4 思い思われ誰かを好きになる
知らぬ間にデートをさせられていました
「お疲れさまでした!」
「乾杯!」
その声とともに、ソフトドリンクの入ったグラスから小気味いい音。
「今日のライブ、誰が良かった?」
「やっぱり先輩たちかな」
「あー、わかる。音が響くんだよね、あのギター」
さっそくバイトの子たちによるライブの感想おしゃべりが始まり、わたしも耳を傾ける。
ここはライブハウスにほど近い居酒屋のお座敷席。
ライブが終わったあとはこうして感想を語り合いながら打ち上げ、というのがバイト含むスタッフの中での恒例になっていた。それぞれが顔見知りの出演者を連れてきたり、たまにオーナーさんがねぎらいに来てくれることもある。
「あの弾き方、どうやってるのかなあ」
「あとエフェクターもなんかかっこいいよね」
「あれどこで売ってるんだろう」
わたし含め、スタッフもバンドを組んで出演している人ばかり。他人のライブを観るのは楽しいだけでなく、自分の勉強にもなる。
「そうそう彩ちゃん、どうだった初ライブ?」
え? わたし?
「そうだよ! 彩ちゃんあかりちゃんたち、良かったよ!」
「おっ、それはそれはありがとうございます」
わたしの向かいに座るあかりが仰々しく頭を下げて、得意げな表情。
「あたしとしてもとっても楽しくて幸せな時間だったし、彩もあんだけ緊張してるとか言ってたのにほぼノーミスだったし。予想以上の出来だったよ、彩」
あかりが手にしたポテトフライでわたしを指す。
あかりは音楽に対してだけは嘘をつかない。だから、きっと本当に今日のわたしは良かったんだ。
「まあでもやっぱり、うちのボーカルをもっと褒めてくださいよ。ほら!」
「それ! 美弥ちゃん、だっけ? すごかった!」
あかりが示す先には、1人挟んで桃ちゃん、そこにひっつく美弥ちゃん。
「桃ちゃん? えっと、はじめまして。うちの彩ちゃんがお世話になってます」
「あ、こちらこそはじめまして。その、彩ちゃんとあかりちゃんには、いつも大変お世話に……」
そこで、桃ちゃんと視線が合う。
……互いに言葉が出ない。
「あれ、桃ちゃん? どうしたの急に他人行儀になっちゃって……緊張しなくていいんだけど」
「あっ、大丈夫だから。えっと……よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
桃ちゃんと美弥ちゃんが少し頭を下げる。
「よろしくねー」
「ねえ、桃ちゃんと美弥ちゃんとはどこで知り合ったの?」
「あ、オーナーさんの紹介で……」
あれ、わたし何言おうとしてたんだっけ。
言葉が考えられなくなる。
桃ちゃんの話になった途端に、つい数時間前の、桃ちゃんからの言葉が頭の中をぐるぐる回りだす。
いや、元から回ってはいたのか。
あんなこと言われて、普段通りにやれるわけがない。
わたしの中で、勝手にまた記憶が再生される。
***
「彩ちゃん。好きです、付き合ってください」
「――へ?」
あまりに衝撃的すぎて、声ともつかないただ息が漏れただけの音が、わたしの口から聞こえた。
どんな冗談を言ってるんだ……いやでも。
わたしを見つめる桃ちゃんの目は、とても適当なことを言ってるようには見えない。
「ごめん、今まで黙っていて。でも、私は本気。最初はこの気持ち、何なんだろうって思ってたけど……間違いないの。これははっきり、好きという気持ちだと思う」
「いやいやちょっと待って!」
思わず飛び出たわたしの声が大きくなる。
わたしを? 好きになる? 桃ちゃんが?
「――じゃあ、桃ちゃんがその、ずっと好きな人がいるって言ってたのは」
「うん。……彩ちゃんのことだよ」
熱中症のように顔が赤くなる桃ちゃん。
当たり前だ。彼女はたった今、告白をしたのだから。
えっと、じゃあ、わたしは今、告白をされた……?
ダメだ。何度それを認識しようと脳内で繰り返しても、認識できない。
だってわたしだよ? 外見パーフェクトのあかりじゃなく、顔も普通、スタイルも良くないわたしだよ?
しかしそれなら、桃ちゃんの言ってた好きな人、が全く見当つかなかったのも納得である。
そういや桃ちゃん、『バンドメンバーではない』とは一言も言ってなかったな……
あかり、美弥ちゃんでないことは真っ先に確認したのだけど。
「えっ、でもわたしに相談を」
「あれは……そう、口実。彩ちゃんと違和感なく一緒にいられる方法で、ぱっと思いついたのがあれだった」
つまり、あの時間は桃ちゃんにとっては、わたしとのデートの時間だったってこと?
「それで、彩ちゃん、私のどんな質問にも真面目に答えてくれて、考えてくれて……おすすめのお出かけ先とか調べてくれたこともあったよね。そういうのを見てて、もっと好きになっちゃった」
「だけどそれは桃ちゃんが困ってたからで」
それに、万一桃ちゃんが欠けると、代わりのギターを探さなきゃいけなくなる。そうすると、あかりとライブをやるというわたしの目標がさらに遠のく。
桃ちゃんだけでなく、美弥ちゃんやあかりの助けをしていたのも、結局はわたし自身のためなのだ。
そんなわたしの両肩に、桃ちゃんはポンと手を置いた。
「わかってるよ、彩ちゃんはライブをしたかったんでしょ。初めて会ったときに言ってたもんね。『小さいときから、ライブハウスで演奏するのが1つの夢だった』って」
そういえば。あの時は何としても桃ちゃんを仲間にするべく、何度も頭下げたっけ。
「私にはそんな大層なもの無かった。父さんが昔弾いてたアコギをおもちゃ代わりにしてたけど、人の前で発表したいとか全然思わなかったし。そもそもうちの家計じゃあ、習い事とか部活をさせる余裕も親には無かった」
兄弟姉妹が多い桃ちゃんの家のことだ。それに桃ちゃんは長女で、昔から家事の手伝いをしていたと聞く。趣味にかけるお金も時間も、きっと無かったんだろう。
「ライブハウスに行ったのも、仲良くなったクラスメイトにたまたま連れて行かれただけだったし。でも、掲示板に色々貼ってあったポスターを見たら、なんか気になっちゃって」
掲示板には、今後のライブの予定とか、メンバー募集の張り紙とかが貼ってある。
わたしも通い始めた頃は、あの掲示板を見ながらわくわくしていたっけ。桃ちゃんもそうだったんだ。
「それで、何回か通ってるうちに、オーナーさんに声をかけられて。桃ちゃんと、あかりちゃんに会って。――桃ちゃんが、うらやましくなった」
「うらやましい?」
「うん。だって、自分の夢があって、そのために頑張ってるんだもの。スタジオの予約とか、お金を作るためにバイトしたりとか。私や美弥にも、色々教えてくれたし、相談にも乗ってくれたし」
それは当たり前じゃないか、と言いかけてわたしは気づく。
その夢や目標を、桃ちゃんは持ってる余裕がなかったんだ。
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