第17話 情霊(じょうれい) その2

【宮城麦子】


霊は、話し続けたさ。 


「私が、会社をこのまま経営するのはムリだと分かっていたから、健一さんに相談したの。」

 

「そう。」

 

「健一さんは、言ってくれたの。『美那子、結婚しよう。』って。」

「『ただ自分には、町工場の会社を経営するのは、ムリだから、まずはこの会社を畳んで、新しい会社をいっしょに作ろう。貿易会社を作ろう』と言われたの。」

 

美那子さんは、ここから更に悔しそうな声になった。

「私は、会社を父の知り合いに売却して、更に父と母の保険金を会社の資本金にして、新しい会社を健一さんと作ることにしたの」

「そして、会社を設立するために健一さんにすべてのお金を渡した。」


「ところが、あの男は翌日から私の家には、来なかった。」


「今までは、毎日来て私と食事をして朝までいたのに。まったく、音沙汰がないの。」

「電話をかけても取らないから、痺れを切らしてあの男のアパートに行ったわ。」

 

「でも、あの男はアパートにはいなかった。」

「そのアパートからすでに引っ越ししていたの。」

「あの男は、お金を受け取ったらすぐに逃げることができるように、前もって引っ越ししていたの。」

 

美那子さんは、泣き崩れていたさ。


「私に残ったのはこの家だけだった。私は、会社勤めを始めたの。」

「お父さんの知り合いの会社に勤めたけど、男に騙されて、会社を売却したお金や保険金を騙し取られた馬鹿な女と見られた。」


「辛かったね。」

 

勤めていた会社で、他の女性社員が、「大田さんって、男に騙されて親のお金を全部取られたみたい」と、給湯室で噂をされているのを聞いて、入り口でうつむいて泣いている美那子さんの姿が、私には見えてきたさ。

 

美那子さんは続けた。

「あの男が消えて2年たった頃、私は鬱病うつびょうになって会社にも出社できなくなっていた。」

「このままでは会社に迷惑が掛かるので、辞めることを決めて、辞表を提出するために久しぶりに外にでたわ。」

「ものすごく寒い日だった。」

 

「近くの商店街を歩いていると、あの男の友人だった沖縄出身の男性、嘉数かかずさんが歩いていたの。」

「私は、思わず声を掛けたの。」

嘉数かかずさんは、私の今の様子を見て驚いた感じだった。」


嘉数かかずさん、お久しぶりです。』

『あ、大田さん、お久しぶりですね。』


「そして、挨拶をしながらも何か伝えなくてはいけないことがあるような感じがしていたわ。」


『…大田さん、知っているかもしれませんが、健一は、沖縄に帰りましたよ。』

『沖縄に住んでいるんですか?』


「それを聞いて、私は、驚きながらも少し安堵した。」


「ここから、彼は続けた。『結婚をして、子供がいますよ。』と」


私の表情に驚いたのでしょう。


嘉数かかずさんは、続けて言ったわ。」


嘉数かかずさんは、『あいつのことは、きれいさっぱり忘れたほうがいいですよ。お元気で。』と言い残して、何か用事でも思い出したかのように、少し駆け足で離れて行った。」


「私は、やっぱり騙されていた。」

「分かってはいたけど、結婚をして、子供もいるという彼の現状を聞いて、どうしたらいいのか分からなくなった。」

「気が付くと、雪が降っていて、更に寒さが増していった。」


「家に帰ると、一人しかいない家がとても寒く感じた。」

「冷えた体を温めるために、お茶を飲もうと思い、やかんに水を入れてコンロの火をつけた。」

「あまりにも寒いので、自分の部屋のガスストーブを付けに、二階に上がった。」

「部屋に入って、ストーブを付けて机の前に座った。」


「父と母が残してくれたお金もない。精神的にも肉体的にも疲れていたわ。それなのに、私を騙してお金を奪ったあの男は、沖縄で家庭を作って幸せに生きている。」

「あの男が憎くて、辛くてたまらなくなって、涙も止めどなく流れてきて、体からすべての力が抜けきったように、疲れてはてて眠ってしまったの。」


「気が付くと、家が火事になっていた。私は、やかんをコンロに置いたままだった。」

「きっと、それから火が燃え広がったのだと思う。」

「もう、すでに階段まで、火の手が回っていた。」


「もしかすると、二階の窓から飛び降りれば、生き延びていたかもしれない。」

「ただ、私は、もう生きることに疲れていた。ただただ、あの男が憎いだけだった。」


「私は、火事で死ぬことを決めた。」


私はさ、もう一緒に泣くことしかできなかったさ。

美那子さんの無念と恨みが、私の魂までしみ込んできたさ。


「話を聞いて、一緒に泣いてくれてありがとう。」


美那子さんは、自分に起きたことを、すべて伝えたのかね。無口になったね。

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