春の呪いは花桃の香り
雪村灯里
先輩は魔女
『
僕が主を失ったオカルト研究会の部室でぼんやりしていると、昨日卒業した
それを見て僕は酷く慌てた。
だって、先輩の自宅に呼ばれたのだ。女の子の家に行くなんて小学生ぶり。いや、小学生とは意味合いが違う。彼女はどんな思いで僕を呼んだのだろう。本当にオカ研の活動? それとも……淡い期待を抱きながら「わかりました」と返信する。
――
彼女と初めて出会ったのは約二年前。高校に入学したばかりの僕は、オカルト研究会を尋ねた。都市伝説や怪談が好きな僕は、一緒に語り合い、楽しみを共有できる仲間が欲しかった。校舎の端にある、存在感の薄い扉を開けると、夕日が差し込む埃っぽい部室で、彼女はひとり静かに本を読んでいた。
彼女が頭を傾けると、さらりと
「君、
すっと通った形の良い鼻。
「オカ研に入部希望? ……ごめんなさい、部員が居なくて同好会に降格しちゃったの。メンバー、私と滝沢君だけになっちゃうけど……いいかな?」
こんな美しい人に僕が釣り合わないのは分かっていた。僕は美容やファッションに興味があるわけでも、特別美形でもない、垢抜けないただの高校生だ。
でも、不相応にも彼女を独り占めしたいと思ってしまった。
「か、構いません! 入会します!」
僕は『上野つぐみ』という呪いに掛かかり、虜になった。
彼女との学校生活は充実していた。オカルトに
完璧で非の打ちどころがない彼女だが、僕に慣れて来ると、彼女が隠し持っていた、お茶目な側面が露見する。
「私の名前……生まれた時、庭に居た
「鶫って冬に飛来する鳥ですよね? 確か山里に現れるっていう。民家の庭にも鶫が来るんですね」
「そう
凡人が言えば凍りつく訳の分からないギャグも、彼女が言えば
掴み所が無い危うさを抱える先輩のプライベートは、ヴェールに包まれていた。普段、家で何をしているのか、オカルトの他に何が好きなのか……先輩の家なんて行った事が無い。それに毎週火曜日と木曜日に用事があるらしく、オカ研の活動は休みになってしまう。
彼女に会えず寂しい日は、動画サイトでオカルト話を漁っている。しかし、昨年タイムラインに流れてきた、お姉さん系Vtuber「桃神ミミ」がどこか上野先輩と似ていて好きになった。声は違うが、おっとりとした口調に、彼女もオカルトが好きな所にシナジーを感じた。今では彼女の配信も僕の楽しみの一つだ。
こんな楽しい生活がずっと続けばいいのにと思っていた。だけど別れの季節が来てしまう。上野先輩は昨日、高校を卒業した。僕は彼女に好きな気持ちを伝えられず、花束を抱えて校門を出る、彼女の背中を見送る事しかできなかった。
そんな、自分の情けなさに苛立ちながら、彼女の面影を求めていた矢先の連絡だ。
3月3日、彼女に気持ちを伝える最後のチャンスだ。この気持ちはチャットではなく、彼女の目を見て僕の口から伝えたい。
だけど……ミミちゃんの生誕配信と日付が被ってる。19時配信開始だけど……いや、ミミちゃんはアーカイブで見られる。最優先は上野先輩に告白する事だ!
僕は、脳内で告白をシュミレーションしながら床に就いた。
――翌、3月3日。
僕は授業が終わると、急いで先輩の家へと向かった。電車に飛び乗り、始めて利用する駅で降りる。先輩の家から僕の家は大体一時間か。
正直、昨日は眠れなかった。頭の回転が30%程低下している気がする……。問題を起さない様に気を付けなければ!
意を決して歩き出したら……早速、手土産を持っていないことに気付いた。
このままでは礼儀のなっていない後輩になってしまう!
幸い、この駅前には商店街が有った。店先にはピンクののぼりが出ていて『ひな祭り』と書いてある。ああ、今日はひな祭りか。姉妹が居ない僕には縁遠い行事だ。しいて言えば、小・中学校の給食でお洒落なデザートが出るくらいの認識。
洋菓子店でひな祭り限定の桃のババロアを勧められ、それを手土産に向かうことにした。先輩から送られた住所をナビアプリに打ち込み、商店街を抜けると次第に街は静かになる。住宅街に入ると花の香りが漂ってきた。民家の庭先には、白や薄ピンクの花が咲いていた。やがて、ある一軒の民家の前で僕は立ち止まる。
『目的地付近です。音声ナビを終了します』
――おい、嘘だろ? ナビさん、僕を一人にしないで。
『上野』と書かれた表札の民家をみて、僕は驚愕した。
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