13.こちらの世界での平穏を

 ロックはこの世界に来て以来、ライコウの管理する部屋で暮らしている。

 ライコウの職場の隣室の空き部屋で、急遽用意されたのもあってロックが読み続けている本とロックが一切使えない家具しかない。

 いや、ロックの生活は果たして暮らしていると言えるのだろうか。昨日から一度も開けられていない冷蔵庫の稼働する音が妙に物悲しい。


「桃から人間が誕生……? これは昔話というジャンル……。つまりこちらの世界にはすでに魔法による臓器補完技術どころか人工生殖技術があった……!? 凄いな……」


 カナタが読んでいる本は桃太郎という日本人なら誰もが知る昔話だった。

 先日解決した輝晴ヒナタは違ったが……怪異は過去の物語や寓話、伝説が元になって生まれることが多く、危険度が高くなる傾向にある。

 過去、日本が討伐した危険度A以上の怪異は“橋姫はしひめ”、“管狐くだぎつね”、“口裂け女”といずれも日本に伝わる妖怪や都市伝説だった。

 この世界で生きていくべく、ロックは色々な物語を読み漁っている。

 本を読むのは彼の得意分野であり、魔法書庫ライブラリの奴隷であった彼にとって慣れ親しんだ仕事でもあった。

 ロックが食いつくように本を読んでいると、鍵を開ける音をさせながら扉が開く。


「おいロック! どうせ本読んでるだろ! 置けこら!」

「ロックくーん! こんにちはー!」


 部屋に入ってきたのはライコウの隊員であるまりなと幸次だった。

 今日はライコウの制服ではなく、まりなは学校の制服を幸次は私服だ。

 二人はコンビニの袋を手に持っていて、そのまま部屋に入ってきたがロックはそれでも本を見て眉間に皺をよせていた。


「ほら一旦休憩だ休憩!」

「あー! あー!」


 ロックは本を取り上げられる。

 幸次が取り上げた本を高いところまでぶらさげると、ロックはそれを取ろうとぴょんぴょんと跳ねた。

 結局、ロックの読書タイムは強制的に終了させられる。


「ロックくん、今日は桃太郎?」

「はい、とても興味深い内容で続きが気になります」

「俺を見るな。取り上げないとお前無限に読むだろうが」

「はいはい、ご飯食べましょ」


 まりなはコンビニからおにびりやサンドイッチを取り出して、ロックに渡す。

 他にも弁当やサラダなど三人分の食事を買ってきたようだった。


「幸次さん、今日大学はお昼まで?」

「ああ、お前は?」

「午後ない日だから大丈夫です」


 まりなと幸次はライコウの隊員だが、まりなは高校生、幸次は大学生で平時はこうして学校に通っている。

 二人はロックの監視兼世話を命じられているのだが、ロックは放っておくと用意された本を読み続けて食事などを怠るので、最近は命令とは関係なくロックの読書を中断できるように学業の合間を縫って部屋に寄っていた。


「物語というのは素晴らしいですね。お話という道筋を作ることでよりわかりやすく、興味を持つようにできている」

「お前、向こうの世界じゃ本の虫だったんだろ? 物語なんて珍しいのか?」

「自分のいた魔法書庫ライブラリは魔法書しかありませんでしたから」

「え……」

「まじか」


 魔法書庫ライブラリの奴隷とは、魔法書庫ライブラリにある本の知識を効率よく魔法使いに渡すためにいる。なので、物語や魔法に関する本以外をカナタは全く読んだことがなかった。


「一寸法師様が鬼に飲み込まれた時は手に汗を握りました……! 恐らくは呪詛系統の魔法によって弱体化させられたであろう体の大きさをあのように活かすとは。あの打ち出の小槌という魔道具が呪詛を解除するものか願望器かの説明がなかったのが不満でしたが、その解明は読んだ研究者への挑戦と考えれば納得がいきます」

