第4話 お近付きになろう

「……シエナ、それは本当なの?」


「ええ、本気ですわ。私以上に美しい方が、ミュー様の他に誰が居ると言うのです?」



 シエナの衝撃的な告白に、一瞬で静まり返るアレクサンドラ公爵家一同。シエナは顔に手を当て、頬をほんのりと赤らめながらモジモジとしている。


 シエナの言葉の真意を探ろうと聞いたシュイルの口端はひくつき、とても引き攣った顔になってしまっている。シエナの母というだけあって、シュイルも中々の美形なのだ。


 シエナはシュイルの問いに、こともなげに答えた。まるで、それが当たり前とでも言うように。自分の美しさを否定はしないが、惚れた相手であるミューの美しさは褒め称える。



「考え直しなさい。悪いとは言わないけれど、貴方は公爵令嬢なのよ。世間体の事も考えて欲しいわ」


「ですが、母上。私がこの公爵家を継ぎ、令嬢でなくなったら? どうせ亭主は取らないのです、好きにさせて頂きたいですわ」



 最早、シエナの頭の中には法律や秩序というものは存在していないらしい。


 ティトス帝国では、同性同士の付き合いは認められていない。結婚など以ての外だ。一部では認めている国もあるようだが、帝国は昔からの伝統を大切にしている。

 男が家を支え、女が家を守る。


 大体、シエナが家を継ぐことすら良く思われていないのだ。教育を施されたとはいえ、シエナは甘やかされた貴族の娘でしかない、政治を任せたくないと思う他の貴族だって多くいる。


 そんなシエナが、皇族、しかも第二皇女のミューに好意があると知られれば、公爵家としての名は地に落ちるも同然。国民は一方的に手を引き、公爵家は瞬く間に落ちぶれるだろう。


 シュイルは勿論そう考えていたが、シエナには何も響いてすらないようだ。淑女としての教育を受け、公爵令嬢に相応しい品格と佇まいを誇るシエナは、名が知れている。


 令嬢であるが、婚約者を持たない。


 帝国では女としての名誉とされている名家との婚約をしていないシエナは、好奇の目に晒され続けていたが故に、ここまで精神メンタルが鍛えられてしまっていた。



「あ、貴方…シエナに何か言ってください」


「うむ……」



 どれだけ咎めても、どれだけを説こうとも揺るがないシエナに、シュイルは頭痛を覚えた。今まで完璧な公爵令嬢として育ててきたはずが、まさか一目惚れごときに振り回されるとは思いもしなかったからだ。


 シュイルは頼みの綱とばかりにライオに縋るが、ライオも微妙な返事しかしない。大事な娘であるが故に、余り強くは咎められない。シエナに嫌われてしまえば、公爵家での父としての威厳がなくなってしまうのだ。



「…シエナ。お前の気持ちは分かった。確かに第二皇女様は美しい。お前以上を誇る方など、第二皇女様の他に居らんのだからな」



 ライオは閉じていた目を開くと、シエナの名を呼んだ。先程までの頼りない声から一転して、真面目な雰囲気だ。シエナは思わず黙り込み、ライオの言葉を聞いた。



「だが、もう少し考え直してくれ。お前は公爵令嬢なのだ。一目惚れなど、一時的な感情に過ぎんだろう。今までお前が社交界で積み上げてきたものが、全て無駄になってしまう」


「ですが、父上」


「せめて、私が隠居しお前が跡を継ぐまで、その感情は隠してはくれまいか。お前が一人前の貴族として政治に関わって功績を残せば、世間もお前の恋情を認めてくれるはずだ」



 ライオは威厳を持って、シエナに言って聞かせた。

 父親として、公爵家の家長として、純粋にシエナを心配している。

 数々の試練を乗り越え、公爵家として上り詰めたライオだからこそ、社交界と政界の厳しさを知っている。シエナも、それを分かっていた。

 だからこそ、説得したかった。


 シエナは自分の無知に恥ずかしさを覚え、手を握り締める。報われないとは思っていた。認められない、とも。

 それでも、夢を見ていたかったのだ。自分よりも美しく、儚く壊れてしまいそうな憂いを秘めた少女を、振り向かせたい。あわよくば、お近付きになりたい。


 シエナは夢中になる事があると、すぐに突っ走ってしまう。それは自分でも分かっていた。

 ライオに止められた今、自分が考え直す他ない。

 シエナが素直に従おうと、頷こうとした時だった。




「お言葉ですが、父上。それは第二皇女様に好意を寄せている場合だけに関して、ですよね」



 しばらくは親子の話し合いを傍観しているだけだったヒューイが、突如口を挟んだ。どうやら異議があるらしい。

 シエナとライオはヒューイの方を振り向き、ヒューイの言葉の意図を考えた。



「姉上だけが第二皇女様に好意を寄せる──つまり第二皇女様が姉上を好きでない場合は、姉上だけが変だとされます」


「それは、そうね」


「でも、姉上に好意を寄せているとしたら?」


「!」



 ヒューイは悪戯っぽく笑みを浮かべながら、シエナの頭になかった考えを提示した。盲点を突かれたというやつだ。


 確かに、シエナだけがミューに恋をしていると広まれば、アレクサンドラ公爵家のみに注目がいく。シエナが変人として捉えられ、ミューには何も影響はないだろう。


 だが、ミューもシエナを好きでいるとしたら。

 公になってしまえば、シエナとミュー、どちらも変だとされてしまう。あの大人しいミューの事だ、きっとシエナに迷惑は掛けたくないと感情に蓋をするはず。


 どちらとも、お互いに好意を寄せているものの、伝えられない状態──所謂“両片思い”だ。



「…でも、まだミュー様が私を好いておられるのか分からないもの」


「それなら、ちょうど良い機会があるわ。編入の時に貰った手紙に、書いてあったの」



 一度なくしてしまった自信は容易く取り戻せない。眉を下げて言うシエナに、先程までは反対していたシュイルが、思い出して言った。愛する娘の恋を、応援する事にしたようだ。

 シュイルはメイドに一枚の手紙を持ってこさせると、シエナに手渡す。



「毎年この時期に、『学年交流会』というものが学院アカデミーにあるらしいのよ。貴方が編入した第1学年でも行われるわ」



 何でも、上級クラスや中級クラスというランクに関係なく、皆が仲を深められるようにする、簡単な舞踏会のようなものらしい。豪華な食事も振る舞われ、擬似的な社交界としての役割も果たすようだ。


 平民出身の生徒は貴族の振る舞いを習い、貴族出身の生徒は貼り付けた笑みを外してありのままの姿で楽しむ。


 心を開く手伝いもしてくれるようだ。



「第二皇女様も参加するみたいだし、姉上もお近付きになれるチャンスだよ。参加してみたら…」


「勿論ですわ! 何でしたら、ミュー様と踊ってみたいと思っていたのです! 絶好の機会ではありませんか!!」



 ヒューイの提案に、食い気味に乗るシエナ。一目惚れとはいえ、シエナとミューは出会ったばかりなのだ。ミューも参加するとなれば、シエナが行かない訳にはいかない。

 絶好のチャンスを逃しては後悔するものだ。



「交流会は、今週の末に行われるそうよ。シエナ、頑張ってらっしゃい」


「ええ、母上。私、頑張りますわ」



 シエナは夕食を終えると、すぐに自室にこもりきりになる。交流会に着ていくコーディネートを選んでいるのだ。

 折角皇族であり一目惚れ相手のミューに会えるかもしれないのだ、釣り合う格好をして行かなければ、令嬢の名に相応しくない。



「(余り焦っても逆効果よ、シエナ。ミュー様とは、ゆっくり仲良くなっていけばいいんですの。きっと、報われますわ)」



 微かな望みにかけて、シエナは準備を進める。


 初恋を実らせる為の、第一歩だ。


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