桃の節句のオーパーツ ~恋する娘は雛人形を追い駆ける~

弥生 知枝

第1話 巫の末裔 御神楽 桜


 どたどた、ガラン、がた、ごとん


 凄まじい音を響かせて、桜は雛段を駆け上った。





(なんでこんなバカバカしいことしなきゃいけないのよ!?)


 緋毛氈ひもうせんの縁がめくれ上がって、しっとりとした漆地に艶やかな蒔絵を施された道具が、派手な音を立てて転がる。中学1年になって、こんな幼児じみた行動をとらねばならない事態に悪態を吐くしかない。


 桜の雛人形はちょっとばかり変わっているのだ。あるじである娘の健やかな成長を願って、人形師が丹精込めて作り上げた逸品は、御神楽家に代々伝えられて来た。桜のママの、母親の、そのまた母の手から手へ。

 何代も前のご先祖様から連綿と受け継がれている――――――




 とても厄介な代物だった。





 桜がその由緒正しい雛飾りを受け継いだ発端は、一昨日の母親ママの一言からだった。


「桜。ママももう年で、お雛様の相手をするのはちょっと厳しくなってきたの……。桜も年頃になったし、そろそろ任せたいのよね」


 これまで毎年、歌を口遊くちずさみつつ足取りも軽やかに雛段を飾るママだったから、その意外すぎる言葉に驚きはした。ただ、桜はいつも通りの手伝いを促す愚痴や小言の類いだと捉えた。


「お雛様ったら、しばらくは落ち着いていたけど、やっぱり年頃の娘が居ると嗅ぎ付けちゃうのよねぇ」


 だから、そう言って深い溜め息を吐いたママに、つい桜は言ってしまったのだ。


「なら、わたしがやろうか?」


 スマホをいじりながら聞き流しつつ返事をした桜は、ママの言葉に隠れる奇妙な引っ掛かりを無視してしまった。雛飾りを出すのに「落ち着く」もおかしいが「嗅ぎ付ける」など、使うはずもない言葉が紛れていたのに。


 それこそ、後の祭り。ひな祭りの始まりとなったのだ。



「ふっざけないでよぉぉぉーーー!!」


 雛飾りを舞台に、桜の雄叫びが由緒正しい御神楽家の広大な屋敷に響き渡ることとなったのである。




◇◇◇




 御神楽みかぐら さくらの家系は、先祖を遡れば神社における「御神楽の儀」で神に捧げる歌や舞を奉納したかんなぎに辿り着く。


 神々を畏れ敬い、祈りや感謝とともに歌や舞を捧げた歌舞は、科学よりも神力や信仰が力を持っていた数百年前の世では、神々を迎えもてなす神事のうちでも最も重要な位置を占めていた。

 けれど文明の発達に伴い神事、祭事が廃れて行く中、御神楽家でも稽古や修行と称した先達による技能の伝承は途絶えて久しくなってしまった。


 ただ、由緒正しい家には相応の調度が伝わっているのだ。桜がうっかり引き継いだ「雛人形」のように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る