第38話 狩りの時間だぁぁぁ!

 秋が来た。

 森は鮮やかに色付き、日中もかなり過ごしやすいこの季節。俺のような狩人にとっては絶好の稼ぎ時だ。というのも――。


「――ピギィッ!?」


 森の外周で地面に落ちた木の実を食べていた、丸々と太った猪の目を寸分たがわず茂みから飛来した矢が貫いた。

 猪はビクンッと大きく体を痙攣させた後、重々しい音を立てて地面に倒れ込んだ。


 そう、普段は畑を荒らす猪や鹿が冬を越すために脂肪を蓄え、肥え太る季節。

 要は秋から冬にかけては絶好の狩りの時期でもあるのだ。俺たちは町を挙げて、ロンブリエール周辺で罠・猟問わず狩りを行っている。


「やりました、師匠!」

「やるな、クロエ。最近は一段と弓の腕が上がって来たんじゃないのか?」

「本当ですかっ!?」


 惚れ惚れするほどの一射を決めて見せたクロエは、嬉しそうに俺の胸元に飛び込んできた。止まった状態から撃つなら、もう俺に近いレベルまで上達しているのではなかろうか。俺もうかうかしていられないな。


「ああ、本当だよ。後は移動しながらの精度も上げられれば、大したものだ」

「うっ……歩き撃ちは苦手なんですよね」

「それよりも、せっかくの肉がダメになる。早く血抜きを始めよう」


 このまま話していたら、せっかくのご馳走が血生臭くなってしまう。念のため剣の切っ先で突いて完全に仕留めていることを確認したら、まだ温かい猪の首にナイフで小さく傷を入れる。


「よし、せーのでソリに乗せるぞ?」

「はい師匠!」

「「せー、のっ!」」


 頑丈な木の枝を使って運搬用のソリを作ると、クロエと一緒に八〇キロ近い成獣の猪を持ち上げる。

 合図で前後の足を持って素早くソリに乗せたら、次は森の近くを流れる川で猪を洗って解体を行う。内臓を傷つけないように、かつ肉の鮮度が落ちないように可能な限り急いで食べられない部位を取り出していく。


「ふぅ……今回も良い手際だったよ」

「あい、ありがとうございます師匠……」


 途中、クロエが取り出した猪の内臓を落としてしまい、強い臭いが広がってしまうというハプニングがあった。が、血で手が滑ってしまったのだから仕方がない。こればかりは慣れの問題だ。


 解体が終われば、猪の足と太い木をロープで結び川の中に沈めて身を冷やす。これは町まで猪を運ぶ際に、なるべく鮮度を保つためだ。いくら秋とはいえ、直射日光を浴び続ければ肉の鮮度は落ちる。


「師匠、それでは今日もよろしくお願いします」

「どこからでも掛かってこい」

「はいっ!」


 ショートソードを模した木剣を振りかぶって、クロエが切りかかってきた。

 猪の肉を冷やしている時間、俺たちは手持ち無沙汰ぶさたになるかと言われるとそうではない。ここ最近、クロエたち『クロー』はパーティー活動を一旦休止して、各々のスキルアップに努めている。


 理由はエリクとエミリアンが実家の手伝いで忙しいから。

 牛飼いの息子であるエリクの実家が精肉業も営んでいるため、俺たち狩人が仕留めた猪を始めとした獣の肉を解体で大忙しなのだ。

 特に今年は持ち込まれる獣の数が多いため、エリクはナイフを消毒するためのお湯を運んだり牛の世話をしたりと大変らしい。


 大工の息子であるエミリアンは、こちらも冬を迎える前に家の修繕しゅうぜん依頼が集中するため、今日も屋根に上って何やら作業しているところを見た。


 というわけで二人残されたクロエとオレリアだが、前衛がいないことには魔物も討伐できない。

 クロエは俺と共に行動することで狩人としてのスキルアップを目指し、オレリアはセリーヌと魔法の修行に励んでいる。

 かくして『クロー』は冬まで活動を休止しているのだ。


「やぁっ!」


 息を整えたクロエが、瞬発力を活かして突っ込んできた。ガコッと木剣を握る手に振動が伝わってくる。

 体格差のあるクロエには、ヒットアンドアウェイを心掛けて戦うようにと指導をしているが、何か考えがあるのかつば迫り合いを仕掛けてきた。力比べは当然クロエが不利。


 ふと頭上からわずかな気配を感じて、鍔迫り合いを止めて一歩後ろに下がると目の前を布玉が落ちていく。


「む? おぉ、投げ物とはやるな――っと、そこ!」

「きゃぅっ!」


 急に俺が力を抜いたことで、バランスを崩していたクロエの頭にぽこんと木剣の腹を当てると、可愛らしい鳴き声をあげた。

 ちなみに俺の木剣には布を巻いて、怪我をしにくいように細工をしてある。


「……な、何で分かったんですか!?」


 悔しそうに、地面を転がる布玉を眺めながらクロエが問いかけてきた。

 うーん、何で分かったのか、かぁ。


「…………勘、かな?」

「えぇ……?」

「いつもはつば迫り合いなんかしないクロエが、急に仕掛けてきたのは違和感でしかなかったんだよ。つまり、奇襲奇策を仕掛ける時は相手に何かあるなって思わせたらダメってことだな」


 クロエには難しいかもしれないが、投げ物による不意打ちは自然体を心掛けて初めて成功するものだ。


「つまり、近接戦はまだまだ半人前以下だな」

「うぐぅ……」


 獲物の肉を冷やしている時間を有効活用しようと始めたのが、近接武器を用いての戦闘訓練だ。クロエは現在、弓による遠距離攻撃を主体に依頼を熟しているが、斥候を務める上では近接戦闘もこなせるようになっておきたい。


 弓の腕は申し分ないクロエだが、一度魔物に近付かれてしまえば逃げるしかなくなる。そこでショートソードの出番だ。

 森の中で扱いやすく、そこそこリーチもあって、クロエでも振り回せる武器といえばショートソード一択。というわけで打倒ゴブリンを目標に、こうして訓練に励んでいる。


 進捗は……まあ、見ての通りボチボチだが。

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