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 竜の到来。


 それは人々にかつての恐怖を思い出させるものであった。竜王によって駆逐され、絶滅していたと思われていたが、竜が国を襲ってきたことでそれは大きな間違いであったと証明されてしまったのだ。昔のように日々恐怖を抱きながら生活をしなくてはならないのかと人々は困惑した。


 そんなとき。


【ナガスティナ王国】を襲っていた竜が突如した。


 人々はその光景を見て呆気にとられた。何が起こったのか理解できなかったのだ。それもそのはずだ。かつては対抗手段が存在した。が、今はそんなものはない。だから、人々は竜によって滅ぼされる運命にあるのだ。


 それが覆された。何者かの手によって。


 人々は情報を手に入れようと躍起になった。これが夢であったなんて結末を誰もが信じたくなかったから。


 情報は悪事千里を走るのごとき速さで国民全体に伝わっていき、オルフェルドが予想もし得ない状況になった。それはすなわち、国民がオルフェルドを英雄かのように讃えたのである。かつての竜王のときと同じで。


 オルフェルドはこの状況におおいに戸惑った。もともと、オルフェルドは奴隷であり、公の場に立つことが許されない立場であった。たとえこの国に奴隷というものがなかったとしても今まで経験したこともない出来事にただただ不安だけがオルフェルドの心のなかにある。国民はそんな事を知らず、オルフェルドを讃える。オルフェルドは萎縮する限りであった。



 ◇


「ええっ!?う、宴!」


 オルフェルドは驚きのあまり素っ頓狂な声を出した。オルフェルドの周囲にいる兵士たちはそんなオルフェルドの様子に苦笑いをしている。


 今、オルフェルドたちは【ダナスティーナ王国】王宮にいた。王宮はきらびやかな建物で高さは46メートルなのだそうだ。構造もオルフェルドが今まで住んでいた【ナガスティナ王国】とは比にならないほどきれいな作りでオルフェルドは思わず周りを気にせず感嘆の声を上げてしまった。


【ダナスティーナ王国】はかつてこの国を治めていた竜王により結界が張られているらしく他国との戦争に巻き込まれることや宣戦布告されることも800年もの間、一度もなかったそうだ。【ナガスティナ王国】とは違って兵士たちは真面目に訓練に勤しみ、いつ他国から戦争を持ちかけられても対応できるようにしているらしい。ほんとうにこの国はすごい。


 王宮までの道のりには多くの家屋があった。店も多くあり、活気がある。誰もが笑顔で買い物をしている姿が見られた。その笑顔は【ナガスティナ王国】で見たものとは違うものだった。階級によって統治とうちされていたときとは全く異なる平和にあふれたものであった。家族連れの人も結構数いる。オルフェルドはそれらを羨ましげに眺めていたのは別の話だ。


 大きな塀が王宮入口にあり、その入口には兵士が二人立っている。二人の雰囲気から相当強い人たちであることがよく分かる。サングラスをかけ、強面こわもて感がある。黒いスーツを着こなし、どれだけ時間が経とうとも姿勢が一切変わらない。まさに王宮の入り口を守備することに秀でた者たちである。

 オルフェルドは二人を見てダナスコスと中川に自分は牢屋にでも入れられるのですか!と騒いだことも別の話だ。そのときはオルフェルドは周囲にいた兵士によって押さえられていた。


 オルフェルドは王宮内に入ってから緊張感に苛まれていた。自分が奴隷で生きてきた国が竜により滅ぼされて。だが、何故か自分に異能力的なものが急に使えるようになって。【ダナスティーナ王国】国民から妙にヒーローのように讃えられた。状況の急変にオルフェルドは驚く限りだ。


 そんなときにオルフェルドの竜退治に対して宴をしようと声が上がったのだ。


 宴。【ナガスティナ王国】では貴族がよくやっていたことである。金が溢れるほどにあるため、宴を開くことでその金を発散する。

 宴のレベルによって貴族内でも序列のようなものがあった。出来得る限りを尽くして豪華な料理を用意し他の貴族たちにアピールをする。これによって稼ぎを増やしていき金を得る。その繰り返しだ。つまり、宴というのは貴族内交流の場であったわけだ。オルフェルドにとっては全くの無縁な話であったが。


