第四話 ぬるい夜空に星見酒 ①

 週末はいつも、早朝から日暮れまで遺品整理だ。紺洋さんの日記はまだ、見つかる気配はない。


 それでも進むものは進んでおり、今日はとうとう、蔵の二階が片付いた。


 大量の書物を整理して目録を作り、分類ごとに並べ直す。必要があれば修繕予定の本を集めた棚に移す。そうして最後の一冊を棚に戻したころには、気が付けばすっかり日が暮れていた。


「っはー……終わった……」


 蘭さんが盛大に息を吐く。まだ二階だけですけどね、という言葉を、今日はさすがに飲み込んだ。これだけ大変だったのが、一部だけでも区切りがついたのだ。水を差すのは忍びなかった。


 ぐるぐると腕を回して、うー疲れた、と蘭さんが床のカンテラを拾い上げる。すっかり暗くなった窓の外を見て、すまなさそうな眼差しが私を捉えた。


「悪ぃ。ずいぶん遅くなっちまった」

「いえ。あとちょっとだから手分けしてやっちゃいましょう、って言ったのは私ですし」


 そこからずいぶん長かったですけど、と苦笑して、私は喪服のスカートをぱん、と払う。あとで埃取りのブラシを貸してもらおう。


 ちらと辺りを見回せば、蔵の中はすでに夜になっていた。換気のため開けた窓の外に光はなく、古いカンテラの明かりだけが頼りだ。


 重い観音開きの扉を引っ張って、蘭さんが窓を閉める。ぎい、と音がして、ランタン以外の光源がゼロになった。紺洋さんの遺した大切な空間と知ってはいるものの、作業を終えて窓を閉めるこの瞬間ばかりは、いつも少しだけ怖い。


 蘭さんの先導で、細い階段をぎしりと下りていく。金色のつむじから、そうだ、と声がした。


「てめぇ明日休みだろ。メシ食って帰るか」

「え、いいんですか」

「今から帰ったら遅くなるだろ。家にもうメシあるっつうなら、いいけど」


 とん、とん、と階段を下りながら、蘭さんの後ろ姿が私を窺う。少しばかり考え込んだ。ランタンの明かりを頼りに、ちらと腕時計を見る。夕食の用意がはじまっているかどうか、正直微妙な時間だ。でも。


(……ちょっとお腹すいたな)


 家の人には悪いけど、この空腹具合だと、帰宅まで頑張るのは少しつらい。私はわかりましたと頷いた。


「せっかくですので、ごちそうになります」

「おう。ちゃんと家には連絡しろよ。なんだったらあたしも挨拶すっから」

「それは結構です」


 即座に断る。このガラの悪すぎる人を、電話口に出したくはなかった。いろいろと面倒なことになる予感しかしない。


「おい。いま失礼なこと考えたろ」

「気のせいですよ」


 蘭さんがチッ、と舌打ちした。思わず吹き出す。


「別に考えてません。蘭さんみたいな不良を親と喋らせたくないだとか、家にバイトの仔細がバレたら面倒だから、余計なことしないですっこんでてほしいとか、そういうことは全然」

「全部言ってんじゃねえか……ピーマン食わせっぞ」

「明日から洗濯ぜんぶ乾燥にしてあげましょうか」


 そのキャミワンピを軒並みくちゃくちゃにしてやる、と言う意味で言ったのだが、蘭さんは不思議そうに首を傾げるだけだった。どうやら、デリケート衣類を乾燥機にかければどうなるかも知らないらしい。末期だ。


 開け放っていた扉を抜け、外に出た。さやさやと、春の夜風が前髪を揺らす。気持ちのいい夜だ。


 薄く目を細めて、私は蘭さんを振り返った。


「で、夕飯どうします。今日は作り置きないですよ」

「うーん……あっ」


 ぱちん、と蘭さんが指を鳴らした。暗い庭内、ランタンの明かりを受けて、蘭さんの目がきらっと光る。口元にいたずらっぽい笑みが浮かんで、とても楽しそうに彼女は言った。


「なあ雨宮。どうせなら、楽しいことしようぜ」


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