手作り弁当はバンドのためだけなのか?


 練習もたくさんした。あかり作曲のこだわり楽曲だけど、なんとか形にできた。

 衣装もできた。桃ちゃんを中心に、わたしたちも頑張って協力した。

 SNSでの宣伝もした。美弥ちゃんがバンドのアカウントを作ってくれて、毎日投稿した。


 やれるだけの準備はした、と思ってる。



 でも、あかりと一緒に演奏する、ライブする、その瞬間がもうすぐ来ると考えたら、心臓の高鳴りが大きくなる。

 何しろ昔からの夢、目標だったのだから。

 あれだけ上手いあかりと一緒に……



 ああ、落ち着け、わたし。

 そのあかりが言ってたじゃないか。

 ドラムが崩れると他のパートが乗り切れないんだって。



「ほら、あかり! 早く片付けて!」

 わたしは自分のドラムスティックをしまい、スネアドラムの表面を軽く拭く。

 いつも通り、いつも通り。

 今日はスタッフとして設営の準備もしなきゃいけないのだ。

「ライブハウスの中はどうしても物理的に暗い。スタッフから明るくしていかないと!」

 そんなオーナーの言葉を思い出し、笑顔を作る。



「ねえ彩ちゃん。この後すぐ設営始めちゃうの?」

 と、ギターケースを背負い立ち上がった桃ちゃんの声。


「うん。あ、でもまだ時間に余裕あるから、最終確認ぐらいならできるよ」

「わかった。じゃあ先にロビー出てるね」


 美弥ちゃんにぴったりひっつかれながら、桃ちゃんがドアを開けて出ていく。

 その後ろを追っていくあかり。



 そういえば、わたしが設営とかしてる間3人はどうするんだろう?


 美弥ちゃんと桃ちゃんは一緒にいるんだろうけど、あかりは。



 ――美弥ちゃんに万一のことが無いように、あかりを見張っておきたいところだけども。

 さすがにあかりも、ライブ当日は大人しく、してほしいのだが。



 いやいや!

 待ちに待ったライブ当日!

 今日ぐらいは、ややこしいことは考えない!



 ***



「じゃあリハーサル始まる5分前には控室が開くから、そこで集合しようね。わたしたちの順番は少し先だけど、出演者はリハーサル自由に見ていいから、良かったら見てみてよ」

「美弥ちゃんと桃ちゃんは初めてだよね? 面白いよリハーサルって。ライブは演者とライブハウス側が一体になって初めて完成されるんだ、ってのがよく分かる」

「あのね、あかりだって部外者なんだからね」

 相変わらずあかりは通ぶってる。時々わたしの手伝いとか言ってひっそり覗きに来てるだけなのに。


「でも、私も楽しみ」

 ロビーの時計を見て、それからわたしたちの顔をぐるっと見回す桃ちゃん。

「美弥や、あかりちゃんや、彩ちゃんと一緒に、お客さんの前でギターを弾けるなんて。さっきまでスタジオで練習してたけど、やっぱりステージは違うのかな」

「そりゃあ別物だろうねえ」

 だからあかりはわかったようなことを……


「そのために本番前のリハーサルがあるのよ。そのリハーサル準備のために、わたしはそろそろ行くね」

 最終確認もこれで終わり。

 わたしはロビーで他のメンバーと別れ、一旦スタッフとして設営やチェックへ……


「あっ待って、これを渡さないと」

 桃ちゃんが、ギターケースとは別に持ってきていた大きなカバンをごそごそやり始めた。



「はい。美弥の分。こっちはあかりちゃん」

「おっ! これはもしかして!」


 桃ちゃんから箱を受け取って、あかりが目を輝かせる。


 そうだ。以前約束してくれた、桃ちゃんの手作り弁当だ。

 ご丁寧にハンカチのような布切れで包まれており、そのすき間からいかにも弁当箱という形のプラスチック容器が見え隠れしている。


「あかりちゃんの分はちゃんと大盛りにしたよ。で、これが彩ちゃんの」

 わたしも桃ちゃんから弁当箱を受け取る。

 ぎっしり中身が入ってることを感じさせる重さだ。


「本当にありがとう、桃ちゃん。中身はどんな感じなの?」

「それは、開けてみてのお楽しみ。じゃあ、頑張ってね」


 ほんのり赤い顔で手を振る桃ちゃん。

 保温のできる材質なのか、弁当箱はまだ温かい。


 その温かみに、桃ちゃんの優しさを感じてしまう。

 弟妹の世話をしているうちに自然に身についたという料理や裁縫を、わたしたちのためにやってくれる。正直、桃ちゃんがいなかったら衣装を自分たちで作ろうとか思わなかっただろう。



 ――桃ちゃんは、好きな人のためにも弁当作ったりするのかな?



「彩、しっかり設営してくるんだよ」

「あかりはどうせ覗きに来るんでしょ」


 弁当箱に目を向けたままのあかりから飛ぶ声。

 まだ昼食の時間には早いのに、こっちは相変わらずだ。


 あかりは緊張とかしてないんだろうな。うらやましい。


「じゃあ控室で!」

 わたしは立ち上がり、弁当箱を入れたカバンを持ってスタッフ用ドアを開けた。





「あと音響確認するだけだから、フロアの掃除終わったらお昼食べてて良いよ」

「はーい」

 オーナーの声に、わたしを含むバイトメンバーの気の抜けた声。


 実はライブ前の設営といっても、定期的にライブをやってるここだとあんまり特別なことや難しいことはやらない。

 各バンドの演奏順、それに合わせたセッティングの移動を確認したり、音響やライトの機材がちゃんと動くか確認したり、フロア内の掃除をしたり。

 バイトのわたしたちも慣れたものなので、大体予定より早く終わらせて昼食の時間はのんびり取るのだ。今日も午後のリハーサル開始まで、たっぷり1時間以上はある。



「彩ちゃん、先お昼行っていいよ?」

「そうそう。彩ちゃん今日初出演でしょ? 応援してるからね!」

 もちろんわたしが今日演奏することはみんな知っている。

 というよりわたし以外にも、バンドを組んでてここのライブにも出演経験がある子はたくさん。


 その子たちからライブ楽しいよ!というのをずっと聞いてきてるから、わたしも楽しみなのだ。


「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」


 わたしは機材スペースを出て裏手にまわる。

 出演者用控室の隣の部屋が、スタッフのロッカー兼更衣室兼休憩場所。



「彩、お疲れ」


 やっぱりいた。

 ドアを開けたわたしの視線の先、部屋中央のパイプ椅子に座るあかり。

「もう……どこから入ってきてるのよ」

「まあ、あたしぐらいになると顔パスよ顔パス」

 得意げな顔をするあかり。


 全く、あかりぐらい顔が良いから許されてるんだよなこれ。

 あとオーナーとあかりの両親が顔見知りで、以前からあかりも頻繁にここに出入りしていたというのもあるか。



「でも意外」

「何が?」

「あかり、美弥ちゃんと一緒にいるのかなって」

 部屋にはわたしとあかりしかいない。あかりがどれだけ美弥ちゃんへの愛を叫ぼうが問題ない。


「そうしようかなと思ったけど、他の人と話してる間にいなくなっちゃってさ。こんなことならずっと見張ってるんだった」

 悔しそうな声のあかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る