 そう思っていた矢先の宴の話。正直、なにかの冗談かと思った。しかし、兵士たちはそんなオルフェルドの様子に苦笑いだ。中にはこらえることができず吹き出している人もいた。その人はダナスコスによって叱られていた。


 王宮に入ってすぐにメイドさんたちに連れて行かれ、オルフェルドは正装を着せられた。上質な素材で作られたそれはオルフェルドが着ていたものがまるでボロ雑巾であると言わんばかりのものであった。オルフェルドはおおっ!と変な雄叫びを上げ、メイドさんらに怪訝な目を向けられたのは言うまでもない。端にいたメイドさんはオルフェルドをミミズを見るかのような目で見ていた。オルフェルドはそれを見て自分は完全に嫌われたよなぁと思った。それと同時にメイドさんは怖い存在だとも思った。

 正装に着替えているときにオルフェルドは手こずっていた。それを見かねたメイドさんは手伝ってくれたのだが、


『オルフェルド様、手を離してください。時間は迫っていますので』


 オルフェルドを威圧するかのようにそう言ってきた。その声はひどく低い声でオルフェルドはヒィ!と叫びかけたのは言うまでもない。その後も色々とほんとに色々とあった。それによってメイドさんは怖いと思うようになった。


 オルフェルドはメイドさんらについて行き、宴が行われる会場へと赴いた。その場所はすでに多くの人が集まっており、オルフェルドは人の多さに呆気にとられた。【ナガスティナ王国】と比べて宴の規模があまりにものだ。


 オルフェルドは突っ立ったままでいられるわけもなくメイドさんらに引っ張られるような形で会場の中へと入っていった。


 ◇


 オルフェルドは涙を流していた。それはなぜか。ご飯が美味しいからである。オルフェルドは普段、粗末なものを与えられ、栄養も十分ではなかった。現にオルフェルドの腕は細く今にも折れてしまいそうだ。体も脂肪という脂肪がなくガリガリ。兵士たちはそんなオルフェルドの姿にゾッとしていた。オルフェルドは申し訳なくなり謝罪をしたが、ダナスコスから『そんなものはいらないからとにかく飯を食え』と言われた。

 今までの生活が急に終わったかと思えば、こんな上等なご飯が自分のために用意される。人生とは一体どう転ぶのか分からないものだ。転機を迎えてから状況が一気に改善されていく。オルフェルドの着ている洋服もそうだ。


 オルフェルドが涙を流しながら食べているさまを見て兵士たちは同情に似た目で見ていた。オルフェルドがこれまで置かれていた状況をすでに兵士たちは知っている。栄養も足りていないことはもちろん、虐待を受けていることもオルフェルドの体を見るだけで分かってしまう。ただただ、兵士たちはオルフェルドを奴隷として扱っていた貴族、そしてそんな国を作っていた【ナガスティナ王国】国王やその側近らに腹立たしさを感じていた。今はもうないが。


 すでに周知の事実なのだが、一応触れておく。【ナガスティナ王国】は竜の襲撃により滅びた。【ダナスティーナ王国】の兵士により何人かは保護することができたが、それでもたかが知れている。オルフェルドのように亡命してきた人もいたが、それはオルフェルドを含めて5人とかなり少ない。【ナガスティナ王国】は今日こんにち限りで地図から消滅したのだ。


 滅びたものの完全に建物が消失したかと言うとそんなことはなかった。竜により直接攻撃を受けた部分は消失しているもののそうではない部分も確かにある。そういった場所は瓦礫が散乱としており、今すぐに人が住むのには無理がある。【ダナスティーナ王国】の兵士は瓦礫に押しつぶされ、死んでしまっている遺体を探し出し、明日その人たちの葬儀をすることが決まっている。


 なぜ、【ナガスティナ王国】は竜に襲撃されたのか。


【ダナスティーナ王国】の評論家によって色々と考えられているが、その中でもかなりの有力とされている案があった。それはかつて竜王が言っていたセリフである。


『また竜は現れる。。僕はその時まで生き続ける。たとえ、今日ここから姿を消したとしても』


 国が機能しなくなり、貴族が仕事の放棄。そして奴隷制度の導入。【ナガスティナ王国】の汚点として挙げられるポイントである。【ダナスティーナ王国】兵士たちが苛立ちを抱いている理由である。


