第二十二話 デェト?
§
(なんとしても雪絵の結婚は阻止しなきゃ……!)
雪絵と
流石に両親がいる場では難しいと断られてしまい、意気消沈していたのだが。
……玲明も交えて、わたしたちは港町へ行くことになってしまった。
港町であれば女学校の関係者に遭遇することもないだろう、ということである。
待ち合わせ場所には既に玲明と斯波さんがいた。
雪絵とわたしに向けて、玲明が言った。
「やぁ、おはよう。ということで今日は
「陸蒸気……」
見たことならあった。文明開化によって生まれた新しい移動手段。
よほど遠い場所に行くつもりなのだろう。
「どちらへ向かうのですか」
「行ってみてのお楽しみさ」
――ということで、わたしたちは
しかも個室。
わたしが緊張していたからかもしれない。
黒い塊は煙を吐きながらあっという間に進んだ。
わたしは雪絵に見繕ってもらったワンピースを着る羽目になった。
雪絵は紺色で、わたしの方は朱色だ。よく見ると
「わたしまで洋装で出かける必要はなかったと思うの」
「何を言ってらっしゃるの。デェトなんですから、普段と違う格好で出かけるべきですわ」
視線に気づいて、向かいの席に座る玲明を見た。
玲明と斯波さんも洋装で、黒色のジャケットにパンツという出で立ちだ。
「何ですか?」
「いや、洋装も可愛いと思って」
「は?」
……このやりとり、既視感がある……。
わたしは肩でため息をついた。
「恐れ入ります」
「当たり障りのない感想だね」
「当たり障りのない感想を口にしていますから」
それでも玲明は笑顔を崩さない。
何がお気に召しているのかはよく分からない。
一方、雪絵と斯波さんは和やかに会話を続けていた。
「一番好きなのは琴ですわ。音を奏でているだけで穏やかな気持ちになれますの」
「是非とも聴いてみたいものです」
斯波さんは、何を考えているというのか。
雪絵を囮にするのが目的ならここまでしなくてもいいと思うのに。
「……咲子さん?」
「はい?」
すると、玲明に名前を呼ばれてしまった。
「私たちは私たちでこの時間を楽しもうじゃないか」
「はぁ」
「つれないなぁ」
そうこうしている間に目的地に到着した。
帝都と同じくらい人が多い。異国人も、鬼も。
緩やかな坂道の両脇には洋風建築の小さな店が連なっている。
その多くは舶来品を取り扱っているようで、硝子窓を挟んだ店内は色とりどりの商品が並べられていた。
そのうちのひとつに目がとまる。
洋靴だ。まるでおとぎ話に出てくるような、それこそ、
「すごいね、雪絵。……あれ?」
ぱっと振り返ったとき、そこに知人の顔はひとつもなかった。
……しまった。
いつの間にかわたしは三人とはぐれてしまったらしい。急に血の気が引いていく。
きょろきょろと辺りを見回してみるものの、見当たらない。
目的地は坂の上だと言っていた。
最終的に合流できればいいはず。わたしは意を決して、ひとりで歩くことに決めた。
背筋を伸ばす。日傘を持ち直す。
女性がひとりで歩いているのが珍しいのか、好奇に満ちた視線を感じなくもない。
こわくない。こわくなんてない、んだから。
すると、いきなり肩を叩かれた。
「お嬢ちゃん、ひとり?」
「――咲子さん!」
被せるように響いたのは――玲明の声で。
声をかけてきた男は何か言いたげにしつつも、近づいてくる玲明の顔を見て去って行った。
「あぁ、よかった。気がついたらいなかったからびっくりしたよ」
「……すみません」
気まずいことこの上ない。わたしは、視線を地面に落とす。
「人が多い分、ごろつきもいるからね。無事でよかった」
「すみません」
「そんなに謝らないで。エスコートを怠った私の責任だよ」
わたしは玲明を見上げた。
「偽装恋人の?」
「そう。偽装恋人の」
この男は一体――何を考えているのだろう。
「咲子さん?」
「そうだ。わたし、先生に言わなきゃいけないことがあるんです。斯波さんのこと」
「祥爾がどうしたんだい? かんざしに関わる話?」
「信じられないかもしれませんが、斯波さんは――」
「僕がなんだって?」
最悪なことに、斯波さんと雪絵が連れ立ってこちらへ歩いてきた。
わたしは首を左右に振る。これ以上、ここで話すことはできない。
「いえ、斯波さんは、雪絵に気に入られていると言いたかっただけです。ご覧の通り」
「……まぁ」
雪絵が頬を赤く染める。わたしは、わざとらしく肩を落とす。
「わたしとしては不本意ですけれども」
「咲子さんったら」
「まったく、君たちは本当に仲がいいな」
玲明が会話に加わってくれたことで、斯波の件はうやむやにできた。わたしは密かに胸をなで下ろす。
「ところであちらに美しい切子の店を見つけましたの。咲子さんもご覧になりませんこと?」
「いいねっ、行こう行こう」
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