アポクリファ、その種の傾向と対策【エデン・オブ・アポクリファ】
七海ポルカ
第1話
『長らくの御搭乗、誠にありがとうございます。
間もなく【グレーター・アルテミス】空港に着陸いたします。
【グレーター・アルテミス】空港に着陸後はアナウンスに従い、空港三階にございます入国審査ゲートより入国いただきますようお願い致します。
入国審査ゲートにて管理パスポートを発行いたします。
この管理パスポートは紛失いたしますと、いかなる理由にせよ不法滞在とみなされ、ゾディアックユニオン捜査局に管理権が自動的に移行いたします。紛失された時は十二時間以内に警察、空港、及びユニオン捜査局に連絡、お申し出ください。
――なお、この管理パスポートではバビロニア地区には入場出来ません。
バビロニア地区に入場される場合は、空港八階にございます、司法局・特別管理センターにて、IDチップの登録をお済ませください。
……入国の手続き、再度お願い申し上げます……。
間もなく【グレーター・アルテミス】空港に着陸いたします。
【グレーター・アルテミス】空港に着陸後は、アナウンスに従い……』
◇ ◇ ◇
飛行機の窓から、煌びやかな黄金の夜景が見える。
四つの国が保有する絶海の孤島に、その場所はある。
そこは【彼ら】の楽園だった。
【彼ら】がいつからこの世界に現われたかは、実のところ定かではない。
曖昧な定義では、今から二百年前に起きた最後の世界大戦において、初めて月にある国際宇宙研究施設から大規模な地球への電波干渉が行われた時、何らかの変異が地球に起きたことが【彼ら】の起源の始まりではないかと言われている。
月内部から派生するこの謎の電波は度々国際宇宙研究所のシステムをダウンさせて来たことから、大戦が迫る世界において地球にその電波を送らない、防壁の役目を担って来たゾディアックユニオンは、その任務を放棄してこの【ルナティックフレア】と呼ばれる月電波を地球へと送り込むことで、地球に多角的な、過去に類を見ない広範囲のシステムダウンを意図的に起こしたのである。
これにより日常生活もままならなくなった地上では世界大戦の激しい衝突は回避されたが、
それから地球において、生物に変異が起こる様になったと言われている。
ゾディアックユニオンは月基地から研究者を地球に送り込み、絶海に四つの国による保護・保有された完全に独立した地球における研究施設を作り上げたのだ。
ここには今もまだ、世界中で変異を起こし続けている様々な生物が収集され、月の系譜たる最新鋭の設備において研究が行われている。
ゾディアックユニオン、アルテミス生命科学研究所。研究特区グレーター・アルテミス。
正式名はそういうことになるが、
二百年の英知、もしくは更にその前から派生していた様々な月の変異を肯定するこの場所は、国際連盟の中でも独立し、完全なる治外法権を保有することを許されていた。
それはこの場所の独立性を守る意味も勿論あったが、要するにこれ以上地球に異質な影響を持ち込んでほしくないという、国際連盟側の意図もあった。
エデン・オブ・アポクリファ。
十二の州から成る、今では多種多様な民族が属する国家である。
月の系譜の末裔……或いは、【人間の亜種】などとも表現される人々だけが、その地に住まうことを許されており、他は観光で訪れることしか出来ない。
世界中の変異生物がこの地で保護され、光の中で発育することを許される。
それと共存し、対峙し、人類の未来との戦いを推進することがこの地に課せられた使命だった。
世界において唯一無二の、存在理由と価値を持つ場所。
そこに住まう人々と、その暮らし。
この地を訪れた、居住資格を持たない人々はその最新鋭の都市環境を褒め称え、美しい特区だと認めながらも、必ずこう付け加えた。
『彼らはもはや、普通の人々ではない』
羨望、嫉妬、純然たる感動。
そこに込められた想いは千差万別ではあるのだが。
◇ ◇ ◇
【
派生の理由は未だに謎とされる一方でアポクリファ同士の結婚により、一時アポクリファの人口が爆発的に増えたとされる以後、非能力者と能力者の権利主張は、長らく平行し多くの対立を生んだ。
この対立はゾディアックユニオン内でも断続的な暴動や戦闘を生み、地上におけるゾディアックユニオンを取り巻く環境は約五十年間、内紛状態にあった。
この内紛状態に終止符を打ったのが【グレーター・アルテミス】の独立である。
全てのアポクリファは【グレーター・アルテミス】へ。