 評論家たちは竜王の言っていたことが原因で間違いないと言い、多くの国民に受け入れられているのが現状である。実際、どうであるかは置いといて。


 とにかく【ナガスティナ王国】は滅んだ。それだけのことだ。


 その国で住んでいた住民にとってはその事実はショックなことだ。オルフェルドにとってはそうではないが、他の人にとってはかけがえのない国であったことは間違いない。形だけの平和な国であっても笑顔があったことは事実なのだから。


 家族がいた。


 友達がいた。


 恋人がいた。


 多くのものが一瞬にして消え失せた。急激な話の展開に人々は呆気にとられるとともに不満が爆発した。なぜ、自分たちがこんな目に合わなくてはならないのか。ふざけるな、と。


 四人は【ダナスティーナ王国】へ反乱を起こそうとした。しかし、たった四人でできるわけもなく即座に兵士たちに抑えられていたが。


 オルフェルドには分からなかった。それもそのはずだ。家族はおろか、友人もいなかったのだから。だから、心残りなどあるはずもない。しかし、自分にもし竜をも倒す力をもっと早く手に入れられていたのなら変わったかもしれない未来があったことも確かだ。後悔後先立たず。その言葉通りのことである。


 オルフェルドは後悔はしていない。【ナガスティナ王国】は滅んだところで別段、問題も起こらないし。


 余談だが、【ナガスティナ王国】は他国と貿易や交流を一切していない。奴隷が多いことが特徴的なもので奴隷にやらせておけばそれでいいというクズのような、否、バカ極まりない方針を取っていた。

 他国はそんな【ナガスティナ王国】と貿易や交流をしたいと思うわけもなく、【ナガスティナ王国】は鎖国的な状態にあった。


【ナガスティナ王国】はとにかく怠けすぎたのだ。何をするにしても対応が遅いうえ、兵士が全く機能していないこと。災害救助も自分らでどうにかしろと言わんばかりの態度。


 全てにおいてダメなのだ。


 それに対して【ダナスティーナ王国】の対応は迅速であった。


【ダナスティーナ王国】では今回の【ナガスティナ王国】に竜の襲撃があったことを受け、大々的に竜の存在について発表した。国民からは非難の声や兵士に対する罵詈雑言ばりぞうごんが轟いたが、【ダナスティーナ王国】の国王である“ムルモンド=ダナスティーナ”によりそれは一蹴された。


「竜の存在は800年前に消えたとされていた。だが、それは間違いである!竜は存在する!だが、怯えることはない!なぜなら、今回の竜の襲撃を、竜をも倒すかの竜王が現れたからである!その名は“オルフェルド=トゥサン”である。

 オルフェルド=トゥサン。二代目竜王となる彼が平和を再びもたらしてくれるであろう」


【ダナスティーナ王国】の国王によりそう大々的に言われ、オルフェルドは驚くとともに何をしてくれてんだ!という気持ちが出てくる。しかし、国民が苦しむ様子や姿はもう見たくないという気持ちもなくはない。しかし、自分は奴隷の身だ。階級的に厳しいのではないかと思った。


 中川に聞いてみるとこの国、【ダナスティーナ王国】には奴隷というものが存在しないそうだ。確かにダナスコス=森川の言っていたことを踏まえると不思議ではない。奴隷がないのであれば、オルフェルドがたとえかつて奴隷であったとしてもそれは過去のものでしかなく、国民が知る由はない。国民が知らないのであれば糾弾されることもない。だから、竜を思う存分倒してもいいと大碁盤を押してくれたがオルフェルドにとっては勘弁してほしいことばかりだった。


