Chapter1 工房の日常

Episode1 人形工房

「今日は凄い雨だ…。仕事は暇そうだね。土人形達は中に…よし、入ってるね。」


 山奥にぽつんと建っている木造の建物。【ガラティア】と描かれた看板が掲げられている。その建物の窓から雨を眺める一人の少女がいた。


 彼女は長く伸ばした茶髪をくるくると弄った後、カウンターに戻ってため息をつく。足元では人間をデフォルメした土人形達がわちゃわちゃと遊んでいる。


 カウンターに頬杖をついてウトウトしていると、店の奥から15歳くらいに見える青髪の少女がトテトテと現れた。


「ご主人、掃除終わったよ。早くお昼食べよ?」


「ぅん…ありがと。今作るから、店番お願いしていい?」


「分かった〜。」


 そう言って少女が椅子から立つと、そこに青髪の少女が身体を滑り込ませて代わりに椅子を使った。


 茶髪の少女はその様子を見てから店の奥に入り、昼食の準備に取りかかった。





 ◆◆◆◆◆◆◆


「う〜ん、やっぱ天才かも。お昼ご飯にしては豪華過ぎるかもしれないけど…まぁ良いか!どうせ仕事が入ったら簡単なのになっちゃうんだし。」


 完成した料理をつまみ食いついでに味見する。今日は近くの港町で買った魚を使って魚介パスタを作った。彼女の言う通り昼食には少し豪華だと思うが、二人暮らしで料理に文句を付ける人は居ない。


 パスタを皿に盛って、テーブルにセットする。大きな声で店に向かって青髪の少女を呼ぶ。


「ローズ〜。ご飯出来たからこっちおいで〜。」


「──すぐ行きま〜す!」


 一瞬の間を置いて返ってきた言葉を聞きながら、自分も椅子に座る。店の方からガタガタと音が鳴っているが、恐らく急いで来ようとしているのだろう。


 しばらくするとバタバタと足音を立てながら、ローズと呼ばれた少女がやってきた。

 彼女はローズ・ラピスラズリ。この店、人形工房【ガラティア】にて、茶髪の少女の生活サポートをしているである。


 人間と遜色無い肌感、ハイライトの入った目、血の代わりに魔力が流れる血管擬き。これら全て、茶髪の少女が一人で創り上げた物である。

 彼女は人間と同じ様に食事を摂るし、人間と同じ様に眠る。五感も痛覚も脊髄の反射も、果ては自我すら持つ人形。人間との違いは、血の代わりに魔力が流れていることくらいだろう。


「「いただきます!」」


 料理を前に合掌する。食材に全身全霊で感謝出来る彼女は、むしろ下手な人間より人間らしいと言って良いかもしれない。

 パスタと魚介を食べて幸せそうにもぐもぐと口を動かす光景は普通の人間と見分けがつかないだろう。


 そんな顔を見ながら茶髪の少女もパスタを食べ進める。魚介の出汁が効いたパスタはとても美味であり、あっという間に皿から消えてしまった。

 ふぅ…と水を飲んで一息付き顔を上げると、お互いの目が合った。「美味しかったね」の意を込めて微笑むと、ローズも同意する様に笑顔になった。


 ─チリン


 その時、店の出入りを知らせる鈴が鳴った。直後に人を呼ぶ声が聞こえてくる。


 茶髪の少女は駆け足で店に向かい、お客さんである老紳士と対面する。雨が降っているためか、黒い傘を腕に掛けている。


「おぉ居たいた。ここで人形が買えると聞いて来たのですが…この匂い、昼食中でしたかな?」


「いらっしゃいませ。丁度昼食を食べ終わったところなので問題ありませんよ。それで、どの様な人形をお買い求めですか?」


「実はそこそこ大きな家を買ったのですが人手が足りなくて…。家事が出来る人形だと助かるんですが。」


「見た目や種族モデルに指定はありますか?」


「いえ、お任せします。」


「承知しました。一週間程時間を頂きますが宜しいでしょうか。」


「えぇ。大丈夫です。」


「では、こちらの契約書を確認次第サインを。」


 そう言って男性の前に契約書を出す。男性はじっくりとそれを確認した後、にっこり笑ってサインした。


 サインされた契約書を受けとり、チェック漏れが無いか一応の確認をする。不備が無いか確認した後、コピーを作成。保護魔法を掛けて一枚を男性に渡し、もう一枚をファイルに仕舞った。


「それではまた一週間後にお越しください。」


「分かりました。ご丁寧にありがとうございました。それでは。」


 男性は軽く会釈すると、再び鈴を鳴らして扉から帰って行った。傘を差すその背中が見えなくなるまでお辞儀をする。


 完全に見えなくなったところで身体を起こし、人形の制作準備をする。


「今回はメイド人形だから一週間だね。忙しくなるな〜。」


「ご主人、無理しないでね。」


「大丈夫だよ。今回はこの一件しか入ってないから、前みたいな無茶はしないよ。それに、私を誰だと思ってるの?」


 ドヤ顔で腰に手を当てて、薄い胸を張る。


 彼女はゴーレム魔法を極めた魔法使いであり、人形に自我を持たせる研究に貢献した立役者であり、地球という異世界からの転生者。


 この世界での彼女の名前はメイカ。ここ人形工房【ガラティア】の店主である。

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