人を捕まえてきて <3>
* * *
帰宅した僕は自室に直行した。母と妹は外出からまだ帰っていなかった。
パソコンの電源を入れて、スマホも机の上にセットする。糸城が事件に巻き込まれていると決めつけて作業に取り掛かる。河川敷の事件の犯人と彼女が接触したと想定する。すでに殺されたか、捕まっているか、犯人の仲間になって一緒に捕食をしているか、このどれかだと考える。
今までに彼女が送ってきた動物の死骸の写真をスマホからパソコンに取り込み、位置情報の解析アプリに放り込む。実行をクリックして解析をはじめる。とにもかくにも、彼女の所在をつかまなければならない。そう遠くには行ってないはずだ。
この写真は、僕に残された解決の糸口に違いない!
解析が終了し、モニターの地図に写真の枚数分、計十三本のピンが表示された。ピンの位置関係、撮影日時から糸城の現在位置を推測する。
死骸の多くは彼女のマンションを中心に分布していたが、中心は彼女自身と考えるべきだろう。自然界にも、遠く離れたところにいる獲物を察知できる生き物はたくさんいる。彼女の遠隔感知の範囲は見た感じ、半径一キロくらいか。下校時や外出時に寄り道して撮影していたのだろう。死骸は猫が三回、雀二回、鳩二回、鴉三回、犬三回——今更思ったが、多すぎないか? 彼女と出会ってからまだたったの二ヶ月半だぞ。
写真をよく見ると、犬猫の死骸はすべて、首と腹部のあたりから出血していた。車に撥ねられたり、他の動物と戦ったりしてできた傷には見えないな。狼犬を殺したときのことを思い出す——そうか、こいつらは人間の手によって殺されたのだ。鳥は以前、ネットで見たスリングショットのような武器で撃ち落としたのではないだろうか。あれなら目立った外傷はつかないはず。おもちゃ屋のエアガン程度の威力では殺せないし、糸城はそんなことしないはずだ。
動物を殺傷している奴が彼女の住む街にいる。これも河川敷の事件の犯人の仕業だろうか。最初は小動物から殺しの練習を行い、そしてターゲットを人間へ……よくある話だ。
これらを別々の事件として考えるほうがナンセンスだろ。近すぎる。
よし、また進展だ。
この事件の輪郭が見えてきたぞ!
たぶんまだ、警察関係者も気づけていない、僕だけが導きだした推理だ!
犯人はいつからか動物虐待を行うようになった二十代の成人女性、コウだ。大方、地獄のような家庭で育ったのだろう。武器は刃物と投擲系の武器。そこらへんの動物を殺すことで血に飢えた抑圧を満たしていたが、満足できなくなり、ついに人間を手にかけたのだ。
その物語に、予定外の登場人物が加わった! 動物の死骸を察知する、糸城舞だ!
誰も来ないはずの殺害現場に近づく少女をみて、コウは焦った。このままでは死体が見つかってしまう。足止めするために彼女に声をかけたコウは、咄嗟のおもいつきで、カニバリズム愛好会という嘘をついたのだ。
写真の位置を線で繋いで時系列順に辿ってみよう。何か法則がわかるかも——と、ストーリーの細部を考えていると、スマホの通知音が鳴り、脳が外向きに切り替わった。糸城からではなく、ニュースの速報だった。河川敷の事件について進展があったらしい。
パソコンで動画サイトを開き、ニュース番組のライブ配信を再生する。警察署の建物を背に、マイクを構えるリポーターの男性がキリッとした目でカメラに目線を向けている。
『——A警察署の前に来ています! 先ほど入った情報によりますと、河川敷で遺体となって発見された中学生男児と、同じ中学校に通うクラスメイト数名が、両親とともに出頭したとのことです! 現在、事情聴取が行われており、詳しい内容はまだ明らかにされておりませんが、男児の死亡に関係していると————』
はい?