 ◇


「オルフェルドさん、ディナーは楽しんでくれたかな?」


「はい!とても美味しかったです!こんなもの、食べるのは初めてですよ!はぁ、今日死んでも後悔はないくらいですよ」


「それはよかった。オルフェルドさんはこの国の救世主ですからね、それ相応のものをと思っていましたし」


「これ以上にないくらいですよ。ほんとにありがとうございます」


 オルフェルドはそう言って中川にお辞儀をした。中川はそんなオルフェルドを見て笑みを浮かべていた。


 ◇


【ダナスティーナ王国】では竜王の言っていた奴隷制度による竜の襲来についてを聞き、それを踏まえて奴隷を廃止したそうだ。それを聞いた国民からは非難の声が上がったが、竜が再び襲ってくるかもしれないと聞くと国民の9割が納得した。それでも残りの1割は納得が行っていない様子であったが。反乱はそれでも起きなかった。竜王が統治していただけはある。【ダナスティーナ王国】はやはり優秀な国である。


 オルフェルドはそんなことを聞くと改めて【ナガスティナ王国】は駄目だなという気がしてくる。奴隷制度だけでなく王族や貴族の仕事のサボり。兵士の機能しなさ。呆れてものが言えなくなる。やりたくないことはやらないという国王としてあるまじき行為も普通にやっていたし。国民たちはそんなことに対して何も思わないことが不思議でたまらない。

 それとは違い、【ダナスティーナ王国】は科学技術の発展や兵士の強化、その他諸々にも多く取り組み、国として機能している。他国とも連携しながらそれらは行われているそうだ。留学制度もあるらしい。


 王も国民から信頼を多くもらっていることが先程の発表によりはっきりとわかっている。


 オルフェルドにとって、オルフェルド=トゥサンにとってやっと普通の生活が送れるようになったのだ。これ以上の幸福はない。

 オルフェルドはこれまでの生活を振り返る。


 殴られ、蹴られ、挙げ句に追い出された。


 これからは違う。この【ダナスティーナ王国】での生活は。


 オルフェルドは期待を胸に歩みだした。


 ◇


 兵士たちからは尊敬の眼差しを受けるが、オルフェルドは、パーティーが終わると同時に国王に呼び出された。


 オルフェルドはそれを聞いた瞬間に冷や汗をかいた。国王に呼び出される。このことに嫌な感じがしないわけがあるまい。何か失礼に値することをしてしまったのだろうか。オルフェルドは奴隷であったために礼儀作法を知らない。出来得る限りを尽くして失礼にならないよう気を配ったつもりだったが、何かミスをしてしまったのだろうか。


 オルフェルドは中川とダナスコスに聞くと、そんなことはなかったと言ってくれた。国王が呼んでいる理由は此度の竜退治に関してだそうだ。


 それを聞いたオルフェルドは安堵の息を吐いた。


「それでは案内いたします、オルフェルド=トゥサン様」


 メイドさんはそう言ってオルフェルドに礼をする。オルフェルドはどう反応すれば良いのか分からず、オロオロとしながらも『ど、どうも』と返した。メイドさんはそんなオルフェルドの様子を冷たい目で見ていた。


 宴の会場から離れ、王宮のなかへと入った。王宮内は少し薄暗く薄気味悪さが少しある。オルフェルドはスタスタと歩いていくメイドさんについていく。


 実はこのメイドはある程度の格闘技を心得ている。ある程度というのは国王を守り抜けるくらいでそこらのチンピラは一発でKOにできるほどのもの。オルフェルドが不審な行為をした場合、即座にこのメイドがオルフェルドを気絶させ、牢屋へとぶち込もうと考えているなんてことをオルフェルドは知らない。また、自分を案内してくれているメイドさんが実はメイド内で最強であるなんてことをオルフェルドは知らない。知ったらオルフェルドはメイドさんをより一層怖がり、なんなら部屋に閉じこもるかもしれない。この国においてメイドさんという存在は武力面で恐怖を抱かせる存在なのだ。


 何度か曲がったりして遂にメイドさんはオルフェルドの方に振り返った。


「国王階下がお待ちです。どうぞ、お入りください」


「は、はい」


 オルフェルドは緊張したようにそう返した。オルフェルドはこれから【ダナスティーナ王国】国王と対面することになる。顔合わせ自体はもうすでに終えているもののこうして公式な形で会うのは初めてのことである。初めてでなかったとしても一つの国の王と会うのはやはり緊張するものである。オルフェルドの状態は至極当然のものと言えた。


