本気の愛情表現が止まらないベーシスト


「いつも思うんだけど、そのこと桃ちゃんに話さないの?」

「でも言ったら、桃、気を使っちゃうもん。桃にはまだまだ、今のままでいてほしい」


 隠さなければいけない、わたしの身にもなってほしいな……


 先月のスタジオ練習のときに、落ちてた美弥ちゃんの生徒手帳をわたしが拾わなければ。

 その中で束になっていた、隠し撮りされた桃ちゃんの写真を見なければ。


 いや、でもボーカルの美弥ちゃんのメンタルはそのままバンド全体に影響する。

 1人で抱え込んじゃうよりは、わたしをはけ口にしてくれた方が良いのだろうか……?



 あー、どうしてこんな心配をいなきゃいけないんだ。

 わたしはただ、みんなで楽しくバンド活動したいだけなのに。


「あっ彩、また美弥ちゃんをカウンターに入れてる。オーナーさんに見つかったら怒られるんじゃないの?」

 あかりが意地悪そうな口調でカウンターの向こうから聞いてきた。

 スタイル抜群、美人で高身長のあかりに上から見られると、変な威圧感がある。


「良いの。時々手伝ってもらってるし。あかりこそ、演奏聴かなくていいの?」

「聴いてるよ。演奏者に近いところよりも、こうして少し下がったほうが全体を聴けるし、目に入れないことで音に集中できる」

 通ぶったことを……


「美弥ちゃんは良いの? こういうのを聴いた経験、まだ少ないでしょ」

「美弥は、ここからでも充分」


 美弥ちゃんは、前列の桃ちゃんしか見てないくせに。



 ***



「あかり、どうだった? 今日の練習」

「まあ良い感じだったんじゃない? ただ彩は全体的にちょっと不安定だった気がする。夏休みになって浮かれてない?」

「それはあかりの方でしょ。また8月終わりになって泣きついてきても宿題見せないからね」


 わたしに言われ、無言でペットボトルのコーラを飲み干すあかり。

 わたしとあかりの家は隣同士。スタジオ練習やライブの帰り道は、こうやって反省をしながら一緒に帰るのがいつもの流れだ。


「高校生になったんだから、あかりも頑張りなさいよ」

「でも、夏休みなんだから遊びたいじゃん。せっかく彩が同じ高校になってくれたんだから、使えるものは使い倒さないと」

「わたしあかりの世話するために同じ高校選んだんじゃないんだけど?」

「えっそうなの? でも彩の成績なら、あたしよりワンランク上の偏差値の学校狙えたでしょ?」


 まあ、あかりが心配なのは否定しないけど。

 中学の頃、校則で禁止されていたお菓子の持ち込みを見つかって怒られたことが何度あったやら。



「それに、ライブに備えて練習もちゃんとしないと。みんなもっと上手くなれるはず」


 そんなあかりだけど、音楽に関してはわたしは全面的にあかりを信頼している。

 あかりがもっと上手くなれるというのなら、本当にそうなのだろう。



「彩は、あたしに気を取られすぎ。リズムの基準になるのはドラムなんだから、拍を刻むことに集中して」

 それを難しくする変則的なリズムを強いているのがあかり作曲のスコアなんだけどな。


「桃ちゃんは逆にもう少し周りを見てほしいかな。技術はあるから、美弥ちゃんのギターと合わせた上で自分を目立たせることもできると思うのだけど」

「桃ちゃんそんなにズレてた?」

「彩とは合ってるんだけどね」


 やっぱそうだよね。

 最近、演奏中は桃ちゃんからの視線を感じることが多い、気がする。



「美弥ちゃんは相変わらずの上手さだねー、声量、雰囲気とも抜群に良い。それでいてこちらの演奏ともしっかり合っている。ギターも頑張ってるみたいだ」


 あかりは美弥ちゃんに対してはいつもべた褒めだ。

 練習中も、1曲通すたびにすごい!って言ってるし。


「あかり、美弥ちゃんにはケチつけないよね」

「だって美弥ちゃんは理想だもの。小さくて可愛いし、普段は礼儀正しくおしとやかだけど、マイクの前に立った瞬間、あたしたちを歌声で引っ張ってくれる。音程取りも完璧だしよく通る、シャウトなんかも上手い。あれを聴きながら演奏できるなんて、あたしたちは幸せものだよ?」


 確かに美弥ちゃんの歌がすごいのは事実。

 人形みたいに華奢な見た目、普段の物静かで小さな声からは想像できないような、はっきりと声量があって響く歌声。

 ドラムのわたしよりも近くで聴いているベースのあかりには、より一層美弥ちゃんの歌が魅力的に聴こえるのだろう。



「逆に彩は思わないの? 美弥ちゃん可愛いよね? ね?」

「可愛い……まあ思うけど、それと美弥ちゃんの歌に関しては別……」

「いいや、そんなことない。美弥ちゃんは歌も姿も何もかも完璧。あの子は、あたしにとっての理想なの。あー今すぐ抱きしめたい。頭をよしよししたい」


 あかりは両腕を前で組み、見えない何かを抱きしめながら肩を震わせる。


 また始まった、あかりによる美弥ちゃんへの愛情表現。

 わたしとあかりの反省会は、いつも途中からこうなってしまう。



「ねえ彩。あたし、やっぱりこの気持ち抑えられないよ。彩は程々にっていつも言うけど、あたしは美弥ちゃんをずっと守りたい、支えたい。あっそうだ、今度美弥ちゃんと夏服買いに行かない? あたし選んであげたいな」

「わたしは別に良いけど……じゃあ桃ちゃんも一緒に4人で」


「嫌だ。あたしは美弥ちゃんと一緒に行きたいの。美弥ちゃんと一緒に行くから良いんじゃない」


 あかりは本気である。

 長い付き合いのわたしにはわかる、こうなったあかりは手が付けられない。



「でも、別にわたしも行っていいよね」

「うーん……でもその代わり、彩も協力してよね」

「協力?」


「決まってるじゃない、美弥ちゃんを抜けさせないためよ。あたしは彼女の才能を、もっともっと輝かせたいの」



 桃ちゃんがいる限り、美弥ちゃんが抜けることはありえないのだけど。


 美弥ちゃんが桃ちゃんに入れ込みまくっているってことは、言わないほうが良いよね……



「あかりってさ、いつから美弥ちゃんにそんなに夢中なの?」

「えっ、最初からだよ? あんな歌声、彩は会ったことある? それでいて普段は、触ったら折れそうなぐらい小さくて可愛くて、もう天使。美弥ちゃんとお付き合いしたい、本気だよこれ」



 もう、あかりったら。

 男から告白された回数は数知れずのモテモテ陽キャ女子が、女の子を本気で好きになるなんて。

 まあ、あかりにそれだけ愛される魅力の持ち主である美弥ちゃんは、ちょっとうらやましいけれども……


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