残念で、やっぱりで、スッキリして


 わたしが一気に言い切ると、あかりの顔から笑みが消えた。


 そして、肩を下げ、後ろの壁にもたれかかる。


「彩、それ本当? 冗談じゃない、よね?」

「……うん」

「その、好きってのは、その……そういう、意味ってこと?」

「…………うん」



 そうだ。今、わたしがあかりに対して抱いている感情の名前は『好き』である。それを認めた以上、そして桃ちゃんがわたしの返事を待ってる以上、あかりにはちゃんと示さないといけない。

 わたしの想いを。


「……でもさ、あたし女だよ? 彩はあたしでいいの? 好きな男とか、他にいないの? ってか彩、普通に顔は良いと思うし、高校生になったことだしそのうち告白されるかもよ?」

「いいの。あかりがいいの。ってか、女の子が好きなのはあかりも同じでしょ。美弥ちゃんとデートしたいだの、ずっと抱きしめたいだの」

 あかりだけじゃない、美弥ちゃんも桃ちゃんも女の子が好き、なわけだし。それこそ何を今更、だ。


 好きになっちゃったんだから、しょうがない。



「いやあでも」

「あかり、あんた今まで何回男に告白されてると思ってるの? わたしだって、あかりが好き、なんだから。……良いでしょ、告白しても」


「幼馴染でも?」

「幼馴染でも。それにわたし、この気持ちをちゃんと伝えておきたい。これを抱えたままわたし……ドラム叩ける気はしない」


 そうだ。

 これからのバンド活動のためにも、わたしは今ここで告白しなきゃいけない。


 好きという思いは伝えて、キレイさっぱりしてドラムに集中したいんだ。

 ちゃんとバンドのリズムを取るためにも。



「だからその……あかりが嫌、ってなら別に良いの。でも、わたしがあかりを好きで、その、幼馴染としてでなく、ちゃんと付き合いたいと思ってる……ってのは、覚えていてほしい。あかりが美弥ちゃんに対して持っている気持ちと同じように」

 


 わたしは両手を真っ直ぐ伸ばす。

 どうしてなのかわからないけど、とにかくあかりのことを感じたくなったのだ。


 つるつるすべすべのあかりの顔。スキンケアとか、やってるのかなあかりは。

 両頬をなでているうち、わたしの脳内が、幸せで満たされていくのを感じる。


 もしかして、いつもぴったりくっついている桃ちゃんと美弥ちゃんは、毎日こんな感じの幸せを噛み締めてるのだろうか。

 特に美弥ちゃん。毎日桃ちゃんのぬくもりに触れて、それで……




「――わかった」


 思わず桃ちゃんと美弥ちゃんの関係が気になってしまっていると、あかりが再び口を開いた。



 そして、あかりの顔を触っている上からわたしの両手を握る。この狭い防音室でずっと練習してきたことの証である、凸凹の大きな手のひら。


「ありがとう、彩。教えてくれて。彩、真面目な顔して冗談言うことは絶対しないもんね」

 握ったわたしの両手を押し戻し、わたしとの間に少し距離を作るあかり。


 そこに、いつものだらしなさは微塵も感じられない。

 テスト前日とかよりも、よっぽど真剣な表情。


「でも彩、どうしたの? 急にそんなこと言い出して」

「それは、その……昨日盛り上がった勢いで、今言っとかないと言えなくなるかな、って」

 実際は、桃ちゃんに告白され、色々考えたからではあるけれど、桃ちゃんの告白は秘密にしておく約束だ。それに、言うと決めた今でないと、言えそうにないのは本当だし。


「じゃあ、彩は、前からあたしのことが」

「自覚したのは、つい最近だけど。でも昔から、あかりは美人で、陽キャで、友達多くて、スタイル良くて、楽器上手くて……わたしの、憧れだった。そのあかりの隣りにいるのが、嬉しかった」


 

「……そっかー」

 

 少しためたような言葉の後、ぼんやりと天井を見上げるあかり。

 わたしの言葉を、あかりはどう受け取っているのだろうか。

 

 次の言葉を待つ時間が、もどかしかった。

 


「じゃああたしは、これからも彩の憧れでいないとね」


 そして、出てきたのは、あかりのいつも通りの軽い口調。


「あたしより可愛い子も、話が上手い子も、ベースが上手い子も、まだまだたくさんいるけど、彩があたしを選んでくれた以上、あたしがもっともっと上達しなきゃだね。よし、頑張るか!」


 あかりは右手を固く握り、わたしの顔の前に持ってくる。

 キラキラした顔は、わたしの視線をとらえて離さない。


 あかりは決して、自分の今に満足することはない。どれだけベースが上手くなっても、より上手くなろうとし続ける。好きなこと、興味を持ったことに対しては、とことん突き詰める。妥協しない。


 それが行き過ぎると美弥ちゃんへの愛情表現みたいになるわけだが、彼女の向上心には素直に尊敬してしまう。



 だから、そこにわたしが追いつくのは大変だと思う。

 けど、それでもあかりの隣にいるのは、楽しい。


 

「じゃあ、あかり、わたしと」

「――いや、ごめん。それには、うんって言えない」



 ……えっ。


 今そういう流れだったんじゃ、と思いかけたわたしの頭に、あかりはポンと右手を置く。


「そりゃあ、彩はあたしにとって大切だよ? あたしが困ってると助けてくれるし、いつも心配してくれるし、ドラムの実力も確かだし、あたしのアドリブにもちゃんとついてきてくれるし」

 わたしからすると、やらなきゃいけない宿題とかをやりたがらないあかりは、心配で仕方ないのだけど。

 でも、あかりから大切って言われるのは、やっぱり嬉しい。


 けど、あかりにとってわたしは、それ以上ではないらしい。


「彩はあたしの幼馴染で、大事な友達。だけど、その……彩みたいに、そういう目で見るのはできない。あたしにとっては、美弥ちゃんが理想だから」



「……そう」


 残念だったな、という気持ちと、やっぱり、という気持ちと、スッキリした、という気持ちが、わたしの中で入り交じる。これは、何という気持ちなんだろう。


 だけど、少なくとも、ここから悪あがきする気にはなれない。

 気持ちを伝えた段階で、わたしが今やりたかったことのほとんどは終わっていたのだ。


「でも、あかり。わたしが、あかりのことをそう思ってるってことは」

「わかった。それはわかったから。だから……そうだ。彩が本気なら、あたしを振り向かせるよう、もっとドラム頑張って」


 え。

 あかりはわたしの髪をわしゃわしゃとする。

 なんだか、あかりに可愛がられているみたい。悪い気は、全くしない。


 いや、むしろ嬉しい。


「――それとも、まだ不満? じゃあ」



 次の瞬間、柔らかなあかりのおっぱいの感触が、わたしの顔を包んだ。

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