春の呪いは花桃の香り

雪村灯里

先輩は魔女

滝沢たきざわ君。オカ研最後の活動をするから、3月3日の17時に私の家に来てほしいの』


 僕が主を失ったオカルト研究会の部室でぼんやりしていると、昨日卒業した上野うえの先輩からメッセージが入った。


 それを見て僕は酷く慌てた。


 だって、先輩の自宅に呼ばれたのだ。女の子の家に行くなんて小学生ぶり。いや、小学生とは意味合いが違う。彼女はどんな思いで僕を呼んだのだろう。本当にオカ研の活動? それとも……淡い期待を抱きながら「わかりました」と返信する。


 ――上野うえのつぐみ、彼女は魔女だ。


 彼女と初めて出会ったのは約二年前。高校に入学したばかりの僕は、オカルト研究会を尋ねた。都市伝説や怪談が好きな僕は、一緒に語り合い、楽しみを共有できる仲間が欲しかった。校舎の端にある、存在感の薄い扉を開けると、夕日が差し込む埃っぽい部室で、彼女はひとり静かに本を読んでいた。


 彼女が頭を傾けると、さらりとからす色の長い髪が流れ落ちる。それを白く華奢な手で耳にかけた時、僕と目が合った。第一印象はお伽噺おとぎばなしに出てくる魔女。儚いけど妖艶で、ゾッとするほどの美貌の持ち主。


「君、滝沢たきざわ奏太郎そうたろう君っていうんだ。素敵な名前ね」


 すっと通った形の良い鼻。鳶色とびいろの落ち着いた眼差し。ピンクの柔らかそうな唇からは、鈴を転がすような声で言葉が紡がれる。


「オカ研に入部希望? ……ごめんなさい、部員が居なくて同好会に降格しちゃったの。メンバー、私と滝沢君だけになっちゃうけど……いいかな?」


 こんな美しい人に僕が釣り合わないのは分かっていた。僕は美容やファッションに興味があるわけでも、特別美形でもない、垢抜けないただの高校生だ。


 でも、不相応にも彼女を独り占めしたいと思ってしまった。


「か、構いません! 入会します!」


 僕は『上野つぐみ』という呪いに掛かかり、虜になった。


 彼女との学校生活は充実していた。オカルトに造詣ぞうけいの深い彼女と語り合うのは楽しかった。時折、校外活動と称しては、休日に二人で資料館やオカルトイベントに出向いた。


 完璧で非の打ちどころがない彼女だが、僕に慣れて来ると、彼女が隠し持っていた、お茶目な側面が露見する。


「私の名前……生まれた時、庭に居たつぐみから貰ったの」

「鶫って冬に飛来する鳥ですよね? 確か山里に現れるっていう。民家の庭にも鶫が来るんですね」

「そう会長怪鳥だけに、トリの降臨なんてね」


 凡人が言えば凍りつく訳の分からないギャグも、彼女が言えばみやびな句か詩かと思わせてしまう。  


 掴み所が無い危うさを抱える先輩のプライベートは、ヴェールに包まれていた。普段、家で何をしているのか、オカルトの他に何が好きなのか……先輩の家なんて行った事が無い。それに毎週火曜日と木曜日に用事があるらしく、オカ研の活動は休みになってしまう。


 彼女に会えず寂しい日は、動画サイトでオカルト話を漁っている。しかし、昨年タイムラインに流れてきた、お姉さん系Vtuber「桃神ミミ」がどこか上野先輩と似ていて好きになった。声は違うが、おっとりとした口調に、彼女もオカルトが好きな所にシナジーを感じた。今では彼女の配信も僕の楽しみの一つだ。


 こんな楽しい生活がずっと続けばいいのにと思っていた。だけど別れの季節が来てしまう。上野先輩は昨日、高校を卒業した。僕は彼女に好きな気持ちを伝えられず、花束を抱えて校門を出る、彼女の背中を見送る事しかできなかった。


 そんな、自分の情けなさに苛立ちながら、彼女の面影を求めていた矢先の連絡だ。


 3月3日、彼女に気持ちを伝える最後のチャンスだ。この気持ちはチャットではなく、彼女の目を見て僕の口から伝えたい。


 だけど……ミミちゃんの生誕配信と日付が被ってる。19時配信開始だけど……いや、ミミちゃんはアーカイブで見られる。最優先は上野先輩に告白する事だ!


 僕は、脳内で告白をシュミレーションしながら床に就いた。


 ――翌、3月3日。


 僕は授業が終わると、急いで先輩の家へと向かった。電車に飛び乗り、始めて利用する駅で降りる。先輩の家から僕の家は大体一時間か。

 正直、昨日は眠れなかった。頭の回転が30%程低下している気がする……。問題を起さない様に気を付けなければ!

 意を決して歩き出したら……早速、手土産を持っていないことに気付いた。


 このままでは礼儀のなっていない後輩になってしまう!

 

 幸い、この駅前には商店街が有った。店先にはピンクののぼりが出ていて『ひな祭り』と書いてある。ああ、今日はひな祭りか。姉妹が居ない僕には縁遠い行事だ。しいて言えば、小・中学校の給食でお洒落なデザートが出るくらいの認識。


 洋菓子店でひな祭り限定の桃のババロアを勧められ、それを手土産に向かうことにした。先輩から送られた住所をナビアプリに打ち込み、商店街を抜けると次第に街は静かになる。住宅街に入ると花の香りが漂ってきた。民家の庭先には、白や薄ピンクの花が咲いていた。やがて、ある一軒の民家の前で僕は立ち止まる。


『目的地付近です。音声ナビを終了します』


 ――おい、嘘だろ? ナビさん、僕を一人にしないで。


『上野』と書かれた表札の民家をみて、僕は驚愕した。

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