 オルフェルドはドアに手をかけゆっくりと開けた。そこには長テーブルがあり、入口近くにはメイドさんが3人立っていた。そしてオルフェルドの正面に【ダナスティーナ王国】国王ムルモンド=ダナスティーナがいた。そのすぐ近くに中川とダナスコスも座っている。


「座ってくれたまえ、オルフェルド殿」


「は、はい」


 オルフェルドは声が裏返らないよう注意して返事をした。オルフェルドが席に座ると国王による話が始まった。


「この度、我が【ダナスティーナ王国】を守ってくれたことに深く感謝する。ほんとにありがとう」


「い、いいえ、自分は大したことをしておりません」


 オルフェルドは話し始めて早々に一国の王に頭を下げられたことにただただ慌てた。

 国王はオルフェルドの様子を見て、


「謙遜はいらんぞ。中川とダナスコスの話によるとオルフェルド殿が何か光のようなものを竜に向かって放ち、忽ち殲滅したとか」


 嘘だろ!オルフェルドは心の中で思った。


 オルフェルドはそんな事実を全くもって知らず、自称竜王から力を授かっただけである。その力自体、どんなものであるかも分からないし、そもそも存在しない可能性もあった。しかし、中川とダナスコスがオルフェルドによって竜が殲滅されたと言っている。これは一体どういうことなのか。


 中川が話し始めた。


「僕たちは竜討伐のために剣を握り、戦場へと赴こうとしました。しかし」


 中川は一息ついて


「オルフェルドさんから放たれた光のによって竜は突如消滅したのです」


「………」


 オルフェルドは中川の話を聞き、汗が吹き出てきた。顔も真っ青になり、少し体が震えているのを感じる。


 中川の言ったことが本当であるとするならば、オルフェルドは竜をも倒す力を有していることになる。それがこの国にとっても世界にとっても唯一のものであることも。


 オルフェルドにはそんな記憶はなく、むしろ中川やダナスコスたちが竜を殲滅したのだと思っていた。しかし、実際はそうではなく、オルフェルド自身がやったのだという。


 オルフェルドはその後、その光について聞かれた。一体、それはなんなのか。


 そんなことオルフェルド自身が最も知りたいことだ。分かるはずもない。


 そんなとき。オルフェルドはあの出来事を思い出した。自称竜王との会話である。何というわけかオルフェルドは800年前に処刑されたはずの竜王と会話をしたのだ。ほんとにそうなのかは今でも疑わしいのだが。


 オルフェルドは竜退治に向かう兵士たちを見ているときに不思議な現象(自称竜王との会話について)を国王たちに話した。


 国王は目を見開き、驚きをあらわにしている。中川とダナスコスも似たような反応だ。


「な、なんと。りゅ、竜王と申したか。それは真か」


 国王は額の汗を拭いながらオルフェルドに聞いてきた。オルフェルドは深呼吸をしてゴニョゴニョ喋らないようにと注意して言う。


「はい。しかし、その人がそう言っていただっていただけでして本当かどうかは私にはわかりません」


 オルフェルドは自称竜王との会話においてきな臭い感じがしていたのだ。竜王というのは今の時代、竜を滅ぼした罪人として扱われている。名前を出すことすら人々は忌避する。しかし、あのときの蠢く何かは確かに竜王と言っていた。戸惑いもせずに。躊躇せずに。


「だが、しかし、それが本当であったとしたら、とんでもないですね」


 中川はそう言って話を進める。急激なオルフェルドによる話題に3人は戸惑いを隠せていない。無言な空気は今は非常にまずいものだろう。


「そうだな。他国との取り合い合戦が起こるかもしれないな」


 ダナスコスは中川の話、オルフェルドの話を受け、冷静に状況判断をする。あごに手をつか、むむっと考え込んでいる。


「とすると、隠蔽するのですか?」


 中川はそう言った。オルフェルドは中川の言葉を聞き、体が凍りついたかのように感じた。隠蔽。それはオルフェルドの存在をなかったことにする、オルフェルドの存在を秘匿するということだ。そうするとなるとオルフェルドには自由がなく、奴隷であった頃となにも変わらないではないのか。