マジかよ。
他のチャンネルも開いてみると、改造エアガンを使用した動物虐待との関係も仄めかしているらしいことがわかった。男児を殺したのはクラスメイト……? じゃあ遺体の噛み痕は? あっ……野良猫に齧られただけの可能性も……。
頭の中に構築した相関図から河川敷と動物虐待の事件を切り離すと、二人の足取りを推理する糸口がなくなった。その後もしばらく、ニュースやSNSで事件の続報を追い続けたが、僕の方では何の進展も得られなかった。
一時間後、スマホにまたニュース速報の通知が届いた。二つの事件は出頭した中学校の生徒たちの犯行だったと警察が正式に発表した。動機や凶器などの情報は含まれていなかった。
カーテンを閉めて部屋の明かりを消す。目を閉じながら椅子の背もたれに体重を預けると、静かな室内に椅子の軋む音が響いた。
——糸城、きみは今どこにいる?
新しい友達と旅行にでも行って、旅先でスマホのバッテリーが切れているだけなら、誰かそう教えてくれ。
スマホを手に取って糸城とのメッセを開く。彼女が最後に送ってきた黒い画像をタッチして全画面に表示させると、光のない部屋に、スマホの明かりと融合した明闇が浮かびあがった。彼女はなにを伝えようとしたのだろう。ただの送信ミス? いや、それなら流石にすぐ気づくだろ。彼女はこの画像を自分の意思で選んだのだ。ならば、こんな黒い画像を送りたくなる理由ってなんだ?
僕はいつも闇の中で解え探しをした。真っ黒なキャンパスに、フラッシュを焚くようにイメージを浮かべると、どんな感情も、記憶も、情報も、知識も——すべてが同等の価値になって、僕というレンズフィルターによって歪められていた事実を、元々の姿で観察できた。
なにかを見落としている。そう疑ってかからないとダメな気がした。
僕はこの黒い画像の真実の姿を、まだ見つけられていないのだ。
目を凝らすと、画像の隅だけ色が若干淡いことに気づいた。つまり、これはやはり黒一色の画像ではなく、写真なのだ。
……真っ暗闇の中で撮影した写真?
いや、例えばだ……縛られた状況で、なんとかして撮影をしたとか…………。
はっとして、闇を撮った写真を解析アプリに放り込んだ。
僕はこの画像の位置情報を見ていなかったのだ。
解析中のゲージが左から右に伸びていく。
解析完了のメッセージウィンドウが消えて、地図にピンが突き刺さる。
クリックして詳細を見ると、そこは、閉業して廃屋となったメンタルクリニックの場所だった。
* * *
ポケットに折りたたみナイフと小型の懐中電灯。水筒を入れたリュックを背負って準備完了。玄関で靴を履いていると、そのタイミングでドアが開いて、母と妹が帰ってきた。
ただいま、の声が重なって、僕は、おかえりと返した。
「お兄ちゃん、出かけるの? こんな時間に」
時刻は十八時になったところだ。
「あぁ、ちょっと野暮用で……晩御飯いらないから」
玄関に入らず、僕が外に出るのを待ってくれた二人の前を通り過ぎる。すれ違うように妹が玄関に入っていく。
「待ちなさい」
外廊下に立ったままの母が僕を呼び止めた。振り向くと、突き刺すような目でじっと僕の顔を見ていた。
「どこに、何をしにいくのか、言いなさい」
珍しく見る母の堅い表情だった。いつもならこんなこと聞いてこないのに。
「……友達とお祭りに……花火大会へ行ってくる」
母は数秒、僕の目を観察して真偽を確かめたあと、両手をピストルの形にして、その銃口をこちらに向けた。
「ヒューヒュ〜」
僕は何かに撃たれた。撃たれた演技はしなかった。
今度は玄関から、ジト目の妹がひょこっと顔を出して、半笑いで言った。
「お兄ちゃん〜、花火大会で彼女さんとキスするの〜?」
僕は二人を無視して、外廊下をエレベーターに向かって歩いた。その間も背中は二人に撃たれ続けた。
本当は、おどける二人を見てニヤけてしまった口元を、見られたくなかったのだ。
母に嘘をついたのは、いつ以来だろう。
エレベーターの中で、いつだったか妹が爆笑しながら教えてくれたハエトリグサの花言葉を思い出しながら、ポケットのナイフを握りしめた。
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