第十二話 入学式のお祝い

 入学式の日の夕方、俺たち瀬川家は家の直ぐ近くにある寿司屋にいた。

 何かお祝いごとがあったら、この寿司屋に行ってお祝いをするのが瀬川家の一種のルールだった。

 今日は、もちろん俺と姫華の高校入学祝いだ。

 そして、この寿司屋には天気が悪くなければ歩いて向かっていた。


「おお、回らないお寿司屋は初めて」

「寿司屋っていっても、何でもあるけどね。ステーキに、揚げ物に、サラダもあるよ」


 寿司屋はカウンターと小上がりの座敷がある作りで、俺たちは席を予約していたので直ぐに座敷に上がった。

 ここは掘り炬燵式になっているので、正座しなくて済むのがとても良い。

 初めてのお店に姫華は若干興奮していたが、いわゆる田舎の寿司屋なので色々なメニューが存在していた。

 麻衣が姫華にメニューボードを見せていたが、姫華にとって初めてのメニュー

ばかりなので先ずは母さんがいつものメニューを頼んだ。


「えーっと、アボカドサラダと、メヒカリの唐揚げ、あとはなめろうを青唐有無で一つづつ……」

「おお、なめろうだ」


 姫華のテンションが若干上がったが、実は相当昔に姫華の家族とうちの家族とで別の店でなめろうを頼んだ。

 まだ幼かったのに、姫華はなめろうをとても気に入った。

 久々のなめろうってのもあるので、姫華は楽しみにしているのだろう。

 しかし、母さんは敢えてこのなめろうを二つ頼んだ。

 青唐辛子が入っているかいないかで、辛さが桁違いに変わるからだ。

 うちは、麻衣が辛いものが駄目なので元から二種類頼んでいた。

 多分、姫華も辛いものは駄目だと母さんも俺も予測していた。

 しかし、姫華はチャレンジャーだった。


「大人の味、体験」


 なんと、姫華は青唐辛子が入ったなめろうを取ったのだ。

 これには、俺もびっくりだった。


「ひ、姫ちゃん、大丈夫?」

「多分大丈夫。お酢、ドバドバ……」


 隣に座っている麻衣の気遣いを他所に、姫華はなめろうにお酢をたっぷりとかけた。

 そして、一口。


「美味しい……あが、か、辛い……」

「はあ、やっぱり姫華ちゃんには青唐入りは早かったわね」


 慌てて涙目で水を飲み干す姫華を見て、母さんは思わず苦笑してしまった。

 そして、姫華は今度は青唐辛子なしのなめろうを取ったのだった。

 俺は、普通に青唐辛子入りのなめろうを小皿に取った。


「熊、辛くないの?」

「このくらいなら全然平気だぞ。もう一回食べてみるか?」

「無理」


 姫華に青唐辛子入りのなめろうを分けようとしたら、小皿を遠ざけられた。

 残念ながら、姫華にはまだ大人の味は早かったみたいだった。


「うーん、お寿司美味しい!」

「もしゃもしゃ」


 そして、麻衣と姫華は寿司の握りをわさび抜きで頼んだ。

 二人とも、かなり美味しそうに食べているなあ。

 父さんと母さんはなめろう丼、俺は鉄火丼の大盛りに納豆巻きを三人前頼んだ。


「熊、食べ切れるの?」

「このくらいは余裕だ。納豆巻きは摘んでもいいぞ」

「食べる」


 俺は、体が大きいのもあってかなりの大食いだ。

 それこそ、目の前の料理はあっという間に食べ切ってしまう。

 それでも、母さんが栄養を考えて料理を作ってくれているので、丈夫な体に育った。

 その点は、本当に感謝だ。


「納豆巻きも美味しいんだよね」

「美味しい」


 麻衣と姫華も納豆巻きを摘んでいるけど、姫華が体を大きくするのはもう少し先だろう。

 それでも、病院にお見舞いに行った時に点滴に繋がれていた姿を見ていたから、こうして食事を取れるようになったのは少し感慨深かった。


「食べ過ぎた……」


 そして、会計を終えて寿司屋を出ると、姫華はお腹を何回もさすっていた。

 歩けない訳じゃないので、ゆっくりと歩いていた。

 そんな姫華の側には、これまた食べ過ぎたって表情の麻衣がいた。

 うーん、お前ら二人合わせても俺の半分も食べていない気がするぞ。


「お兄ちゃんと比べないで。私たち、か弱い女の子なのだからね」

「熊、私たち女の子なの」


 二人揃って俺にブーブー文句を言ってきたけど、ここは軽く流しておこう。

 こうして、ゆっくりと歩きながら俺たちは家路に着いた。

 明日から、本格的に学校生活が始まる。

 入学式から酷い目にあったから、せめて明日は平和に終わって欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る