【KAC20255】リベンジひなまつりを本場の地で!
宇部 松清
神秘の国、ハナフダ・前編
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「ルーベルト」
布団をめくり、むくりと身体を起こしてその名を呼ぶ。いついかなる時でも臨戦態勢である、我がクローバー家の忠実なる執事ルーベルトが「おはようございます、坊ちゃま」と現れた。
「一週間ほど休暇を取る」
「かしこまりました。それで、何を」
「東洋の島国に行く。エリザも連れて」
「新婚旅行と、そういうわけでございますね」
「そうなる……だろうか」
「すぐに手配致します」
一礼して部屋を出ようとする彼の背中に向かって、それから、と声を掛ける。
「一緒に行くメンバーだが……」
東洋の島国『ハナフダ』へは船で丸一日。
僕は視察やら何やらで何度か訪れたことはあるものの、エリザは初だ。
「ああ、あこがれの『ハナフダ』! ずっと来てみたかったの! 見て! 街並みもまるで違うわ!」
馬車の窓から外を見、瞳をキラキラさせているエリザはまるで天女のようである。天女というのは、こちらの文化圏でいうところの『天使』のようなポジションの女性であるらしい。我が最愛の妻は、夜は僕を惑わす妖精になり、昼は心を癒す天女となるのだ。朝から晩までドキドキさせられっぱなしである。
この地には『郷に入っては郷に従え』という言葉がある。それに倣って、僕らもこの国の民族衣装『キモノ』に身を包んでいる。エリザはスカートがタイトで歩きにくいけれど、刺繍が見事で美しいとはしゃいでいた。それに対して僕はというと、ハカマと呼ばれるスラックスが女性のスカートのようにヒラヒラして落ち着かない。けれど、エリザから「凛々しくて素敵よ」なんて言われれば悪い気もしないもので。
ハナフダは小さな島国ではあるが、さすがにスートよりも広い。僕らが滞在するのは『イノシカチョウ』という、ハナフダで最も栄えている城下町だ。そこを治める『殿』に挨拶をすると、何度か会ったことのある彼は、「これはこれは
「治安こそそう悪くはないのですが、他国からの観光客を狙う者がおらぬとは言い切れませぬからな」
そういうことらしい。
刀とはいえ、護身用の単なる細長い鉄のバーである。骨を砕くことは出来るだろうが、打つ場所を間違えなければ死ぬことはない。事故ならばまぁ仕方ないが、処罰するのはここの国の者であって、僕らではいけないのである。
「伯爵は天下無双の剣の達人と聞いております。何卒殺さぬ程度にお願い致しまする」
そう言うや、彼は深く頭を下げた。
さて、挨拶を済ませたあとは、目的の場所に向かう。今回の旅の目的は、ハナフダの観光だけではないのである。ここ数日、何度も夢に見た『あれ』だ。
ひなまつりである。
9回連続で見ているのは、『ひなまつり』の夢なのだ。3月3日、屋敷の者達の協力を仰いで『人間雛飾り』を作り上げたわけだが、恐らくは、それが冒涜だったのだろう。書物で見た人形――それもお内裏様が、何かを言いたげな顔でじっと僕を見つめているのだ。人形だから言葉を話すことが出来ないのだろう。そこは夢なのだし、多少は柔軟にしてほしいところだったが、そういうわけにもいかないらしい。
何を伝えたいのかはわからないが、思い当たる節といえば、供えるべき道具に不備があったことと、一晩で片づけようとしたところだろうか。やはり代用品はまずかったのかもしれないし、未遂だったとはいえ、一夜飾りは縁起が悪いらしい。代表でお内裏様が来たのだろう。
詫びねばならない。
この地には雛飾りを何百年も祀っている人形神社なる場所があるらしく、そこで今度は正式な恰好と道具を用意して、もう一度ひなまつりをし、謝罪の意を伝えたいと事情を話したところ、そこの主は「そういうことでしたら」と快く応じてくれたのである。
ただ、さすがにあの大きさの雛壇を立てるスペースはないとのことで、妥協案として、雛人形達と同じ格好をし、そこでダンスパーティーをすることになった。本当にそんなことで大丈夫なのだろうかと思ったが、その主――神主というらしい――がそれで良いと言うのである。
「ただ、くれぐれもお気をつけください。相手はもう何百年もこの地を守っている『お雛様』にございます。決して無礼のないよう」
かくして、我々は、あの時の『人間雛飾り』のメンバーでこの人形神社へとやって来たわけだ。僕とエリザはそれぞれお内裏様とお雛様の恰好をし、メイド長のケイシー、侍女のリエッタ、エリザ騎士団副団長のベロニカの三人官女に、左大臣の執事長ルーベルト、右大臣のエリザ騎士団団長マーガレット、庭師のケビン、従僕のバルト、料理長のジェフの仕丁をそれぞれ配置につかせた。
問題は五人囃子と呼ばれる楽団だ。さすがにハナフダの楽器の演奏は初めてで、まだ笛と太鼓は何とかなったのだが、
もちろん、ご本人達である。
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