第2話 きっかけ
アイドルとはなんなのか? 同じアイドルグループに所属するメンバーの1人はその問いにこう答えた。
『アイドルは可愛い子や格好いい人だけがなれる職業だよ! 特別な特技がなくても元気と愛嬌があれば、誰だってなれるものだと思ってる!』
それとは別の日、他のメンバーに同じ質問をすると彼女はアイドルについてこう答えた。
『アイドルは誰かの憧れになれる人のことを指す言葉だと思います。舞台上でキラキラと輝いている子が、アイドルになれるのです!』
2人の回答を聞いて、私は頭が痛くなった。
何故なら2人はアイドルという存在について全く別の回答をしたからだ。
これでは私が質問をした意味がない。
「もしかしたらメンバー以外に聞けば、答えが見つかるんじゃないかな?」
私達みたいな業界経験が浅い人より、この業界で何年も活動している人達の方がアイドルについて詳しいはずだ。
そう思った私は事務所の関係者や仕事で出会った人に同じ質問をぶつけてみた。
『アイドル? ステージ上で歌って踊ることが出来ればみんなアイドルだよ』
『僕にとってアイドルとは、何も持たない子が努力をしてステージでキラキラ輝くまでの物語だと思ってる!』
『若くて可愛い清楚な子がアイドル! それ以外の異論は認めん!!』
ダメだ、いくら聞いてもアイドルとは何なのかわからない。
外見が良くてステージで踊れればアイドルなの?
それともアイドルというものに物語性を求めているのか、人によって答えがバラバラなので中々答えが見つからなかった。
「はぁ。聞けば聞く程、アイドルという存在がわからなくなる」
一体アイドルってなんなんだろう。こんなことになるなら、デビューなんてするんじゃなかった。
アイドルというものがどんな存在かわからず、私の悩みはどんどん増していった。
「どうしたら答えがみつかるんだろう?」
「ン‥‥‥レン‥‥‥」
「私にはどうすればいいかわからないよ」
「カレン!! ちょっと聞いてるの!!」
「はっ、はい!? もちろん聞いてますよ!? 浅利さん!?」
私の目の前で鋭い眼光を向けて怒鳴るのが、私達アイドルグループ"アルティア"のプロデューサーをしている浅利さんだ。
普段はきりっとしていて格好いい女性だが、甘いものを見ると途端に可愛くなる変わり者である。
「確認をするけど、貴方は今何をしてるの?」
「握手会です‥‥‥」
「そうよ! 今日はアイドルがファンと触れ合う重要なイベントなんだから、余計なことを考えてないで集中しなさい!!」
「すいません‥‥‥」
こんなことをして一体何の得があるかわからない。
私なんかと握手してファンの人達は何が楽しいんだろう。
それこそその時間をもっと別の事に有効活用した方がいいのではないか。ファンの人達の顔を見る度に私はそう思った。
「一条さん! 次の人が来ますので準備をお願いします!」
「わかりました!」
とにかく今は笑顔を作ることに徹しよう! ファンの人と話すのに仏頂面をしていてはいけない。
人差し指を二2本使い、無理矢理口角をあげて笑顔を作る。そして次に来るファンを私は待った。
「カレンちゃん!」
「はい!」
「いつも応援しています!! 頑張って下さい!!」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
私は握手をしてくれる人に対して、いつもと同じ文言を決まって言う。
応援してくれる人達がみんな同じことを言うので、この文言が定型文になってしまった。
「(この人達は何で私のことを応援するんだろう?)」
私のような可愛いだけのアイドルなんてこの業界にはごまんといる。
それなのにも関わらず、何でみんな私のことを応援してくれるんだろう。その理由がわからなかった。
『次の方どうぞ~~~』
「いけないいけない!? 集中しなきゃ!?」
今はファンとの交流中なんだ! さっき浅利さんにも仕事中は余計なことを考えるなと言われたばかりだ。
だから今は握手会に集中しよう。自分の事ばかり考えているとまた怒られてしまう。
「あっ、あの!?」
「応援ありがとう。もしかして初めて握手会に来てくれたの?」
「はい! カレンちゃんのステージがどうしても見たくて来ました!」
「ありがとう! 貴方みたいな可愛い子に会えて、私も嬉しいよ!」
私の目の前にいる子は黒い眼鏡をかけて少しぽっちゃりとしている女の子だ。
小学校高学年ぐらいの女の子がキラキラした瞳で私のことを見つめていた。
「うっ、うっ‥‥‥‥‥」
「ごめん!? もしかして私、何か嫌な事しちゃった!?」
「グスッ、そうじゃないんです‥‥‥本物のカレンちゃんと会えたと思えたら嬉しくてつい‥‥‥」
その子は溢れる涙を止められず、自分の袖で拭っていた。
慌てて自分のハンカチを取り出そうとしたが、今はアイドル衣装を着ている為ハンカチを持っていない。
なので私は彼女が泣いてるのを黙って見守るしかなかった。
「すいません‥‥‥迷惑でしたよね?」
「全然迷惑じゃないよ!? 泣いてしまう程私のことを推してくれて嬉しい!」
「本当ですか?」
「うん! 全く嫌な気はしないよ」
ちょっと驚いたけど、私を見て感動してくれるのは嬉しかった。
この子を見ていると私の心が熱くなる。この子と話しているだけでも、自分の活動にも何か意味があったのだと思った。
「カレンちゃんは私にとって太陽のような存在で、いつもキラキラ輝いてるんです」
「うん!」
「その太陽のような笑顔にいつも救われてて、私が辛い時はいつもカレンちゃんのライブ映像や歌声を聞いて元気をもらってます!」
「うん! うん!」
「だからこれからも私‥‥‥私達ファンにその笑顔を届けてください!」
「あっ!?」
この子を見てわかった。アイドルとはなんなのかを。
ただこれが正解か私にはわかりない。ただ私なりの答えは見つかったと思う。
「カレンちゃん? そんなキョトンとした顔をしてどうしたの?」
「何でもないよ!? 今日は来てくれてありがとう!」
「こちらこそ! ずっと応援してます! これからも私の太陽でいて下さい!」
そう言い残して女の子は私の元から去っていく。
去り際の目は力強い意志が宿っており、ここに現れた時とは全然違った。
「(ありがとう。私の方が救われたよ)」
あの子を見ていて、アイドルというものがどういう存在なのかわかった気がする。
あとはその答え合わせをするだけだ。
「カレン!! カレン、聞いてるの!!」
「はっ、はい!?」
「何をぼーーっとしてるのよ!! 次の人が来るんだからシャキッとしなさい!!」
いけないいけない。また浅利さんに怒られてしまった。
浅利さんは私の後ろに立ち鋭い目線を私に送っている。
「(これは後でこっぴどく怒られそうだ)」
怒った時の浅利さんはものすごく怖い。
それはアイドル活動を通じてこの人と関われば関わる程、その怖さが身に染みたている。
「(浅利さんの機嫌が良くなることはないから、今は握手会に集中しよう)」
後ろで私のことを見守る浅利さんに杞憂しながら、私は日が暮れるまで握手会を続けた。
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