『23時の訪問者 ー意味がわかると戻れない13の物語ー』(意味が分かると怖い話 後編)

ソコニ

第1話『監視カメラの中の自分』

藤田誠は霧雨マンション702号室のベッドで目を覚ました。時計は夕方の18時を指している。昨夜の夜勤明けで朝9時から寝ていたので、ちょうど9時間の睡眠だ。


「よく寝た…」


33歳の誠は警備会社のシステムエンジニアとして働いている。先月から霧雨マンションに引っ越してきたばかりだ。一人暮らしに慣れない不安から、部屋の隅々に自作の監視カメラを設置していた。


スマホを確認すると、昨日無視した不在着信が5件。すべて同じ番号からだった。折り返そうかと思ったが、番号を見ても心当たりがない。迷惑電話かもしれないと思い、放置することにした。


「まずはシャワーを浴びよう」


誠がバスルームに向かう途中、監視カメラのモニターに目をやった。3台のカメラが部屋の様々な角度から映像を記録している。防犯目的だが、一人暮らしの寂しさを紛らわす意味もあった。


シャワーを浴びた後、誠は冷蔵庫から弁当を取り出し、レンジで温めた。昨夜の夜勤は特に忙しかった。警備システムの定期メンテナンスで、市内のいくつかの建物のカメラやセンサーを点検していたのだ。


食事を終え、監視カメラの映像をチェックするためにパソコンを立ち上げた。朝9時から18時までの記録を確認する。基本的には無人の部屋の様子が映っているだけのはずだ。


しかし、映像を見て誠は凍りついた。


11時頃の映像に、人影が映っていたのだ。


「誰だ…?」


誠は映像を巻き戻し、スロー再生した。リビングを映すカメラの映像には、確かに人物らしき影が部屋を横切る様子が記録されていた。誠は息を飲んだ。自分は確かにこの時間、熟睡していたはずだ。


「マンション管理の人が入ったのか?」


しかし、管理人が部屋に入る場合は事前連絡があるはず。ドアにはダブルロックもかけていた。無断侵入だとしても、ドアを壊した形跡はない。


映像をさらに進めると、その人影は何度か部屋の中を行き来している。ただし、その姿がはっきりとは映らない。まるで意図的にカメラに顔を向けないかのように。


「これは…」


不安が増し、誠はほかのカメラの映像も確認した。浴室を映すカメラには何も映っていなかったが、ベッドルームのカメラには衝撃的な映像が記録されていた。


誠自身が、ベッドで眠っているところだ。


「当然だよな、俺は寝てたんだから…」


しかし、次の瞬間、誠は言葉を失った。映像の中で、誠の寝ている姿の横に、もう一人の「誠」が立っていたのだ。


「な…何だこれ…?」


同じ顔、同じ体格。まるで双子のようだが、誠に双子の兄弟はいない。映像の中のもう一人の「誠」は、ベッドで眠る本物の誠をじっと見下ろしていた。


恐怖で体が震える。考えられる可能性は、映像の改ざんか、または…。誠は思考を止めた。そんなことがあるはずがない。科学的に説明できないことなど。


冷静を取り戻そうと、誠は深呼吸した。監視カメラのシステムを確認しよう。プログラムの不具合かもしれない。


誠はカメラの設定を確認した。すべて正常だった。映像の改ざんの形跡もない。次に、カメラ自体を取り外して調べてみた。しかし、異常は見つからなかった。


「どういうことだ…」


誠は部屋の中を調べ始めた。何か侵入の形跡がないか。しかし、ドアも窓も施錠されたままだった。


夜の20時を過ぎ、誠はどうすべきか思案していた。警察に連絡するべきか?しかし、「監視カメラに自分のそっくりさんが映っていた」と言っても、取り合ってもらえるだろうか。