元々非能力者からの迫害を受けた能力者移民が多かったこの街は全ての非能力者の居住権を奪い、国際社会から独立宣言を行った。反対は大きかったがゾディアックユニオン本部が月にあることから、その権威に基づいてこれが許可される。
同時にゾディアックユニオンは能力者による犯罪捜査を【グレーター・アルテミス】全域において開始する。
これには能力者が、観光で訪れた非能力者に害を与えた場合における特別厳罰措置も加えられ【グレーター・アルテミス】及び、整備された十二の州による『議会政治』を行い能力者による、能力者の為の自治体制が取られるようになった。
独立当時は能力者による強権を、周囲の国々や国際社会に非常に警戒された【グレーター・アルテミス】だったが、彼らはアポクリファによる非能力者への暴力や排除に対して、非常に厳しい司法制度を用いたために、独立より五十年経った今では『アポクリファによって完全に統治、管理をされた国だが、非能力者に対しても安全、安心』を謳われており、国際社会において【理想郷】とまで呼ばれる国になった。
名高い土地に、名高い起業家たちが集まれば、経済が動く。
首都ギルガメシュ。
中でもバビロニア地区は特別商業特区とされており、関係者以外の居住を許さず、数多のホテル、カジノ、アミューズメントパーク、ショッピングモールなどが建ち並ぶ、【グレーター・アルテミス】随一の娯楽都市へと変化していった。
その【グレーター・アルテミス】の心臓部であるバビロニア地区を囲う十二の自治体は州境にもなっており、それぞれが黄道十二星座の名で呼ばれる独自の地域へと続く……。
ここではすべてのエンターテイメントが楽しめる。
アポクリファは【人間の亜種】とも揶揄され、世界中では色濃い差別に今も晒されていた。
だがこの【グレーター・アルテミス】という絶海の孤島の中では、アポクリファの存在は完全に容認され、誰に憚ることもなく自由に生きることを許されていた。
ここでは彼らが世界の中心である。
非アポクリファはそれを垣間見ることを許された観客でしかない。
アポクリファにより完全統治された、特別自治の中で繰り広げられる非日常の光景、体験は今や連邦内だけではなく、国外からも多くの観光客を呼び寄せる理由になっているのだった。
◇ ◇ ◇
いかにもな観光客たちの列から一人外れ、彼は「よろしくー」の一言で空港のゲートをすり抜けた。
一瞬係員が「あっ」と彼を止めかけたが、すぐに気づいたらしくビシッ、と敬礼の姿勢を取った。
――ここはなんて気持ちがいい街なんだ。
茶髪の青年はサングラスの下で、上々の笑みを浮かべる。
今のが普通の国だったら、やれ「アポクリファはまず入国管理局に連れて行って取り調べろ」だの「一体どんな能力を持っているのか洗いざらい吐け」だの「GPSをつけさせろ」だの「特別法に従うと署名をしろだの」なんだのとケチをつけられて、しまいにはさっさとアポクリファは出ていけ的な顔をされて嫌そうに入国許可証を貰う所である。
それがこの街ではアポクリファが王様だ……。
以前からずっと、来たいと思っていた街。
(ようやく辿り着いた)
青年は巨大で賑やかで美しい空港を出て、長い長い地上へのエスカレーターに乗る。
さすが、月の系譜と呼ばれる【グレーター・アルテミス】の斬新な都市環境作りだ。
首都ギルガメシュから花開くように続く、十二の州。
高層ビルがひしめき合う首都であっても、それとなく遠くまで見通せるように建物の高さなどを調節してあるため、十二の州境まで美しく見通せた。
そこからごく近くに見えるのが首都の行政特区に隣接したバビロニア地区。
特に格の高いホテルやカジノが集まる商業特区であり、噂の能力で戦うアポクリファ警官が街中でも平気で犯罪発生と同時に犯人を炎や氷で攻撃し始めるのが容認されているというのだから、たまらない。
そうこうしていると、反対側のエスカレーターを急いで降りて行ったごく普通の女性が、急に居なくなったかと思ったら、随分下まで続く地上でキョロキョロしていた青年の許に一瞬で移動し、驚かすように背中から抱き着いて笑い合っていたりするのだから、やはり噂には聞いていたが最高の街である。
どこもかしこも煌びやかで美しい。
ここに来るために非アポクリファの世界に混じって肩身の狭い思いをしながら仕事をしてきたのだと、それを思えばようやく辿り着いた感動にどれだけでも浸れた。
「……ついに来たぜ……俺様の時代が!」
青年は長いエスカレーターから降りると、まるで得点を取ったアスリートがする、両手で天を突くようなポーズを取った。
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