第19話 優しい緋山さん


 帰って来てからは、なんとかお互い普通に接するよう出来た。


 駅から自宅に向かって歩きながら、あの頃と変わってないところや、変わってしまった景色。それらを指差しながら、教えてあげた。

 楓さんは興味津々といったふうで、普通の人ならなんてことないと感じるようなものでも、一つ一つ注視しているのが分かる。


 近所の公園を案内した時は、


「ここで一緒によく遊んだんだ」

「そうなんだ」

「覚えて…ないかな」

「ごめん…でもなんていうか、嬉しい」

「嬉しい?」

「うん。まだちゃんと思い出せてないけど、でもここの景色がね、見てると胸が温かくなるような、そんな感じなの」


 病院で俺と姉さんを見た時も、懐かしい感じがすると言っていたし、深層心理で、何か働きかけるものがあるんだろう。



 そろそろお昼になるし、適当な所で昼食を取るか、ここまで来たらもう家に帰ってみんなと一緒に食べようか。

 さて、どうするかな、なんて思ったその時、「箕輪じゃん」と声を掛けられた。

 振り返ると、それは中学まで一緒だった地元の男子で、水野という。


「そっちの子は彼女?可愛いじゃん」

「水野…久しぶり」

「中学卒業してから、急にそんな可愛い子と付き合ってるのかよ。羨ましいな」

「いや…そういうわけじゃ…」

「休みの日に一緒にいるんだし、そういうことだろ?おうちデートってやつ?」

「だから違くて…」

「そうか?あ、そういや、お前には橋本さんがいたもんな」

「だからあれは…!」

「あはは」

「っ…」

「おっと。後ろに彼女いるんだったな」


「じゃ、上手くやれよ」と言い残し、水野は笑いながら歩いて行ってしまう。

 その後ろ姿を眺めながら、忘れていた、いや、忘れようとしていた記憶が甦ってくる。


 苦々しく感じていると、後ろから楓さんが心配そうに言う。


「あの…亮介くん?」

「うん、ごめん。あいつ、中学の頃の知り合いなんだ」


 地元で、しかもうちの近所とか歩いてたら、昔の知り合いに会う可能性がある、ってのを失念してた。


「友達じゃないの?」

「友達…かな…」

「その…橋本さんっていうのは…」


 まあ、そうなるよな。


「中学の頃に、クラスメイトだった子だよ」

「…付き合ってたの?」

「いや、そういうんじゃないよ」

「本当に?」

「本当に。本当にそういうんじゃない…」


 ああもう…あの時の映像が頭の中を駆け巡ってくる…


「でも水野くんって人が…」

「だから違うって!」

「ご、ごめん…」


 ついイライラしてキツく言ってしまった。楓さんは気まずそうに目を逸らし、しおらしくなってしまった。


 せっかく楽しく過ごしてたのに、しかもわざわざここまで来てもらってるのに。何やってるんだ、俺は…。

 でも、このまま有耶無耶にしてると、彼女は変に誤解してしまうかもしれないし、彼女には、楓さんには、ちゃんと話しておいた方がいいと俺は思った。


「あの…さっきの話なんだけど、聞いて貰えるかな…」

「え…?」

「水野が言ってたこと。ちゃんと楓さんには話しておきたいんだけど、いいかな」

「あ…うん。でも、いいの?」

「大した内容じゃないんだけどね」


 たぶん、本当に大したことじゃないんだと思う。それでも、あの時は本当に嫌で、申し訳ない気持ちで一杯だったんだ。


「分かった。じゃあお願い。でも…」


 そう言いかけて、心配そうな目で俺のことを見つめてくれ、


「無理しないでね?」


 そう言うと、そっと俺の手を取り、優しく握ってくれた。俺は嬉しいとか恥ずかしいとか、そんな感情よりも、ただほっとして、安心することが出来たのだった。




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