その時、スマホが鳴った。見ると、また同じ知らない番号からだった。勇気を出して、誠は電話に出た。


「もしもし」


電話の向こうからは、静電気のようなノイズだけが聞こえる。しかし、よく聞くと、かすかに声のようなものが。


「…気をつけて…」


「どなたですか?」


「…あなたは見られている…」


「誰ですか?何の冗談ですか?」


「…監視カメラの向こう側…」


通話は突然切れた。誠は震える手でスマホを置いた。何かの悪質ないたずらだろうか。それとも監視カメラの映像と関係があるのか。


再びカメラの映像を確認しようと思った瞬間、部屋の電気が消えた。


「停電…?」


しかし、窓の外を見ると、マンションの他の部屋や街の明かりは普通に点いている。誠の部屋だけが停電したようだ。


懐中電灯を手に取り、ブレーカーを確認しに行こうとした時、誠はリビングの隅に人影を見つけた。


「誰だ!」


懐中電灯を向けると、そこには誰もいなかった。誠の神経が高ぶっているだけかもしれない。ブレーカーを確認すると、確かに落ちていた。戻すと、電気が復旧した。


「なんなんだよ、もう…」


疲れと恐怖で頭がくらくらする。誠は警備会社の同僚に電話してみようと思った。監視カメラの専門家なら、映像の異常について何か分かるかもしれない。


同僚の山下に事情を説明すると、彼は半信半疑だったが、映像を見せてほしいと言った。誠はカメラの記録をオンラインストレージにアップロードし、共有した。


「藤田、これ本当に改ざんしてないよな?」


「当たり前だろ。俺が自分の映像を改ざんして何になるんだよ」


「いや、確かに改ざんの形跡はないんだが…これは普通じゃないぞ」


「じゃあ何なんだよ」


「わからないが…」山下は言葉を選ぶように間を置いた。「霧雨マンションって、前から変な噂があるよな」


「変な噂?」


「うちの会社が入れた監視カメラでも、時々説明できない映像が記録されるって聞いたことがある。特に23時前後にね」


誠は時計を見た。22時30分。もうすぐ23時だ。


「今日は早めに寝た方がいいかもな」山下は忠告した。「それと、カメラの電源を切っておけよ。何か見ちゃったら怖いだろ?」


電話を切った後、誠はカメラの電源を切るか迷った。確かに、もう一人の自分を見るのは恐ろしい。しかし、もし本当に誰かが侵入しているなら、証拠を記録しておくべきだ。


結局、カメラはつけたままにすることにした。しかし、モニターは消して、映像はただ記録するだけの状態にした。それでも安心できず、椅子を持ってきてドアにもたれかけた。もし誰かが入ろうとしたら、すぐに分かるように。


時間が経つにつれ、疲労が誠を襲った。まぶたが重くなり、何度も意識が遠のく。しかし、恐怖でそのたびに目を覚ました。


時計は22時55分を指していた。あと5分で23時だ。何か起こるのだろうか。


誠はスマホを手に取り、カメラの映像をリアルタイムで確認できるアプリを開いた。リビング、バスルーム、ベッドルームの3つの画面が表示される。


どの部屋にも異常はなかった。自分が今いるリビングには、ドアにもたれた自分の姿が映っている。


「何も起きないかもな…」


そう思った瞬間、誠は画面に異変を感じた。リビングのカメラには確かに自分の姿が映っている。しかし、よく見ると、映像の中の自分は、スマホを見ていない。まっすぐ前を見ているのだ。


「どういうことだ…?」


誠は混乱した。自分はスマホを見ているのに、映像の中の自分はそうではない。誠は手を振ってみた。映像の中の自分は動かない。


「これは…」


時計が23時を指した。その瞬間、スマホの画面が真っ暗になった。再起動しようとしたが反応しない。そして、部屋の電気も再び消えた。


懐中電灯を手に取り、周囲を照らす。部屋は静まり返っていた。しかし、誠はどこか視線を感じた。誰かに見られているような感覚。


懐中電灯をカメラに向けると、レンズが赤く光っていた。電源が切れているはずなのに。


「何だよこれは…」


恐る恐るカメラに近づくと、レンズからかすかに赤い光が漏れている。それはまるで血のように赤い。誠が手を伸ばしてカメラに触れようとした瞬間、何かが誠の手首を掴んだ。


「うわっ!」


振り返ると、そこには誰もいなかった。しかし、確かに誰かの手に掴まれたような感覚があった。そして、カメラが動いた。まるで誰かが操作しているかのように、レンズが誠の方を向いた。


