをさりげなく空けた。


「チェキつき当日券はこちらでーす」

「ボフッ」


 モフモフの人差し指を立て、器用にお金を渡す。スタッフは本物のクマを前に、笑顔で対応した。


「チェキつき当日券、一枚ですね? 楽しんでいってくださーい!」

「ボッフ!」


 クマはグッと親指を立て、会場へ入る。

 もはや定位置と化した、下手しもて最前列を陣取る。「あかりん命」のはちまきを頭に巻き、ペンライトを両手に持って、スタンバイ。カラーはもちろん、赤だ。


 会場は期待と熱気に包まれている。誰も、クマの存在など眼中にない。

 彼らには、本物のクマよりも注目している存在がいる。クマもまた、その人間に夢中だった。


 やがて定刻のブザーが鳴り、待ちに待った人物が観客の前に現れた。


「みんなぁー! 今日もいっしょに盛り上がろうねー!」

「あかりいいいん!!!」

「今日も可愛いよぉぉぉ!!!」

「ボフゥゥゥ!!!!!!」


 男の娘アイドル、あかりん。

 今現在、クマを最も夢中にさせている人間だ。

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