天野さんちのひなまつり

矢芝フルカ

前編

「ええーっ! 咲良さくらちゃん、おひなさま持ってないのぉーっ?」


 小学校からの帰り道、咲良は同級生のみおちゃんから、そんなことを言われていた。


「女の子なら普通は持ってるんだよ。ねぇ、結菜ゆいなちゃんだって持ってるでしょ?」

「う、うん」


 結菜ちゃんは咲良の方を気にしながら、小さな声で答える。


「女の子なら、普通は持ってるの?」

 不安になった咲良が、確かめるように聞いたから、


「あたしのは、お姉ちゃんと二人のだから。咲良ちゃんちはお兄ちゃんだからじゃない?」


 と、結菜ちゃんがかばってくれた。



 なのに、


「そうだったら、咲良ちゃん用のおひなさまがあるはずじゃない、普通。おひなさまが無いと、ひなまつりができないんだよぉ」

 と、澪ちゃんは畳みかける。


「ひなまつり・・・が、できないの?」

 咲良は澪ちゃんの言葉を繰り返した。

 澪ちゃんはニタリと笑う。


「そーよぅ、普通はおひなさまを飾って、ひなまつりをするの。うちはね、お母さんがちらし寿司を作ってくれるんだよぉ、ケーキも買うの、それからね・・・」


 澪ちゃんは咲良に向かって、ひなまつりにすることを、あれこれと自慢げに並べ立てた。


 咲良は黙って下を向いていたが、

「・・・ごめんね、今日はもう帰る」

 と、言って走り出す。


 結菜ちゃんが、自分を呼ぶ声が聞こえたが、咲良は振り返らずに走った。


 普通だったら、おひなさまを持っている。

 普通だったら、おひなさまを飾って、ひなまつりをする。


 大変だーーっ!


 咲良はランドセルをカタカタ鳴らして、家を目指して走った。

 玄関のドアを勢いよく開けた咲良は、


「ママ! おひなさまを手に入れて、ひなまつりをしなければ!」


 靴を脱ぎ捨てて、待っていたママにランドセルを放り投げる。


「今夜、緊急の作戦会議を開く」


 咲良に言われたママは、こっくりとうなずいて、

「了解しました」

 と、答えた。




 夕方、パパとお兄ちゃんの大雅たいがが帰って来て、咲良はさっそく、ひなまつりの話をした。


 まずは、おひなさまを手に入れようと、パパがスマホで調べてくれたのだが・・・


「おひなさま・・・高いですねぇ」

 スマホを見ながら、パパは眉根を寄せて「うーん」と、うなった。


「どのくらいする?」

「この部屋の、一ヶ月の家賃くらいは」

「は・・・」

 パパの答えに、咲良は絶句する。


「寿司とケーキは食料品でしたね。でしたら、スーパー恵比寿屋えびすやで入手できるでしょうか?」

 大雅たいが兄ちゃんが、言った。


「スーパー恵比寿屋への調査は、中尉と軍曹に任せたい。ママ、澪ちゃんは他に何と言っていた?」

 咲良がママに聞くと、きちんと畳に座っていたママは、スッと目を閉じる。

 そして、おもむろに口を開くと、


「うちはね、お母さんがちらし寿司を作ってくれるんだよぉ、ケーキも買うの、それからね桜餅でしょ、ひなあられでしょ、白酒でしょ、あ、あとね、ハマグリのお吸い物もあるんだよぉ」

 と、澪ちゃんの声を再生する。


「品目が多いが、やってくれるか?」

 咲良の問いに、

「もちろんです、大佐」 

 パパと大雅兄ちゃんが、敬礼で答えた。


「・・・あとは、おひなさまか・・・」

 咲良はふぅ、とため息をついて、腕を組んだ。


「おひなさまが無ければ、ひなまつりはできないと、澪ちゃんが言っていた・・・」

「普通とは高いものなのですね、大佐」

 大雅兄ちゃんの言葉に、咲良は感慨深く頷く。


「だが、妥協は許されない。我々、天野あまの家は『完璧な普通の家族』でなければならないのだ。・・・おひなさまは、わたしが何とかしよう」

 咲良の発言に、パパも大雅兄ちゃんも驚いた顔で、咲良を見た。


「大佐にだけ重荷を背負わせることなんて、できませんよ」

 と、パパ。


「中尉のおっしゃる通りです。大佐、自分にもお手伝いさせて下さい」

 と、大雅兄ちゃん。


「ありがとう、二人とも。・・・だが、わたしはこの部隊の隊長だ。任務遂行のための重要な局面を対処するのは、隊長の役目と心得ている。必ずおひなさまを入手して、ひなまつりを決行させよう」


 咲良はスックと立ち上がった。


「諸君、これより部隊は作戦行動に移る。題して『楽しいひなまつり作戦』。諸君の健闘を祈る!」


 パパと大雅兄ちゃんが、背筋を伸ばして敬礼した。




 三丁目の銀河ハイツ102号室に住んでいる天野あまのさんは、会社員のパパ、専業主婦のママ、中学2年の大雅兄ちゃん、小学2年の咲良の、4人家族だ。


 どこにでもある普通の家族だが、彼らは普通の家族であることに、日々奮闘している。


 なぜなら彼らの本当の姿は、地球侵略を目論む宇宙生命体だからだ。


 銀河の彼方の母星を遠く離れ、地球人に擬態し、地球に潜入している諜報部隊。

 それが天野家の正体である。


 地球の普通の家族を偽装し、地球人の生態を調査するのが、彼らの任務なのだ。


 決して特異であってはならない。

 決して怪しまれてはならない。


 ごく普通の、ありふれた家族を完璧に偽装しなければ、彼らの任務は遂行できないのだ。


 そのために天野家は今日も、完璧な普通を目指している。


 彼らは無事、ひなまつりを決行できるのか・・・


 中編へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る