魔術師の格
「悪いが、僕はそいつに依頼を任せるのは反対だ。杖無しの魔術師じゃないか」
おおっと。
依頼を受けて遠路はるばる「カザルマ」の街から普通なら一週間はかかる場所まで、飛行魔術でかっ飛ばして数時間でやってきたら。
私が杖無しなのが悪いんだけど、やっぱり魔術師としては印象良くないよな。
「ちょっと! いきなり何言い出すの!」
「そうだぞ、おい! ……すいません、白迅さん。こいつ、プライドだけは高くって。せっかく、指名依頼を受けていただいたのに」
今、何が起きているかというと。
依頼をしてきた「モクゾー」という三人パーティのうち、魔術師らしき姿の少年がごねた。
それを残る二人の少女と少年がフォローしている、という状況だ。
指名依頼。
冒険者の中には、「この人に依頼を頼みたい」という大変名誉ある指名を受けることがある。
この依頼、非常に報酬がいいのだ。
そりゃあ数ある冒険者の中からこの人にしか頼めない依頼、というわけだからさもありなん。
「いやいや、いいよいいよ。指名依頼で揉めるのはよくあることだし」
「ふん、こんな子供みたいな見た目の、しかも女の杖無しだぞ。信用するほうが難しい」
「他にも、依頼相手が貴族だったりとかねぇ。色目使ってくるんだよ」
理由は概ねそんな感じです。
魔術師の子を宥める少年少女がうわぁ、と引いていた。
「そ、それはまぁ……同情するがな。お前が杖無しなことに変わりはないだろ。魔術学校も卒業せず、師匠も持たない半人前が」
おっと、ごねてる少年、結構まともだな?
いやまぁもし仮に問題しかなかったら、明らかに「仕事できます」って感じのほか二人が一緒にパーティ組んでないか。
さて、杖無しっていうのは概ね魔術師の彼が言った通り、魔術学校やら師匠やらを通して魔術師にならなかった存在だ。
というか、魔術師っていうのはそういう場所で魔術を学ぶのが普通だ。
なにせ魔術とは知識であるからして。
剣のように、ただ振っていれば、ただ魔物と戦っていれば強くなるものではない。
だが、同時に適性さえあれば学べば使えるようになるのが魔術。
そんな学びによる魔術の習得を、誰の目から見ても明らかに「証明」するのが杖の存在だ。
ちなみに魔術学校というのは文字通りの存在。
貴族や平民問わず、魔術師になりたいものなら誰でも受け入れる研究機関。
杖というのは、その卒業に際して渡されるもので、実際に魔術で使うものではない。
いや、実際に使う人もいるけど、大事なのはそれを携帯していることだ。
師匠というのは、そういう杖を弟子に個人の裁量でわたすことが許された一流魔術師のこと。
「今どき、杖無しの魔術師にも腕のいい魔術師はいるでしょ」
「そうだぞ、今の時代、本さえあれば誰でも魔術は学べるんだ」
「ふん、それでどれだけの人間が杖無しに騙されたと思っている。杖があるということはそれだけで魔術師としての立場を証明できるんだ。独学だったとしても、後から手に入れればいいだろう」
なんて議論を、「モクゾー」のパーティメンバーがしているが。
これ、魔術師の少年の意見も尤もだ。
杖無しには、詐欺師が多い。
魔術を使えると言い張って、実際は魔術師ならできて当然のことができなかったりする。
だから、まともな魔術師なら独学で魔術を学んでも、知り合いのツテを使ったりして師匠を持つのが普通。
「第一、それならギルドカードを見せて貰えばいいじゃない」
「むっ、それはそうだが……」
まぁ、最終的にはそこへ行き着くよね。
ギルドカード、自分が冒険者であるという身分証明書。
異世界ものだと良くあるけど、この世界にもある。
「ごめんね、私が最初にカードを提示するべきだった。白迅のフーシャ、間違いなく本物だよ」
「……大変失礼した。しかし魔術師ならば今からでも杖は持っておくべきだと思うが」
少年の言うことは尤もだ。
なら、杖を持ってない事情も明かしておこう。
「私の師匠がね、杖を渡す前に亡くなっちゃったの。私にとって師匠はその人だけなんだ。だから他の人から杖は貰えない」
「なっ!」
明らかに魔術師の少年の顔がしまった、というふうに歪んだ。
お、いい子か?
「魔術学校にも、お金がなくて入れなくって。生活が安定した頃には、二つ名持ちになる方が早いって結論になっちゃって」
「ええ……」
二つ名はギルドから与えられる称号だ。
ぶっちゃけ、杖を持つより身分証明として有効である。
そんなことを語ったら、魔術師の少年がドン引きした。
お、喧嘩か?
