つなぐ償い
三咲みき
1. 過去の罪
「あっ………結構重い!」
棚から下ろした段ボールは、思ったよりもずっしりとしていて、危うくバランスを崩しそうになる。慎重に椅子から降りて、段ボールを床に置くと、そのはずみで埃が宙を舞った。
ずっとクローゼットの上段に放置されていた段ボール。こんなに埃がついているなんて、どれだけの期間放置されていたのだろう。
その段ボールは気づいたときにはそこにあった。ずっと気になってはいたものの、わざわざ下ろして中を確認するのは面倒くさくて、今日までずっとほったらかしていた。
一度、軽く雑巾で拭ってから、蓋を開ける。
「手紙と、原稿用紙と、あとは……全部、本?」
中には本が十数冊入っていた。
一つひとつ手に取ってみると、買ってから一度も読んでないのではと思うくらい、どれもきれいだった。知ってるタイトルはひとつもない。それもそのはず。本なんて、学校の宿題でしか読んだことがない。
そして本と一緒に入っている手紙。宛名は俺だ。封筒を裏返すと、差出人は叔母の、こと
叔母さんは写真で見たことあるが、実際に会ったことはない。いや、小さい頃に会ったことがあるかもしれないけど、覚えていない。
母さん経由でお年玉は毎年もらっているけど、どういう人なのか、全然わからない。母さんに訊いても、いつもちゃんと教えてくれない。
ほとんど関わったことがないのに、どうして俺に手紙なんか。この本も、普通に考えて叔母さんが送ってきたものだろう。
少し緊張しながら、封を切った。
『
こんにちは。
この手紙を読んでいる頃には、もう小学校を卒業しているでしょうか。高校生……もしかしたらもう働き始めているかもしれませんね。
あなたは覚えていないでしょう。幼い頃にしたこと。この手紙と一緒に送った本は、あなたがかつて、破いてしまった本たちです。
あなたがもし、過去の行いについて思うところがあるなら、この本をすべて読んで、一冊につき原稿用紙一枚の感想を書いて、私に下さい。そのための原稿用紙も一緒に同封しています。
謝罪も弁償もいりません。ただ感想を書いてください。
それが私の願いです。
よろしくお願いします。
原口 こと葉』
あなたがかつて、破いてしまった本たちです……。
箱に入っている本はどれも新品同様、破かれたページはない。ということは、叔母さんがわざわざその償いのために購入したということだろう。
俺が叔母さんの本を破いた……?
そのとき、コンコンとノックする音が聞こえ、ドアが開かれた。
「結翔、部屋の片付け進んでる?」
母さんが顔だけを覗かせて視線をキョロキョロさせた。その視線が、俺の近くの段ボールに行くと、母さんはハッとした表情をした。
「それ………」
「母さん、これどういうこと? 俺、叔母さんの本破いちゃったの?」
母さんは部屋に入ってきて、俺の手にあった手紙をそっと掴んだ。
「全然覚えてないんだけど。俺何したの?」
母さんは俺の質問に答えず、手紙を一読すると、続いて段ボールに入っていた本を手に取った。
「そうそう、これ、あの子が好きだったんだよね、、」
懐かしむように、表紙を撫で、ページをぱらぱらと捲った。
「………今から十二年前の話なんだけど、あんたが三歳のとき、当時、お父さんが単身赴任しててね、ずっと一人であんたを育ててたんだけど、母さん疲れちゃって。あんたを連れて久しぶりに実家に帰ったの。で、久しぶりにおばあちゃんに話を聞いてもらえたのが嬉しくって、つい夢中になって。それで、あんたがこと葉……叔母さんの部屋に入ったのに気づかなかった。
あの子が帰ってきて、廊下で立ち尽くしてるのを見て、まさかと思って。あんたは叔母さんの本を、手に届くものは片っ端から破いていってたの。
母さんが気づいた頃にはもう遅かった」
自分の本が破かれ、床に散らばっているのを見て、叔母さんは何を思ったんだろう、、
「で、弁償するって言ったんだけど、あの子がいらないって言うから。でも親として何もしないわけにはいかないから、考えといてって言った結果がこれ」
そう言って、母さんは俺に原稿用紙を渡した。
「こと葉にどんな意図があるかわからないけど、結翔が大きくなったら、読んで書かせてほしいって。でもね、母さん、正直もう時効だと思うのよ。もう十年以上前の話だし。それに、結翔はまだ小さくて、覚えてないでしょ? そんな覚えてないことに対して、償うって言ってもねぇ」
母さんは「そうでしょ?」と俺に同意するような言い方をした。
いやそうは言っても、俺が叔母さんの本をダメにしたのは事実なわけで。
「やるよ俺。書くよ全部」
「書くってあんた……、本なんかほとんど読んだことないくせに」
「でも、やらないなんて、ないよ。自分のせいで、叔母さんの物を壊したのに、何もしないのは嫌だ。ちゃんと書いて、ちゃんと謝ってくる」
これは、俺のやるべきことだ。春休みで時間は十分にあるし、さっさと読んで、早く終わらそう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます