第2話 魔女の奇祭

 メルガのアパートはカフェから歩いて5分とかからないところにあった。学生が良く住むようなワンルームの部屋。聞いてみると、メルガもやっぱり大学生らしい。

 ちょっと親近感を覚えかけていたが、部屋に入った瞬間陽菜は悲鳴を上げそうになった。

 たくさんの人形が、ひもで天井から吊るされていたのだ。熊のぬいぐるみや着せ替え人形といったおもちゃ屋で買えそうなごく普通の人形だけど、中綿が出ているものや腕が取れているものなどもある。


「これは何……?」

「プロトコル・フィーセヒの一部だよ。といってもこの辺は階段に並びきらないやつ。呪いも大したことないから」


 大したことない、と言われても呪いの人形が十体ほど吊るされてるだけで十分ホラーだ。しかし、メルガは気にした様子もなく部屋の奥を示す。


「で、メインの階段があれ」


 メルガが指示した方には、確かに階段があった。とはいえ、しょせんはアパート。上の階に行くためのものではないらしく、5段で途切れていて赤いカーペットがかけられている。そのカーペットの上にも人形が置かれていた。


 一番下の段には3体の木彫りの人形。手にはそれぞれほうき、ちり取り、電動掃除機を持たされている。

 その上の段では軍人の人形が2体、銃を構えてポーズをとっている。なぜか右側の人形だけ顔を赤く塗られていた。

 3段目は多分戦隊もののであろうフィギュア。と言ってもスーツのデザインがばらばらだから多分それぞれ別の戦隊だろう。赤が4体に緑が1体というのもバランスがおかしいし。赤のうち3体はドラムを、1体はフルートを持たされていて、中央にたつ緑の1体がマイクを持っている。

 2段目には赤ちゃん人形、人型のぬいぐるみ、牙をむき出しにしたテディベアがティアンドルを着てビールジョッキを掲げている。

 そして、最上段ではウェディングドレスを着たアンティークドールとタキシードの黒髪の人形が並んでいた。タキシードの方は多分日本の市松人形だろう。髪もかなり長いし。


 15体の奇妙な人形たちに、陽菜は思わず一歩後ろに下がる。

 メルガはそれに気づいたのか、ちょっと早口で説明を始める。


「プロトコル・フィーセヒの開始は冬至と春分の中間の日。人形たちを呪いの強い方から順に階段に配置して、衣装を着せて小道具を持たせる。階段の定員を超えた分はひもで吊るす。その後1か月間飾り続けて、最後の日に儀式を行うんだ。儀式には女性だけが参加を許されている。メキシコ民謡の「Pobres Huerfanitos」を流しながら、カラフルに色づけしたクラッカー、サラダを乗せたライス、クラムチャウダーを食べ、ショーユを加えたサケを飲む」


 日本の儀式なのにメキシコ民謡やクラムチャウダー? 陽菜の混乱は深まるばかり。

 クラッカーやサラダライスもよくわからないが、醤油を入れたお酒って……料理に両方を入れることはあるけど、それだけで飲むのはかなりおかしい。というかあまり美味しくなさそうだ。


「それが終われば、人形たちを分別。呪いがなくなったものは返却するか寄付、残ってるものは箱に安置して翌年を待つ」

「……それで、呪いは本当に解けるの?」

「吊るしてるやつは呪いが弱いから1,2年ぐらい。階段の方は、元々の呪いが強いからもっと年数がかかる。最近はSNSでうわさが広まっちゃったみたいで、持ち込まれる数も増えてるし」


 メルガは眉を寄せて吊るした人形たちを見上げて肩をすくめる。


「これ以上吊るす数が増えるのも大変だから、浄化の効率を上げたいの。でも、元々日本の儀式だからロジックがよくわからなくて。例えば一段に置く人形の数を増やした場合問題はないのか、とかを知りたくって」

「儀式ってそういう変更をしていいものなの?」


 合理的にやりたがるのがドイツ人気性だと理解はしているけど、魔女の儀式にロジックを持ち込むのは、ちょっと陽菜の中では結びつかない。

 でも、メルガは軽く頭を振って主張する。


「魔女の中でも意見が分かれるところだけど、私はOK派。伝統は確かに大事だけど、そもそも魔女の歴史を考えれば、大昔は人間の生贄をささげていたのをどこかで動物や人形に変えたりしてるのよ。持続不可能な伝統は形を変えるか消え去るしかないわ」


 流行のSDGsというやつか。メルガは魔女でもあるし、現代のドイツ人でもあるわけだ。陽菜が感心したところで、メルガは逆に肩を落とす。


「それに、特に儀式の食事がおかしい気がして。儀式の食事の味は正直ひどくって……普通の日本食レストランはあんなに美味しいのに」


 そう言われると、食にうるさい日本人としては黙っていられない。虹色クラッカーや醤油酒を日本食だと思わせておくのは沽券にかかわる。


「プロトコル・フィーセヒ」


 聞きなれない儀式の名を、陽菜は初めて口にした。

 スマホの翻訳アプリが、それを日本語に訳してくれる。


「ああ、なるほど。そういうことか……」

「合ってるの? 日本人はほんとにこんな奇祭を毎年やってるの?」


 プロトコル・フィーセヒの元々の姿が、大体想像ついてきた。日本人の陽菜としては合ってるとはちょっと言い難い。あまりにもイビツに変わりすぎている。でも、どこから説明したものやら、とちょっと悩んで考え方を変える。


「言うよりも、見せた方が早いわ。儀式は来週よね? その時にもう一度お邪魔してもいいかしら。このお祭りの本当の姿を、できる範囲で見せてあげるから」


 ちょっと面倒ではあるけれど、こんな奇祭を日本の儀式だという思い込みは正しておかないと。そんな使命感が、陽菜を突き動かしていた。

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