恐怖で足がすくむ。誠は直感的に部屋から逃げ出そうとした。しかし、ドアが開かない。鍵は内側からかけているはずなのに、ドアノブは動かない。


「助けてくれ!誰か!」


誠が叫んだその時、懐中電灯が消えた。完全な暗闇の中、誠は何かの気配を感じた。背後に誰かがいるような…。


恐る恐る振り返ると、暗闇の中にぼんやりと人影が見えた。それはゆっくりと誠に近づいてくる。


「誰だ…?」


答えはない。しかし、影はどんどん近づいてくる。やがて、懐中電灯が再び点いた。その光に照らされたのは、誠自身の顔だった。しかし、それは鏡に映った姿ではない。もう一人の「誠」が立っていたのだ。


「お前は…」


もう一人の誠は微笑んだ。しかし、その表情には何か不気味なものがあった。


「ついに会えたね」もう一人の誠が口を開いた。声も全く同じだ。


「お前は何者だ?」


「分からない?私はあなたよ」


「そんなはずがない!」


「信じられないのも無理はないね」もう一人の誠は静かに言った。「私はあなたの"もう一つの姿"。監視カメラの向こう側に存在する存在さ」


「監視カメラの向こう側?何を言ってるんだ?」


「このマンションには秘密があるんだ。23時になると、現実と映像の境界が曖昧になる。そして、カメラに映った人間は、時に"向こう側"に引きずり込まれることがある」


誠は混乱した。そんな非科学的なことがあるわけがない。しかし、目の前の現実は否定できなかった。


「あなたが眠っている間、私はこちらの世界で動いていた」もう一人の誠は続けた。「監視カメラの映像に映っていたのは、私の姿だったんだよ」


「なぜ今現れたんだ?」


「時が来たからさ。23時、境界が最も薄くなる時間。そして…」もう一人の誠は腕時計を指さした。「10月23日。この日は特別なんだ」


誠は気づいていなかったが、確かに今日は10月23日だった。


「何が起こるんだ?」


「交代の時間さ」


その言葉と同時に、部屋の様子が変わり始めた。壁が透けて見え、家具が歪む。まるで現実が溶けていくようだった。


「お前が言いたいのは…俺とお前が入れ替わるということか?」


もう一人の誠は頷いた。「そう。あなたがカメラの向こう側へ、私がこちらの世界へ。これが霧雨マンションの掟なんだ」


「嫌だ!そんなことになるわけがない!」


誠は抵抗しようとしたが、体が動かなかった。まるで映像の中の人間のように、固定されてしまったかのようだ。


一方、もう一人の誠はどんどん実体化していくようだった。より鮮明に、より生き生きと。


「抵抗しても無駄だよ」もう一人の誠は言った。「これはもう何度も繰り返されてきたこと。このマンションの住人は皆、いつかは"向こう側"に行くんだ」


「助けてくれ…」誠の声はかすれていた。


「心配しないで。向こう側は思ったほど悪くないよ。あなたがこれまでカメラで見てきた世界の裏側。そこで、あなたは次の犠牲者を待つことになる」


誠の体がどんどん透明になっていく。まるで映像から消えていくかのように。そして、もう一人の誠はますます実体化していく。


「さようなら、そして、こんにちは」


それが誠が聞いた最後の言葉だった。


---


翌朝、藤田誠は普通に目覚め、仕事の準備を始めた。彼の行動は普段と変わらない。しかし、よく見ると、彼の動きには少し違和感があった。まるで誰かに見られていることを意識しているかのような慎重さ。


誠はカメラを一つ一つ確認した。すべて正常に作動している。彼は微笑み、部屋を出て行った。


部屋に残されたカメラのレンズからは、かすかに赤い光が漏れている。そして、モニターには、透明になった元の誠の姿が映っていた。彼はカメラの中から、無言で助けを求めているようだった。しかし、その声は誰にも届かない。


---


霧雨マンション近くの公園。高校生の水島純は友人たちと肝試しの相談をしていた。


「あそこの廃病院、本当に幽霊が出るって噂だぜ」


「怖くないって言うなら、今度の金曜日に行ってみようぜ」


純は冷や汗を流しながらも、強がっていた。こんな話に乗らなければよかったと後悔しつつ、彼は仲間たちと肝試しの計画を立てていた。


【第7話 終】


第1話はコチラから

『23時の訪問者 ー意味がわかると戻れない13の物語ー』(意味が分かると怖い話 前編)

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