第五夜(1)





「前線から……下がる、ですか?」


鳴鬼は聞き返したが、そこに問い詰めるような色はなかった。

「何故だ」と言いかけた言葉は、喉の奥で自然と霧散する。


──思い当たる節は、ある。


十栄神と名乗った神々の一柱、堕者が「混ざり者」と言い放ったこと。

その視線の先にいたのは、自分、狐々露、そして竜玖――。


つまり、今回の処置はDSW側の対策なのだ。

奴らの狙いを少しでも曖昧にさせるための、一時的な隔離措置。


だが、鳴鬼はそれだけでは納得できなかった。

ただ、自分が足りなかったのだ、と。

鳴鬼は自身の力が玉ほどの力を持っていれば、こうはならなかったと思い詰める。


刹那の声は続いていたが、鳴鬼の内心は苦い反省で塗りつぶされていた。

悔しさと無力感が胸を締めつける。


「でも、安心しなさい。今回あなたたちが行くのは――ラ・タニツィア魔法学校よ。そこで、いろいろ学んできなさいな」


「魔法学校……ですか? 副隊長、俺、魔法の才能なんて皆無ですよ?」


鳴鬼は思わず苦笑いを浮かべる。

確かに魔術の初歩は身につけているものの、魔法となると話は別だ。

まともに発動させることもできないソレはとても魔法とは言い難い。

そんな自分が、よりによって魔法学校――。


そもそも、今の時代にという理由で学校に学び行く人は少ないと言えるだろう。


「別に魔法を学べって言ってるわけじゃないのよ。あそこは今の時代じゃ珍しく魔法での実践形式の演習があったりするくらい武闘派だから」


近代の戦場において、魔法や魔術はもはや主力ではない。

理由は単純明快――兵器の進化である。


銃火器、魔工兵器、ミサイルに至るまで、誰にでも扱える即時性の高い戦力が台頭した今、時間も労力も要する魔法・魔術の修行など、時代遅れの烙印を押されつつある。


たとえ個人の火力が魔法師・魔術師に劣っていようとも、現代の兵器は数でそれを覆せる。

だからこそ、実戦形式の魔法教育を維持している学校など、数えるほどしか存在しないのだ。


「そもそも、個が意味をなさない時代になったわけじゃないのよ」


刹那はゆったりとした口調で、だがはっきりとした意志を込めて言葉を続けた。


「確かに、時間がなかったり、即戦力を求めるなら話は別。でも、準備が整えられる環境があるなら――魔法や魔術、そして異能を鍛える価値は今も変わらず大きいの」


一拍、間を置いて小さく笑った。


「……まあ、近代兵器の台頭でそう思わない人が増えてるのも事実。でもね、人だって兵器になり得るの。玉がいい例ね。それに、個だからこそ届く場所ってのもあるのよ。戸惑いもあると思うけど、これには意味があるわ。行って学んでらっしゃいな」