「そうする以外にはなかろう。

 しかし、それもまた難しいことだ。竜を殲滅したことは既に他国に知れ渡っておるし、我が国では周知の事実だ。留学をする際に他国にもいずれ知れ渡るぞ」


 国王はシワを寄せそう言った。竜の殲滅はたちまち人々に伝わり、今や世界的に知られている。隠し通すのには無理がある。


「では、オルフェルドさんを我が国で兵士として活躍していただくというのはどうでしょう」


 中川はそう提案した。確かに一見、万事解決しているかのように思える。しかし、それはオルフェルドを軍事利用しようと言っていることと同義である。やはりそれではオルフェルドに自由はない。


 オルフェルド自身、軍事利用などされたくないことだ。かつて、奴隷として生きていかなくてはならない状態であった過去とは違い、今は奴隷制度がない国へ亡命してきたのだ。安心して今度こそ生活していきたいというのがオルフェルドにとっての本音である。しかし、それは叶わない。

 竜王?によって与えられた能力は絶大なもので一般人として生きていくことは無理なことだ。なんでも竜をも殺す力を持っているのだ。この国で平穏に暮らすにしてもこの国の国民にはオルフェルドのことは知られてしまっている。普通の生活は結局の所無理なのだ。


 ならどうする?


 中川の言ったとおり兵士として生きていくか?


 国王からお願いされたのであればオルフェルドには拒否権はない。しかし、国王はオルフェルドに対して今回の国を竜から救ったということで無理に許容することはできない。


 だが、ここでオルフェルドが平穏な日々を望んだ場合、オルフェルドは軍事利用されることはないが、竜からの襲撃を受けた際、この国は今度こそ滅びることになるだろう。


「我々としては秘匿したいことではあるのだが、それもまた難しい。なら、我々の兵士として雇うというのはいい話だな。竜に対抗できるのは今やオルフェルド唯一人。強制してでもやらせるべきだ」


 ダナスコスは言う。中川はそれに対して、


「強制は良くないと感じますが、他国との戦争や国民への平和をもたらすためにはそうしなければならないことでしょう」


 国王は考え込んでオルフェルドの方を見た。そして、


「うむ。

 して、オルフェルド殿。そなたはどうしたい。この国の兵士として竜を倒していくか、はたまた我が国の国民として生きていくか」


 オルフェルドは悩む。この判断をミスれば自分の将来が終わることになる。


 オルフェルドの願いは唯一つ平和であること。これだけだ。


 竜の襲撃もなく、人々から奴隷のごとく扱われることもない。そんな日々をオルフェルドは過ごしたい。過ごしていきたい。


 そのためにオルフェルドはどうするのが正解なのか。


(僕はもう奴隷ではない。選択肢があり、そして“未来”がある。僕の選択がもしかすると人びとの平和を損害するかもしれない。だとすれば、僕は、いや俺は!)


 オルフェルドは覚悟を決め、国王を、中川を、ダナスコスを見た。


「私としては兵士として生きていくことは正直、嫌です。ですが、この国には多大な恩があります。私はその恩返しのために竜を倒していきます」


 中川は驚いたように目を見開いた。


 ダナスコスは感心したように腕を組んだ。


 国王はオルフェルドの選択を真摯に受け止めていた。


 三者三様反応はそれぞれであったが、オルフェルドの覚悟は受け止めてくれた。


「わかった。そなたの覚悟、この【ダナスティーナ王国】国王 ムルモンド=ダナスティーナの名において引き受ける」


 国王はそう言って息を吸い込み、


「オルフェルド=トゥサン殿、そなたがの竜王とならんことを」


 あのときの自称竜王と同じことを口にした。


 オルフェルドは理解した。もう後戻りはできない、と。


 しかし、この国には大きな恩がある。それは必ずや返さなくてはならないものだ。それにこの力が人の役に立てるというのならオルフェルドは喜んで力を使う所存だ。


(おい、竜王。見ているのなら俺の後ろ姿を見てろ!)


 オルフェルドはこころの中でそう言った。


 オルフェルドのもっている力は借り物だ。オルフェルド自身の力ではない。だから、この力もいずれは返さないといけない。


 この国の兵士として竜を殲滅し、いつか、必ず自称竜王へこの力を返上する。


 はここからだ。

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