「しかしまぁ、君が真面目だってことはわかった」
「え、あ、いや。僕はただ……」
「そういうことなら、こうしよう。君の名前は?」
「……ルーク」
こういう時、私は主に二つの対応を取る。
一つはまともに取り合わない。
向こうが言いがかりをつけてきて、そこに正当性がないのなら。
バッサリ切り捨てて依頼を断ればいい。
当然依頼人は激怒するが、ギルドはこちらの肩を持ってくれる。
依頼は基本依頼者が主で冒険者が従なのだが、指名依頼に関してはそれが逆転するとギルドが定めているからだ。
で、もう一つ。
まともに取り合う。
今回は、言うまでもなく後者だ。
「ルーク、この白迅のフーシャ。君に決闘を申し込む」
力を示して、相手に納得してもらう。
依頼人が依頼人なりの考えでこちらを否定しているなら、それを逆に否定する材料を出せばいい。
まさに、ちょうどいい方法だ。
「ああ、え……ええ!?」
なおルークはびびった。
+
決闘。
異世界の定番たるそのイベントは、この世界においても定番だ。
しかし、ここで問題が一つ。
魔術師同士の決闘だと、相手を殺してしまわないか? という点。
剣士同士の決闘なら、木剣を使えばいい。
だが魔術師の魔術は、容易に人を殺すことができる。
そこで、魔術師は考えた。
相手を殺さない魔術を開発すればいいのでは?
「ルールはシンプルな偽弾魔術による打ち合い、相手に一発でも当てた方の勝ち」
「あ、ああ」
そうして開発されたのが、偽弾魔術。
偽物の弾丸と書いて、偽弾。
まぁ、名前の通りだ。
特性としては、相手に当てた瞬間に霧散するので絶対に相手を傷つけることがない。
魔術同士がぶつかると、魔力と魔術の精密性を比較して、優れているほうが劣っている方を貫通する。
そんな決闘のための仕様になっていた。
「じゃあ、合図をお願いね」
「お、おう」
「モクゾー」のリーダーの少年に合図を頼み。
私とルークは距離を取って向かい合う。
「ね、ねぇこれ……ルーク勝てるの?」
「いや無理だろ……まぁ、いい薬になるし、フーシャさんが提案してくださったんだ、任せよう」
なんて、ひそひそ話が聞こえてくる。
私は耳が良いんだ。
ともあれ。
「は、はじめ!」
合図とともに、私とルークは同時に叫ぶ。
「――偽弾よ!」
「ぎ、偽弾よ!」
お互いに、ルークは青色の、私は緑色の弾丸を生成した。
弾丸の色は本人の適性がある魔術属性が反映される。
ルークは水属性の使い手か。
「それ!」
お互いに生み出した弾丸が射出される。
それぞれの弾丸が直撃し――私の弾丸が一方的にルークの弾丸を穿つ。
「うわあああ!」
慌ててルークが回避する。
顔には、そりゃそうなるよな! とはっきり書いてある。
わかっていたから、なんとか回避ができたんだろう。
「ほら、早く動かないと当たっちゃうよ」
そう言って、私は逃げるルークに偽弾を連射する。
慌てるルークは横っ飛びしてから逃げ回る。
時折偽弾が飛んでくるが、狙いが正確すぎてちょっと避けるだけで簡単に避けられた。
――私は、この決闘方式が結構好きだ。
何より、相手を傷つけずに実力比べができるのがいい。
FPSとかの対戦ゲーで盛り上がっていた前世を思い出す。
相手の性格が、決闘を通してわかるというのも好みだ。
ルークの場合は、典型的な後衛で自分が動くことに慣れていない。
代わりに、魔術の精密性は非常に高度だ。
さっきから一度も、私に当たらない魔術を放っていない。
ただ、当たることがわかってしまっているから、撃たれたら即場所移動するだけで回避できてしまっているが。
そこも彼の真面目さを表しているんだろう。
――結局。
「こ、これならどうだ!」
ルークは、最後の切り札として大量の偽弾を一気に生み出した。
そのすべてが私を狙っている。
ああやって逃げ回るふりをしながら、準備を重ねたのだろう。
素晴らしい精度だ、「モクゾー」の二人が彼を魔術師に選ぶ理由もわかる。
が、しかし。
「残念でした」
私がそれ以上の数を生み出し、ルークの弾丸を撃ち落とす。
お返しとばかりにルークへ弾丸の雨が降り注ぎ、私の勝利となった。
+
「大変申し訳ありませんでした! そちらの事情も知らないのに、不用意な発言をいたしました!」
ルークは、その後めちゃくちゃ真面目に頭を下げた。
体が九十度曲がってますよっていう謝罪だ。
当然許します、と私が答え。
今回の騒動は手打ちとなった。
なお、それはそれとして私に苦手意識がついたのか、今後会うたびにうえって反応されるんだけど、そこは御愛嬌。
ちなみに、私を指名した理由は討伐したドラゴンの死骸を街まで運搬するためだった。
ドラゴン!? このパーティめっちゃ有望株じゃん。
後、倒した後のドラゴンはルークが冷凍魔術で保存していたらしい。
あの巨体を冷凍できるのは、普通にすごいとしか言えない。
うーん、未来の超一流パーティとコネを作れたのは、私にとっても収穫だったかもしれないな。
――
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