刹那の言葉に、鳴鬼は小さくうなずいた。

悔しさはある。戸惑いもある。

だが、立ち止まってはいられない。

自分の力で、守れなかったものがあるのなら。







竜玖、狐々露と合流した鳴鬼は、ラ・タニツィア魔法学校の正門前に立っていた。

静かな風が渡る石畳の坂を抜け、先に見えるは古びた屋敷のような校舎。

その玄関前、誰よりも早く気づいたのは狐々露だった。


「……あれが、魔法学校?」

「写真よりも随分と地味だな」


竜玖のぼやきに、鳴鬼も内心で同意する。

外観こそ歴史の重みを感じさせるが、どこか古びていて、言ってしまえばボロいのだ。

ギィと軋む音を立ててゆっくりと玄関扉が開いた。


「ようこそ、ラ・タニツィア魔法学校へ。何もないところだが――ま、ゆっくりしてくれたまえ」


現れたのは、黒髪に灰混じりのスーツを着た男だった。

年の頃は三十前後、髭こそないものの柄の悪そうな目つきが妙な威圧感を放つ。


「エンツォ・カルヴィーニ。ここの教師の一人だ。君たちが例の?」


「は、はい。鳴鬼と申します。こっちは狐々露と、竜玖です」


「ふむ。……苗字は言わないのか、まあいい」


ため息交じりにそう言いながら、エンツォは懐から書類らしき紙束を取り出し、片手でぱらぱらとめくった。


「ふむ、ふむ。魔術使用は可能、ただし魔法は素人。近接戦闘は得意。……おや、狐々露君は純正な魔法師か。 珍しいな、現代で魔法一本で戦おうとするとは」


「皮肉ですか?」


「いや、純粋な感想だよ。今の時代、純正な魔法使いなんて絶滅危惧種だろう?大抵の場合は研究室のが関の山だよ。私のようにね」


そう言って目尻を下げる彼の笑みには、妙に疲れた影があった。

だがそのまま背を向けると、躊躇いなく三人を招くように言う。


「ともかく、歓迎するよ。ここでは名前や肩書きより、何ができるかの方が重視される。……大した設備も待遇もないが、死なないだけマシだと思ってくれ」


「……割とほんとに起こりそうで怖いな」


竜玖の小さなぼやきをよそに、校舎の扉が音を立てて再び閉まった。




薄暗い石造りの廊下を歩きながら、三人は思った以上に整えられた校内に驚いていた。

見た目こそ古いが、内装は丁寧に手入れされており、最低限の美観は保たれている。


「……意外に中は綺麗だね」


狐々露がそう呟くと、エンツォが振り返らずに答える。


「まあ、外見だけで判断するのは無粋ってもんだ。……今回は特例で受け入れたが、理事もよく首を縦に振ったものだよ」


そう言いつつ案内されたのは、やや広めの講義室だった。


「ここは基礎魔法学の教室だ。授業は科目によって変わるが、君たちは当面ここを使うといい」


そう言ったところで、ふと足を止めたエンツォが振り返り、言う。


「裏じゃ有名なDSWの戦闘員――それも、実地に出る連中だそうじゃないか。……なら、腕の一つくらい見せてもらおう。ついてこい、演習室を使わせてやる」


ニヤリと笑う彼に、三人はわずかに顔を見合わせる。


「……了解です」


鳴鬼が一歩を踏み出し、狐々露と竜玖もそれに続いた。

試されるのも、歓迎の挨拶のうち。

そう思いながら、三人は静かに演習場へと向かっていった。









「それで、君たちは着替えなくていいかね?よければ、更衣室くらい案内するが…」


エンツォが面倒そうに言うと、竜玖は若干眉をひそめた。


「そういうあんたは着替えなくて大丈夫なのか?」


エンツォは竜玖の言葉に肩をすくめ、笑った。


「フ、いや安心したまえ。着替えなくていいのなら結構。そもそも、戦うのは――彼らだ」


エンツォが顎をしゃくった先に、五人の男女が立っていた。

いずれも学校指定らしき制服に身を包み、鋭い視線でこちらを観察している。

その立ち姿には隙がなく、全員が只者ではないことは一目でわかった。


鳴鬼たちは思わず息を呑む。


「私自身、戦闘はあまり得意ではなくてね。生徒に協力を要請したわけだ。もちろん、高等部の在学生だが手加減などはやめてくれよ?ただ……ある程度のルールは設けさせてもらう」


「そのルールって、なんだ?」


狐々露が声を少しばかり低くして問うと、エンツォは何かを考える素振りを見せてから、答える。


「簡単だ。殺しは禁止。魔法や魔術も殺傷能力の低いモノかないモノに限定する。刀剣などの刃物は模擬用のモノを使ってもらう。それ以外は――君たちの目の前にある森から出てはいけない。幸い、こちらが出るのは学生だ。地の利くらいのハンデは許してくれたまえ」


竜玖は苦笑交じりに吐き捨てるように言った。


「よく言うぜ、あんな学生を用意しておいてよ」


目の前の五人の学生たちは、一見すれば年若いが、全身から張り詰めた空気が漂う。


「それと、異能の使用は禁止だ。これは学校の方針というより、君たちの所属組織からの要請だそうだ。魔法、魔術は許すが、異能だけは封印してもらう。それ以外は……そうだな、再起不能レベルの怪我を負わせなければ問題ない。」


エンツォの目が、試すように細くなる。


「何か、質問は?」


沈黙の中で、鳴鬼が口を開いた。


「……一つ確認を。再起不能レベルの怪我でなければ、何をしても構わないんですよね?」


エンツォは意地の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、それ以外であれば気絶させようが、降参させようが問題ない。」


三人は視線を交わし、空気が張りつめる。

狐々露がわずかに笑い、竜玖は拳を握りしめる。


「やるぞ!」


「「おう!」」


森へ続く扉の前で、空気がわずかに震えた。

それは、戦いの幕が上がる合図のようだった。







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設定集的なヤツ


ラ・タニツィア魔法学校

ウェイストランドの北東部に位置する学校。

現存する魔法学校では珍しく戦闘実戦を主とした演習を行うことがある。

初等部から高等部まで存在し、全校生徒は二百名ほど。

全盛期であれば、数千の生徒がいたらしいが今ではその栄光はない。

理事は学校の歴史に対し数が少なく現在の理事で二代目である。




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