その9
放課後になった。
“野球部を見に行こう”と怨霊に言われた鵬市はグランドへ向かった。
久沿長島高校のとなりには久沿長島小学校と久沿長島中学校があり、それぞれが独立した広いグランドを持っているのは土地が余っている田舎ならではである。
高校グランドを使用している部活動は野球部と女子陸上部のふたつだけだが、当然のようにグランドのほとんどを野球部が占有し、女子陸上部は日当たりの悪い一角に追いやられていた。
その野球部で準備運動を終えた部員たちの前にひとりの三年生が訪れ、緊張が走る。
その三年生とは前主将の獄怒宮恐助。
恐助の怒声が静まり返ったグランドに響く。
「久沿長島高野球部伝統の最強守備育成ノック始めんぞ、こらああああっ」
その一声で部員たちが縦一列に整列するが、鵬市はその位置に違和感を覚える。先頭の部員が中腰で構えているのは投手の位置よりさらに前で、バラエティ番組とかで見たノックシーンよりずっとホームベースに近い。
「まさかなあ」
そんなことを思う鵬市のまさかが的中する。
「お願いしますっ」
先頭の部員が強張った表情で右手を挙げる。そこへ恐助がライナー性の打球を放つ。容赦のない打球を至近距離で受けた部員は胸を強打し倒れこむ。
「おら、次いっ。もたもたすんなあっ」
倒れた部員が這いながら列の最後尾へ回り、次の部員が「お願いしますっ」。そして、打球を顔面で受けて鼻血を散らす。
その様子に恐助が笑い転げる。
延々とそんな拷問とも虐めともつかないことを繰り返し、全員の順番が終わったところで恐助がバットを振り回す。
「よおし、エラーの連帯責任だ、並べ並べ、げらげら」
そして、全員を整列させるとその尻に握ったバットをフルスイング。
悶絶する部員たちに笑い続ける恐助の様子はまさしく狂気以外の何者でもない。
*なるほどな。あいつはやっつけないとな*
ひとりごちる怨霊を見上げた鵬市に続ける。
*あいつ――獄怒宮恐助は野球部による支配の象徴だ。あいつ自身は半年後には卒業していなくなるだろうが、だからこそ学校にいるうちに倒さねばならない。逃がしてしまったら次世代の野球部が支配者の座に収まるだけだ。あいつを倒すことで後世に引き継がれる悪習を断つことができる。ただ――*
「ただ?」
*今はちょっと無理だな。あいつはバカの壁が厚すぎる。朝も言ったように普通は自我の周囲をバカの壁が囲んでいるんだが、あいつの場合は……癒着ってわかるか?*
「ゆちゃく……?」
明らかにわかってない表情の鵬市に、怨霊はため息を挟んで続ける。
*バカの壁が厚すぎて中に入ってる自我と一体化してるんだよ。だから、自我を引っ張り出すことができない。バカの壁ごと自我を狙撃するしかない。そのためには今の言弾では威力が足りない*
「じゃあどうすれば」
*学校のどこかに我が身以外であいつらに対する不満や怨嗟が残ってれば、それを吸収することで我が身の能力――言弾の威力を強化できるんだがな*
グランドに目を戻した鵬市は校舎の外壁に設けられた大時計を見て、思い出したように怨霊に告げる。
「今日のところは、その、帰っていいかな」
*なにかあるのか?*
「うん。ちょっと行きたいところがあって」
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