その5

 そんなことを思い出しながら、アニメ誌を広げてよくわからない話で盛り上がっている雪恵と初馬を見ていると――

「ほーいちい」

 ――背後から声を掛けられた。

 声を掛けたのは最後列廊下側という最も授業を真面目に受けるつもりのない生徒の特等席に居場所を構える坊主頭、野球部の獄怒宮否夫である。

 野球部というだけでもクラスにおけるカースト上位なのだが、否夫は三年生の前主将兼現生徒会長の獄怒宮恐助の弟なので実質的にクラスのトップであり、その態度の大きさは二年生部員と同等ですらあった。

 ちなみに兄の恐助が“前主将兼現生徒会長”という一見ちぐはぐな肩書なのは、今が九月であり三年生は部活動から引退している一方で、生徒会は二期制なので九月末までが執行部の任期であるがゆえである。

 この否夫が歓迎会に野球を提案した当人なのは言うまでもない。

 否夫は雪恵が目を落としているアニメ誌を取り上げると――

「高校生にもなってこんなの見てんじゃねえよ。ガキかよ」

 ――と放り投げた。

 ふたりだけで盛り上がっていた時とは別人のように無表情になった初馬が無言で拾いに行くが、否夫はそんな初馬に目もくれず、ポケットから取り出したものを鵬市の机に置く。

「兄貴から。壊れたから返すってよ」

 それは鵬市のスマホであり、初登校の前日に行われた転入説明会の席で同席していた恐助に取り上げられたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る