第36話 彼女はおねーちゃんですが何か?

 「鶯谷京介さんですよね?」

 「そうだけど……?」

 

 次の日の午後の学食にて、俺は昨晩に見た時の記憶と先輩から聞いた特徴を参考に、件の男の人……鶯谷京介を発見した。

 名前を言って反応してよかった……これで人違いだったら聡太に出席をお願いして家に帰るところだった。

 ちなみに鶯谷さんは見知らぬ男に声をかけられたことに驚いたのか、大きく目をあけてこちらを見ている。


 「よかったぁ……」


 わざとらしく言いながら目の前の席に座る。


 「……どっかで会ったことある? まったく誰だかわからなくて」

 「安心してください、会うのは初めてですよ」


 カバンを隣の椅子に置きながら話す。

 昨日の駅前で見たことをカウントするなら初めてというのは嘘になるか。


 「なんかよくわかんないけど、俺に何の用なの?」

 「渋谷悠香さんに関して、ちょっと聞きたいことがありまして——」


 俺が返すと鶯谷さんはこちらへ身を乗り出していた。


 「もしかして君、渋谷さんの知り合い? 色々と聞きたいことがあって会いたいんだけどさ、今日のゼミも休んでるみたいだし……もしかして体調崩したとか?」


 たしかに体調は崩しているな。

 大学へ行く前、大崎さんに確認したところベッドの上で横になって……声をかけても反応がないと話していた。

 どうやら相当精神的にやられているようだ。

 原因が自分であるにも関わらず、よく会いたいとか平気で口にできるな……。

 


 「君、vtuberって知ってる? Doutubeでアニメにでてくるようなキャラの見た目で配信しているんだけどさ」


 突如嬉々として話し出す目の前の男。


 「知ってはいますが、見たことはないですね」

 「そっかぁ、ってか俺も最近知ったんだけどさぁ」


 話しながら鶯谷さんは自身のスマホを取り出し、画面を軽快にタップしていた。

 

 「最近、この子の配信が面白いんだよ!」


 そう言ってスマホの画面をこちらに見せてきた。

 画面に映っているのは『碧南璃碧Ch』のロゴが入った画面。

 その画面のサムネ画像にはリオさんの外に同じ事務所のメンバーやアオバも載っていた。


 「見た目も綺麗だし、歌もよくてさ……最近は同じ事務所のアオバきゅんとか言ってる人とのコラボが多いんだけどな」

 「はぁ……そうですか」


 最近はアオバやリオさんのリスナーに『アオバきゅん』と呼ばれることが当たり前になっていたが……

 この男に呼ばれるのはものすごく不愉快に感じた。


 「……で、渋谷さんの話に、どうして配信者さんのことがでてくるんですか?」


 苛立ちを隠しつつ、俺が問いかけると鶯谷さんはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせていた。


 「リオたんの配信を聞いてて誰かの声に似てるなぁって思ってたんだけどさ、ようやく気づいたんだよ! 渋谷さんの声と一緒だって!」

 「……はぁ」


 一応は先輩から話を聞いていたが、改めて聞くと確証もない、単なる想像で言ってることにため息しか出てこなかった。


 「ちょっと聞いてみて、渋谷さんのこと知ってるなら俺の言ってる意味がわかる気がするから!」


 そう言って鶯谷さんはスマホの音量を上げていくと、リオさんの歌声が聞こえてきた。

 こっちは同じ事務所だし、仮想世界でもリアル、どちらでも先輩の声は聞いているから全くの部外者に言われなくても一緒であることはわかってる。


 ——けど、そんなことをこんな男に教えてやる必要は全くない。


 「まさかとは思いますが、そんなことを聞くために渋谷さんの家の近くをウロウロしていたんですか?」

 「え!? 何で知ってるの?」


 最初に声をかけた時のように目を大きくあける鶯谷さん。

 その姿に俺はため息しか出てこなかった。

 にしても少しは誤魔化してくるとは思ってたのに……

 どうやらこの鶯谷という男は良くも悪くも素直な性格のようだ。


 「で、さっきの返答ですが、全く違って聞こえましたよ?」

 「いやいや、そんなことないだろ一緒だって!」


 自分の言っていることが否定されて苛立ったのか大声を上げる目の前の男。


 「声が似てる人なんていくらでもいますよ、それに今はボイスチェンジャーやアプリで声を再現するものだってあるんですから」

 「もしかして、彼女が声を作ってるっていうのか!? 言っとくけど、俺は先月の終わりから毎日彼女の配信を見ているんだ! だから彼女のことは——」

 「——そこまで言うならよほど自信あるんですよね?」

 「だ、だから……それを渋谷さんに聞きたくて——」


 その直後、テーブルの下からガンと蹴り上げる音が聞こえてきた。

 まあ、蹴り上げたのは自分なんだけど……

 あまりにもくだらない理由すぎて怒りを抑えることができなかった。


 「……そんな理由でストーカーまがいなことをするなんてよほど暇なんですね」

 「ひ、ひま……なわけないだろ! 俺はこうと思ったら調べずにはいられない性格で——」


 目の前の男の言葉を遮るように両手をテーブルに叩きつける。

 驚いたのか鶯谷さんは「ひっ」と情けない声をあげていた。


 「……今回のことは渋谷さんの親御さんには報告していますので、これ以上、そのくだらない追求をやめなかった時は覚悟していてくださいね」


 ちょうどよく、予鈴が鳴り出したのでカバンを持って立ち上がり、学食を出ることにした。


 「て、ってか……君は渋谷さんとはどんな関係なんだ!?」

 

 後ろから震えた声が聞こえていた。

 振り返ると、怯えた表情でこちらを指さしていた。


 「渋谷さんは自分のおねーちゃんですよ?」


 それだけ告げると学食を出ていった。


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【あとがき】

お読みいただき誠にありがとうございます。

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次回は10/25(土)の13時頃公開いたします!

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