浪漫派シュークリーム

はるの

1章

1 

「ねぇ、アスカ? 其日って知ってる?」


 7月の上旬、放課後の一時、私が勉強してる隣で不意に聞いてくる。


彼女が言う其日とは、あの日までに……とかいう期限ではなくって。所謂、都市伝説の類だった。


年末と年始の間に存在する7日間。終わる年に残る人の魂や妖を、神様がお掃除する為の期間なんだそうで、生きた人や獣は相容れない。秘密の休日。 


そんな言葉で、私を誘っている。


「ねぇ、アスカ。夏休みに行ってみようよ」


「えぇ? どうやって?」


「実は、とあるスジから聞いたんだけどさ……お盆の時に、人が混ざって入り込めるかもしんないんだって……」


「……え、それ死ぬって事じゃ……」


「いや、帰ってきた人もいるみたいだし、大丈夫よ」


そうして、夏休みにヒロの家に集合と、半ば強引に約束を取り付けられてしまった。


彼女は、私の財布から、何故だか勝手に千円札3枚を取り出し、風を扇ぎニヤけてあた。まるで不敵な笑みで。余裕の底が知れない。


まぁ、いざとなればドタキャンすればいいだけのこと。


にしても、何処から聞いたのか、そんな事。


彼女は……。


ヒロは、なんかこう。


昔から社交的で、親友の多そうな子だった。


だからこんな噂話に興味があるなんて、意外だ。


「でも、もし本当に入り込んじゃったら、どうやって帰るの?」


そう聞くと彼女は、「大丈夫、大丈夫。お守りでも持って行こ」なんて言って、楽観的だ。


「本当? 大丈夫?」


「大丈夫だって、大丈夫──」


ぽん……。


その時、ヒロの肩に、手が置かれた。


担任の伊都先生だ。


ヒロは固まり、先生の「ヒロさん?」と言う問いかけに、半ば何かを察して、口が開く。


「あぁ……先生?……実はね」


「なんです?」


そう言うと詰まって、先生と彼女で食い違いがあれば、きっと余計な面倒が増えてしまう。


彼女は意を決したのか、目を向け直し、口角を若干上げて、口を開いた。


「アスカが! 私のノートを勝手に持ち出して無くしたんです!」 


「は?……え。ちがう」


急に大きな声を出して、何を言い出すのかと思ったら……。


「え、え?」


動揺する先生を無視して話を続ける。


「まぁけど私は?……それでも大丈夫だって言ってるんですけど、どうしてもって言うから? これを……ね?」


その手に持っていたのは、3枚の千円札で。


「なぜ──」


そう私が言いかけて、振り向いたヒロは、猫みたいな上目で、と言っても私の机に座っていて、たとえ見おろされる形でも、そうお願いされたなら、今から「それはウソ」と事の詳細を全て説明するのは気が引けるし、頷いてしまった。


「まぁ。そんな感じです……」


不服だ。


「えぇ? ほんと? 気をつけてね? まぁ、用件は別なのだけれど……」


伊藤先生はどうやら、ヒロの親が学校まで迎えに来た事を伝えに来ただけのようだ。


ぽんと肩に手を添えた事も、大した意味も無いようで、同じ事を、言い始める。


「許したのならいいんだけど、本当に気をつけてよね?」


「はい……気をつけます」


「先生も、もしノートを見つけられたら、届けに行くからね」


「え、あぁでも、もう無くしてから一ヶ月だし……さすがに見つかんないじゃ」


そんなヒロに、先生は続けて言う。


「だとしても、もし見つけたのなら、そのお金はちゃんと返すんだよ?」


「……もちろん、わかってます!」


こういう問題は面倒くさいモノだからね。


後からどうこう無いようにしたいんだろう。


「それじゃ、親御さんが待ってるよ」


そう言ってヒロを連れ出そうとしして、占めたとばかりに、「それじゃまた明日」と彼女はあっという間に荷物をまとめ、「アスカさんもさようなら。お気を付けて帰ってね」と先生も続けて言うから……。


「はい……さようなら」と、そう言うしかなく、2人を見送った。

 

私は、さっきからずっと手を付けていない開いたノートと教科書を前に、ほんの少しだけ、憂鬱な気分になった。


帰ろう。片付けよう。


三面鏡を折りたたむように、教科書にノートをさし込んだら、教科書を閉じてからノートを閉じる。


ペンも消しゴムもさっとボーチ型の筆箱に入れて、椅子に置いたカバンに全て投げ込んだ。


ちょうど机に何もなくなる頃、スマホが鳴る。


ヒロからだった。


「今度奢るから……顔文字」


顔文字は、字そのもので送って来た。


次は……母からもメールだ。帰りが遅くなるそうだ。


財布にはまだ2千円ある。夕ご飯は何にしようか。

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