第30話 信助編:普通の生活
それから1年が経とうとした頃、信助は今の生活に完全に慣れていた。
初めはすべてが試行錯誤だった。
住処を確保したものの、本当にここでやっていけるのか不安だった。食料の確保、水の確保、ギガの目を避ける方法──すべてが未知数で、常に命の危機と隣り合わせだった。
だが、今の信助には生きるための型があった。それが、彼の日々を回すルーティンである。
信助は、毎朝ほぼ決まって朝5時頃に目を覚ます。シャッターの隙間から差し込む光の変化や、街のかすかな音の変化で、自然と目が覚めるようになった。
だが、すぐに動くことはしない。
しばらくはくぼみの中で寝返りを打ち、ぼんやりとした意識のまま眠気の余韻を楽しむのが日課だった。この時間だけは、ギガのことも、食料のことも、考えなくていい。ただ、心地よい倦怠感に身を任せ、しばしの間ゴロゴロとする。
──だが、長くは続かない。
朝6時になる前には、信助はきっちりと身を起こし、慎重にシャッターを開ける。それが、彼の仕事の始まりだった。
信助の1日は、食料の確保から始まる。食べるものがなければ、生きていくことはできない。だからこそ、まずは腹を満たすための行動を起こさなければならなかった。
彼には2つの食料調達ルートがある。
リスクのある『ゴミ捨て場』
まず1つ目が、信助の住処から徒歩30分圏内にあるギガのゴミ捨て場だ。
ギガの社会では、ゴミはしっかりと分別されている。燃えるゴミ・燃えないゴミ・食料ゴミなど、それぞれ専用の袋にまとめられ、決められた場所に捨てられている。
信助が狙うのは、その中の食料ゴミだった。
ギガたちにとっては価値のない、傷んだ食べ物や食べ残し。しかし、人間にとっては贅沢な食料がそこに詰まっていることも多い。
──問題は、その危険性だ。
ギガたちは基本的に、人間がゴミ捨て場を漁ることを嫌う。理由は単純で、彼らにとっては汚い害獣が荒らしているのと同じだからだ。
もしゴミ捨て場で人間を見つければ、ギガたちは迷わず排除する。つまり、発見された瞬間に潰される可能性が高い。
また、ゴミ捨て場には信助と同じように食料を求める人間も多く、競争が激しい。目立ちすぎれば、ギガだけでなく他の人間との争いにも巻き込まれる。
だからこそ、信助はこのルートを多用しない。
調子が悪く遠出できない日や、誕生日など特別な日だけ。どうしても贅沢をしたいときに限り、彼はゴミ捨て場を狙った。
安全だが過酷な『使われていない公園』
信助が普段の食料調達に使うのは、もう1つのルートだった。それは、彼がかつて住処を探していたときに偶然見つけた使われていない公園。一面が雑草に覆われた、忘れ去られた場所だった。
ギガが寄り付かないばかりか、人間ですら滅多に訪れない。つまり、争いもなく、確実に食料を確保できる安全な場所だった。
公園に生えている雑草は、信助の身長の2倍近くもあった。そこら中に茂っており、適当に引き抜くだけで数日分の食料が確保できる。
──だが、ここにも問題はある。
公園は安全で食料も豊富だが、住処から徒歩6時間もかかる。往復するだけで半日以上。しかも、そこからさらに食料を背負って帰るのだから、体力の消耗が激しい。
それでも、信助はこのルートを選び続けた。
危険を冒してゴミ捨て場を漁るよりも、多少の苦労をしてでも確実な食料を手に入れられる方が良い。そう考え、彼はこの1年を生き抜いてきた。
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食料を調達し終えた後、信助は道中の水たまりで水を確保しながら帰る。
そして、住処に戻ると、まずは食料を仕分ける。
今日食べる分と、備蓄する分。
公園までの往復が大変なため、できるだけ1回の調達で数日分の食料を確保し、保存しておく必要があった。
食事を終えたら、住処の手入れをしたり、人気のない場所で排泄を済ませる。それらを終えると、信助は何をするでもなく、ただじっと座って時間を過ごすことが多かった。
何かを考えすぎると、余計なことまで考えてしまう。
──自分は何のために生きているのか。
そんな問いが頭をよぎることもあった。けれど、答えを出す必要はなかった。考えても仕方がない。彼にとって大事なのは、今日を生きること。
だからこそ、彼は不満を覚えなかった。
この1年で身につけた生活リズムは、信助にとってはすでに普通だった。それがどれだけ質素で、過酷で、孤独であっても──
「僕は、こうやって生きていくしかない。」
信助は、そうやって自分を納得させながら、眠りにつくのだった。
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