夜の果ては悠久の誘い ―蒐集鬼ミットフォード卿シリーズ #05―

月見 夕

秘匿された真実

 目を覚ますとそこは豪奢なベッドの上だった。

 滑らかなシルクのシーツに、星を縒り集めたような金銀の飾り糸が美しい羽毛布団を、蹴飛ばす勢いで飛び起きる。天蓋付きの重厚な寝台は、柔らかく私の覚醒を迎えてくれた。

 うん、よく寝た――じゃなくて。

「ここは……」

 身に纏ういつものパンツスーツに、気を失う前の記憶が蘇る。そうだ、私はミットフォード卿の元から逃げてきて、私を探す行方不明のビラを見つけて、それで……

「あら、お目覚めね」

高塔たかとう先輩……」

 天蓋のレースの隙間から顔を覗かせたのは、黒スーツを纏った蒐集部屋の先輩スタッフだった。流れる黒髪をひっつめた彼女は、面倒見の良い姉のような存在だ。三十歳前後のはずだが、年齢以上に落ち着いた振る舞いはミステリアスな雰囲気を醸している。

「道端で倒れた貴方を回収してこいと命じられたのよ」

「ミットフォード卿ですか」

「そう。馬鹿ね、私たちに逃げるところなんてあるわけないじゃない」

 高塔先輩はベッドの端に座り、やれやれと首を横に振った。そんな気がしていたが、ここはミットフォード卿の屋敷に数ある別室らしい。張り紙を見て気を失った私を連れ戻したということか。

 布団の端を握り、私は胸に引っかかった疑問を率直にぶつける。

「“私たちに逃げるところなんてない“……ということは……もしかして先輩も、既にお亡くなりに?」

「そうよ。ていうか貴方くらいよ、気付いてなかったの。ここで雇われてるスタッフは全員死んでる。ミットフォード卿もどういうつもりかしら、、って全スタッフに命じてたの。いつか自ずと明らかになるまでは、ってね」

 高塔先輩は胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。広げて見せたそれは、プリントアウトした新聞記事の社会面のようだった。

清滝きよたき奈美なみ、という名前に聞き覚えはある?」

「清滝……」

 隅の方に太字で書かれた『被害者の行方は? 女性から事情聴取』の小見出しを目で追う。と同時に忘れていた過去の映像が断片的に溢れ出す。

「……私の彼氏の、浮気相手ですね」

「思い出したのね。そうよ、貴方を殺した女」

 手元の新聞記事に目を落とすと、そこには事件の顛末が記されていた。

 二〇二〇年三月二十日、夕方。交際相手の知人女性、汐入みおりさん(二十二)を刺したとして、出頭した女性(二十四)から事情聴取。女性は「包丁で滅多刺しにした」と供述しており現場には汐入さんのものと見られる大量の血痕が残されていたが、当の被害者は行方が分からなくなっている――とあった。

「新聞じゃこの女性と貴方の彼氏が付き合っていて貴方が知人、のような書かれ方をしているけれど、本当はこの女こそ間女だったんでしょ?」

「そう……ですね。結婚間近だった彼氏が職場の先輩と浮気していることが発覚して……逆上して刃物を持って現れた浮気相手である清滝に、私は――」

 道端で出刃包丁を持って追い回された恐怖が鮮烈に蘇る。背を折り顔色を悪くする私に、高塔先輩は淡々と続きを語った。

「大量の血痕と凶器だけが現場に残り被害者は行方不明、自供した清滝は連行されたみたいだけど、錯乱してると思われて取り合って貰えなかったみたいね。その後どこかで飛び降りて死んだそうよ。知らないけど」

 清滝は死んだ……のか。それでも諸手を挙げて喜ぶことはできず、何とも後味の悪さしか残らなかった。本来ならば死んだ人間は二度と生き返らないからだ。清滝も、私も。

「……彼氏と別れたのは最近のことだと思ってたんですが」

「それも平和な幻覚を見せられていたのよ。現実の貴方は彼氏の浮気相手に刺されて死んだ。正確には身体から魂が離れる前に、通りかかったミットフォード卿に拾われて永久の命を与えられた」

「それは……何のために」

「さあ? 本人に聞いてみたら良いんじゃない?」

 あっけらかんと言い放つ彼女に、それが一番難しいのでは、と眉を顰めてしまう。

 ミットフォード卿の意図は考えれば考えるほどに分からない。そもそも人間の上位存在である彼の思考など読めた試しはない。ただの気紛れのような気もする。

 伝えるべきことは伝えたとでも言うように、高塔先輩は記事を放ってさっさと立ち上がった。

「消されるならとうに消されてるし、そもそも最初から拾ったりしないでしょ。大丈夫、わざわざ傷つかないように幻覚を見せるくらい、多分ミットフォード卿なりに大事にされてるのよ、貴方も」

 そう、なのだろうか。人間にそこまでの興味を持って接しているとは思わないけれど。

 こうして倒れたところを連れ戻されベッドに寝かされているのも、彼の温情によるものなのだろうか。分からない。私にはそうされるだけの価値があるとは思えない。私はただの少し視えるだけの人間で、蒐集部屋スタッフのひとりでしかないのに。分からない。分からない……。

 今はただ、納得するための時間がほしい。

「……先輩はどうして死んだんですか」

 踵を返して出て行こうとする高塔先輩に、ふとそんなことを聞いた。

 同じ死人であるという彼女は少し考え込むように宙に視線を彷徨わせ、在りし日を懐かしむように目を細める。

「いわゆるブラック企業で毎日深夜まで擦り切れるまで使い倒されてね。特急が迫る踏切に飛び込んだ次の瞬間にここにいたわ……もう四十年近くなるかしら。もっとも、定年のないここもある意味ブラック企業みたいなもんだけどね」

 先輩はきっと時が止まったその瞬間と変わらない笑みを向けた。

 蒐集部屋の他のスタッフが脳裏に浮かんだ。もしかすると彼らも、意図するにせよしないにせよ、何らかの理由でその生涯を途中で終えてしまった人間たちなのかもしれない。

 部屋を後にしようと扉に手を掛けて、ふと先輩は思い出したように振り向いた。

「さて。私はもう行くけど、貴方はここにいなさい。今、応接間は危ないから」

「危ない……?」

 何やら物騒な台詞に、思わず聞き返してしまう。

 首を傾げた私に、彼女は「ああそうか」と何か納得したように頷いた。

「貴方は初めてよね。数十年に一度の異種交流会で皆忙しいのよ。……下手に巻き込まれたら多分、もう一度死ぬわよ」

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