【KAC20251】ひなまつりの限定ケーキ

彩霞

第1話 弟からの連絡

 二月二十八日の夕方。夕飯の買い物のため、私が仕事帰りにスーパーに寄っていたときのことである。地元の大学に通う大学生の弟のしゅうから、珍しくLINKEリンクにメッセージが入った。


 ——三月二日、姉ちゃんに行っていい?


 私はその文面を見て一瞬固まった。


(……うん?)


 五歳年下の修との仲は、それなりである。特別に良いわけでもないが、悪くもない。子どものころは喧嘩けんかをすることもあったが、思春期を迎えた辺りで、ぴたりとそれが無くなった。お互い異性であるために、干渉しすぎてはいけないというのもあったのかもしれないし、近すぎてもまた喧嘩をするだけだというのもあったのかもしれない。その辺りのことは実際のところ考えたことがなかったのでよく分からないが、今は丁度良い距離感を保っている感じがする。


 そのため、弟が私のところに来るのは構わない。だが、理由が思いつかなくて困惑していた。


 私が一人暮らしを始めて、丸二年。そのかん、私の借りているアパートに、弟から「行っていい?」と聞かれるのはこれまでに一度としてなかった。また実家から近いため、来ようと思えばいつでも来れたはずである。それでも来なかったのは、私たちの間にそれほど多くの頻度で会うほども用事もないということだろう。


 よって今回のことは余程の事情があると思われた。考えれば考えるほど悪いことが思い浮かぶ。


(何があったんだ……)


 私はとりあえず、黒猫がウインクをして親指を立てている「いいよ」というスタンプを押す。

 するとすぐに、次の質問が送られてきた。


 ——何時だったらいる?


 三月二日は日曜日なので、仕事はない。

 予定も入っていないため一日中いるが、午前中は疲れて寝ていそうなので「お昼の十二時以降」と返した。


 ——分かった。


 一言、それだけ返ってきた。

 修は私とのやり取りでスタンプを使ったことは一切ない。友人同士だったら違うのかもしれないが、このシンプルさがさらに余計なことを考えさせてしまう。

 私は気もそぞろに買い物を済ませると、夕食の味もよく分からないまま、その日を過ごしたのだった。


     *


 三月二日。

 私のそわそわとした気持ちとは裏腹に、窓からは晴れた空が見える。外気温はまだ肌寒いだろうが、日差しは確実に春らしくなっていた。

 弟とはいえ、自分以外の人間が部屋に入るため、掃除機だけかけておく。すると十二時の五分ほど前に、LINKEに「着いた」という連絡と、「ピンポーン」というインターフォンがほぼ同時に鳴った。

 念のためインターフォンの画面をちらりとだけ見る。カメラに寄りすぎているせいか頭しか見えなかったが、前髪の隙間から見えるせまいおでこで、弟であることを確信する。私はそのままドアを開けた。


「はよ」


 修は私たちの間で交わされる短い挨拶をし、ウールの濃い灰色の手袋をつけた右手を軽く上げた。

 私は正月ぶりの弟をじっと見る。相変わらず背が高く、すらりとしている。そして挨拶も何も変わっていない。だが、どこか落ち着かなかった。


 何故だろう、と私は考える。修が実家ではないところで私と二人で会っているからそう思うのだろうか。それとも、見た目が少し変わったからだろうか。


 修は髪を切ったばかりなのか、さっぱりとしていて、耳の辺りは地肌が見えそうなくらいに薄い。それを見て私は少し寒そうだなと思った。暦上春とはいえ、気温ははまだ冬と変わらない。


 修が紺と白の縞模様のマフラーをぐるぐると巻き付け、黒のダウンジャケットを着ていたのを見て、毛糸の帽子もかぶって来ればよかったのになどと思った。

 だが、そう思ったからところで、私の知っている弟のイメージに上手く重ならない。私の記憶の中にある修は、冬になると部屋着のまま一日中猫のようにこたつに入りっぱなしの子である。正月のときもそうだったはずだ。


「……はよ。お昼だけど」


 私は修をじっと見ながら、答える。


「細かいことはいいじゃん」


 修の言葉に、私は少しだけ安堵あんどする。そうだ。彼は細かいことに頓着とんちゃくしない性格である。私のよれた部屋着姿を見ても何も言わないのも、いつものことだ。


「そうだけど。まあ、上がんなよ」


 修とのやり取りのリズムを思い出しかけた私はそう言うと、弟を部屋に招き入れた。


「うん。お邪魔します」


 修は部屋のドアをそっと閉じると、靴を脱ぎ、きれいに並べて部屋に上がる。

 それを見ると、また弟とのリズムが分からなくなった。修は靴の置き方なんてあまり気にしない子だったはずである。何だかどこからか借りて来た猫のようで、やはり落ち着かない。

 私は部屋に見合った小さなこたつに座ると、修に向かい側に座るよう命じる。彼は素直に座った。しかし正座である。実家では胡坐あぐらなのに、なぜかしこまる。

 私は気になってしまって、弟が今日ここに来た理由を尋ねてしまった。

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