鬼塚懐二郎よろず屋奇譚【偽作ノVanagloria】

橘 永佳

虚構ノ偽神(上)

 なぜ、こんな相手おっさんについてきたんだろう?


 芳沢よしざわ友加里ゆかりは納得いかないとばかりに首をかしげていた。

 もちろん心の内で、だ。表面上は、微笑みとまではいかなくても、とにかく負の印象は出ないようにちゃあんと取り繕っている。メイクも、最近は不眠がちで、特に念入りにしてある。


 形の良い輪郭の顔に、非の打ちどころのない配列かつ比率で目鼻口が並び、それら自体も一級品に引けは取らない出来栄えを誇示している。

 キャンバスとなる肌は計ったかのように均一に白く輝き、背中にかかる黒髪は一本の瑕疵もなく滑らかに艶やかに、さらりふわりと宙を舞う。


 誰がどこから見ても二度見するであろう美少女、それが友加里なのだ。


 これはうぬぼれではなく、実際、友加里が通っている高校では学校一の美少女と名高く、近隣の他校から見に来る輩もいる有様だ。


 そう、これが友加里わたし

 もうとは違う。


 本当なら、今日の放課後、つまり今は人気インスタグラマーとコラボの打ち合わせをオンラインでしているはずだった。コラボが実現すれば友加里のアカウントのフォロワー数もさらに伸びる――


 ――はずだったのに、なぜ自分はこんな胡散臭い男とカフェチェーン店で向かい合って座っているのか?


 細身でくたびれた黒いスーツにノーネクタイ。20代後半か30代か、やや病的な印象。

 人によっては陰がある感じが良いとか、ちょっと危険な感じが好みだとか、まあそういう評価がされることもあるかもしれない。


 が、友加里の好みの範疇からは明らかに外れている。何より、肌がピリピリするのだ。文字通り、この男のまとう空気とどうにも肌が合わない。

 むしろと言っていいぐらい。


 ……いや、これは、恐怖だろうか? ……


「いや悪いねぇお嬢ちゃん、ちょいと火急の案件だったんで、。まあだから、悪く思わないでくれよ?」


 ブラックコーヒー片手に気さくな言い方。

 しかし、そもそも初対面の相手に砕けた態度をされるいわれはないし、内容も随分と思わせぶりで物騒な言い回しが入っている。


「えっと、何ですか?」


 かなりカチンときたが辛うじて抑え、聞き返す。


「ふむ。、少しは抑えな? いや待てよ、いっそ抑えなくてもいいな? どうせある程度は知ってもらわなきゃならんし、つまらねえ腹の探り合いをしてる暇もねえしな?」


 勝手に自己完結していく男。これまたかんさわることの上無いが、一方で警戒心も一気に跳ね上がった。


 友加里の表情は変わっていない。

 感情は表に出ていない。

 のに――


 ――バレている。あっさりと。

 軽々と、読まれている。


「何なんですか、アナタ」


 もうつくろわず、不信感を前面に表す友加里。色々と問いたいことはあるが、とりあえず出たのはその一言だった。


「おう、それでいいそれでいい。俺は鬼塚おにづか懐二郎かいじろう、まあいわゆる何でも屋ってやつだ。骨卜こつぼくっつうで君のここまでの行動を。まあかなり邪道なんだが牛骨粉を混ぜた白札を燃やして君の行動を占って、今この状況に至ると出た結果をのさ。君はかなり難儀だったよ全く、白札を300枚使い切ってもまでしか観測確定できなかったわ」


 鬼塚と名乗った相手が唐突に語り始めたが、友加里には正直ついていけない。


 骨卜こつぼく? 占い?

 現実として観測? あの『シュレディンガーの猫』とでも言うつもり?


「はっはっは、疑われてるねえ。まあ当然だわな、なあんもかんも眉唾モノだもんな。けどな? には覚えがあるだろ?」


 そう言いながら鬼塚が取り出したモノを見て、友加里は凍り付いた。


 テーブルの上に置かれた、ファンデーション。


 じろり、とめ上げる友加里。口は開かない。


「ふむ。口は滑らさない、か。まあ悪くはないかな」


 鬼塚の調子はほぼ変わらない。

 ただ、目は少し細くなり、声は少し低くなった。


「ボロを出したくないのは分かるが、悪いが大体のネタはもう上がってるんだよ」


 そう言って、無音でコーヒーを啜る。

 マグカップの向こう側に潜む目と、正面からぶつかる。


 友加里の呼吸が、止まった。


 冷たい、目。


「美容効果抜群のファンデーション。難しいことは何もねえ、ただひと塗りすれば美肌どころか目鼻立ち、顔の輪郭、を理想の姿にしちまう。まるっきり魔法のファンデだ――」


 マグカップがゆっくりとテーブルに置かれる。


「――が、そりゃそうだ、実際こいつは、呪術で作られてるんだからな」


 鬼塚の指がファンデーションを示す。

 友加里の口からは「……呪術?」としか出てこなかった。


 ほんのかすかに、鬼塚の姿がかすんだ気がする。

 店内禁煙なのに。目の前の男は煙草を吸っているわけでもないのに。

 仄暗い、白い霞が、薄く、薄く、たなびいているような。


 肌のが強くなる。

 皮膚がこすられている、いや、いっそられているみたいだ。

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