「ろ、ロックくん……あれは魔法とかじゃなくてね……?」

「三匹の子豚というお話も面白かったです。狼の風属性魔法によって吹き飛ばされる二つの家と最後まで耐えきる一つの家……これは防御魔法の重要性を非常にわかりやすく説いていますね」

「説いてねーんだよ」


 物語は確かに人生の教訓を残すものだが、ロックの解釈は元いた世界のせいかどこか横道に逸れてしまっている。

 魔法書庫ライブラリの元奴隷というあまりに珍しい経歴がそうさせるのかもしれない。

 だが、物語を読むこと自体は本当に気に入っているのかロックは楽しそうにしていた。上機嫌なのか、サンドイッチを口いっぱいに頬張って早く食事を終わらせようとしているようにも見える。


「ええと、ロックくん……物語は魔法書とは違うから、そういうのじゃないんだよ? ほ、ほら! 桃太郎にはそういうのないでしょ?」

「何を言っているんですかまりなさん。桃太郎様が桃から生まれるのは魔法による人工生殖技術と見て間違いありません。自分がいた世界では人道的な問題から百年以上前に禁止されていますが、こちらの世界では昔からあるようで……」

「違うの! あれはそういう道徳の授業が必要な話とかじゃないの!」

「桃太郎の序盤でこんな真顔でツッコまねえといけねえのか……」


 不思議な現象をフィクションと考えるか魔法の延長と考えるか。

魔法が根底にある異世界という文化圏に物語を説明するのは難しい。

放っておくとこちらの世界の常識に一向に近付かないので、まりなと幸次は必死に物語についてを説明した。


「なるほど、ここに書かれているのは……実際の人物とも実際の出来事でもないと……そう……ですか……」


 説明した結果、ロックはしゅんと目に見えて落胆している。

 一寸法師を語る際、手に汗を握った、と言っていた事から魔法という認識のずれはあれど本当に楽しんでいたのだろう。

 そんなロックの姿にまりなと幸次の心が痛む。


「こ、幸次さん……子供の夢を壊すようで何か罪悪感凄いんですけど……!」

「心を鬼にしろ! じゃねえと一生こっちの常識がロックに伝わらねえ!」


 まるで幼い子供にサンタはいないと言ってしまった失態の時のような。

 今のままではロックをいつまでも怪異の事件以外で外に出すことはできない。

 こちらの世界に来てしまったロックが穏便に暮らせるようにするためには、こうして一つ一つ魔法がないこちらの世界の常識や認識を叩き込んでいくしかないのだ。


「こちらの世界では魔法がないからこそ、現実と幻想の差が大きい……。それゆえに幻想に対しての憧憬が強くなり様々な物語が生まれたと考えれば……なるほど……自分の世界にはない現象や成功しなかったような技術が垣間見えるのは鍛えられた想像力ゆえと……」


 落胆しながら、ロックはぶつぶつと自分を納得させるような独り言を呟いている。

 ロック自身もこちらの世界を理解しようと自分なりに考えているようだ。

 考えている途中で、思い出したようにロックは部屋の隅に積まれた本を持ってきてまりなに差し出す。


「まりなさん、いつも本を持ってきていただきありがとうございます。こちら返却日が近い本です。忘れないうちにお渡しします」

「うん、次もいっぱい借りてくるからね……どんなのがいいかな?」

「自分にはどんな物語があるか想像するのが難しいのでお任せします。あ、あの、ですけど……いっぱい持ってきてくれると……」

「そっか、今まで読んだことないならどんなのがあるかも想像できないよね……」


 まりなは少し考えて、名案を思い付いたように明るい表情を浮かべた。


「そろそろロックくんも行ってみる? 図書館!」

「え!」

「は?」


 ロックは目をきらきらとさせ、幸次は何言ってんだこいつという呆れ顔。

 まりなの一言で、昼食後の予定はどうやら決まったようである。

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