散る花奇譚 ~死に戻りの花嫁はつがいに殺される運命を回避したい~

shinobu | 偲 凪生

序章

第零話 はじまりの終わり

   §




 結婚なんてしたくなかった。

 婚約しなければ女学校を卒業して教師にだってなれたし、友人と離れ離れにもならなかった。

 それに、をせずに済んだのに。


 ――重たいのは体か、それとも、心だろうか?


 わたしは整えられた寝室で、今日夫となったばかりの男を待っていた。

 新品の白い寝間着は着心地が悪い。

 焚かれている香も、気持ちが悪い。

 指先はすっかり冷え切ってしまって思うように動かせない。

 足もさすがに痺れてきた。


(いつまでこうしていればいいんだろう……)


 今すぐにでも布団にもぐって、体を丸めて少しでも暖かくしたい。

 逃げられないというのなら、せめて。

 せめて。


 やがて。

 足音がゆっくりと近づいてきて、襖が引かれた。


 わたしは顔だけを向ける。


「……だ、旦那、様」


 日中、挙式したばかりの男が。

 空気よりも冷たく。

 わたしを見下ろしていた。


「きゃっ」


 とさっ。

 言葉もなくわたしは布団に押し倒された。

 縫い留めるように抑えられた右手首が痛い。

 思わず目を瞑る。


「お前を愛することはない」


 降ってきたのは、陰鬱な声。

 わたしはゆっくりと目を開けた。

 まるで人ならざる美しいかんばせ。彼の双眸に、わたしの動揺する表情が映っている。


「お前はつがいではない。世界を終わらせるための、――にえだ」


 視界の隅に鋭く光るのが刃物と気付いたときには何もかもが遅く。

 襲ってくるのは鈍い痛み、熱い痛み。涙が。零れ。


「……ッ」




 ぶわぁっ、と。

 潤んだ視界いっぱいに広がるのは。

 蝶のように舞い、花のように咲き誇る、己の血だった――

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