デビュー戦への、先輩からのアドバイス



「ああ、緊張してきた」

「桃、大丈夫?」

 出演者控室に戻ってきて、深呼吸する桃ちゃんの背中を美弥ちゃんが優しくさする。


 わたしたちの初めてのリハーサルは、思ったよりあっけなく終わった。

 各パートの音を音響担当さんにチェックしてもらって、演奏する曲の出だしだけ弾いてみて、機材が問題なく動くかの確認をしたら、それでおしまい。5分ぐらいだ。


「ありがとう美弥、でも大丈夫。あかりちゃんや彩ちゃんは普通にしてるし、私もしっかりしないと」

 桃ちゃんの視線がこっちに向けられる。



 でも、あかりはともかくとしてわたしは正直手が震えっぱなし。さっきも曲の入りでミスしたし、ステージに立つというのはこれほどまでに重圧がかかるものなのか。


 美弥ちゃんの歌声は相変わらずかっこよくて、桃ちゃんのギターもしっかりと合っていて、あかりのベースは完璧なのに。わたしが崩れたらみんなに迷惑がかかる。



「あかり、どうすれば緊張しないかな?」

「もう、彩まだそんなこと言ってるの? 大丈夫だって」

 ベースをいじりながらあっけらかんと話すあかり。


 何よ。さっき美弥ちゃんを抱きしめた時とは態度が別物じゃないの。

「本当昔からあかりって緊張しないよねこういう時。テスト前に全然勉強してなくても余裕こいてるし」

「テストとこういう舞台は違うでしょ。彩はもっとライブを楽しもうよ」

 まるで家で弾いてるかのような自然さでベースを鳴らすあかり。

 全く、こういうときまで様になっている。カメラを向けられてポーズを取るモデルみたい。


「たくさん練習したでしょ? 練習ではちゃんとできてたでしょ? じゃあ本番は楽しむだけ。むしろ変に力が入っちゃうといけないよ。あたしは早く、彩のドラムも、桃ちゃんのギターも、美弥ちゃんの歌声も聴きたいよ」

 美弥ちゃんはともかく、わたしと桃ちゃんはついでだろうに。



 まあついでだろうと、聴きたいって言ってくれたのは嬉しいけど。


「前も言ったけどさ、彩には期待してるんだって。というより、彩は多分、細かいこと考えずに楽しくやった方が上手くいくよ。楽しみでしょ? お客さんの前でステージに立つの」


 確かに、楽しみだ。


 さっきのリハーサルのときでさえ、空間全体に広がるバスドラムの重低音に、隣から聴こえるあかりの速弾きベースに、本気で心が震えた。

 わたしの刻むリズムに、あかりがしっかり合わせてかつ目立つ。その上に桃ちゃんの確かな技術があるギター、先頭には美弥ちゃんの歌声。



 あかりと一緒にライブへ出る、そんなわたしの目標がついに叶うんだ。


「それはそうよ。待ちに待った初ライブ、だもの」

 桃ちゃんから好きな子相談をされたり、あかりの愛情表現に付き合ったり、美弥ちゃんの重い恋心を目の当たりにしたり、なんか色々振り回されたりもしたけど、どうにか険悪なことにはならずにここまで来ることができた。


 そうだ。ならやっぱり、全力で楽しまないと。


「そうそう。これはあたしたちのデビュー戦だよ。桃ちゃんも同じ。自然体でいれば大丈夫」

「うん、ありがとうあかりちゃん」

「それにあたしたちには美弥ちゃんのボーカルがついてるんだ。大船に乗った気で行こう!」


 あかりが右腕を突き上げる。


 その時、わたしたち以外の人の声が部屋の入口から聞こえた。

「おっ、大丈夫かな?」


「オーナーさん! 今日はよろしくお願いします」

 わたしが代表して頭を下げる。



 オーナーさんはわたしたちのおばさ……お姉さんぐらいの年の女の人(正確な年齢は絶対に教えてくれない)。

 ずっとインディーズバンドのボーカルとして活動していたけど、夢だったメジャーデビューは叶わず。数年前見切りをつけ、このライブハウスを開いたという。

 わたしのような高校生のバイトや、駆け出しのバンドにも優しい。ライブ終わりには、出演したバンドにここが良かったと声をかけたり、時にはこうするともっと良くなるとアドバイスもするという。


「貝塚さんや大島さんは前から見ていたから、いよいよ初ライブって感慨深いわね」

「いえ、オーナーさんのおかげですよ。オーナーさんとこのライブハウスのおかげで、わたしも色々勉強できました」

「そうそう。オーナーのおかげで、あたしたちは美弥ちゃんのパーフェクトな歌声、桃ちゃんの堅実な技術に出会えたんです」

 わたしの返答にあかりが食い気味に被せると、褒められて恥ずかしいのか美弥ちゃんが顔を赤くする。


『ベース、ドラムいます。ギター募集』


 わたしの話を聞いてライブハウスの掲示板にこんな張り紙を出し、その前で足を止めた桃ちゃんをわたしたちに会わせたのはオーナーさん。

 あかりの言う通り、オーナーさんがいなかったらこのバンドの結成は無かった。文字通り、オーナーさんはわたしやあかりにとっての恩人だ。


「良いのよ。若い子を応援するのも、お姉さんの大事な仕事だから。高校生の若いパワー、うらやましいわ」

「オーナー、また少し老けましたもんね」

「ちょっと大島さん! 今のは聞き捨てなりませんよ」

 あかりが茶化すと、オーナーさんは真面目なのか冗談なのかわからない顔で少し怒る。

 でも、まんざらではなさそう。



「塩浜さんや江川さんのことももちろん応援してますよ。リハーサル、とても良い感じだったわ。友達同士でバンドを組んで演奏する、この時間を大事にしてね」


 あれ。

 一瞬、オーナーさんが遠い目をしたような気が……きっとバンドをしてた頃のことを思い出してたのかな。


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