第31話 衝撃の出会い・下(Side.アデライト)

 何がいけなかったのだろう、

 どうしてこうなったのだろう、

 何故、私がこんな目にうのだろう。


 パラライズスパイダーのことは知っていた。腐ってもCランクのソロ冒険者だ。

 油断はしていないつもりだったのだが、で踏み込んで良いほど、森は甘い場所ではない。昇格試験の際、顔も覚えていないギルドマスターから言われたことを、ふと思い出す。


「冒険者、一番最後に頼れるのは共に苦楽を分かち合った仲間だ。君にも、そんな仲間が現れることを願っているよ」


 そんな仲間が作れたら、私だって苦労しない。そんな理想の仲間が居たら欲しいに決まっている。

 腕に打ち込まれた麻痺毒に加え、パラライズスパイダーが強力な糸を吐いたことで、いよいよ身動きが取れなくなった。


 それでも少しでも遠くへ逃げようと、もがいているけれど糸が手足に絡まって体力が削れていく。

 命の危機に、心臓がバクバクと音を立てる。今、この瞬間にも毒は全身をじわじわとむしばみ、少しずつ体が言う事を聞かなくなってきた。


 嫌だ、死にたくない。

 とうとう、全身に麻痺毒が回り手足に力が入らなくなった。


 私の様子を見て、パラライズスパイダーはあざ笑うように姿を消す。

 これも知っていた。パラライズスパイダーは、獲物が弱り切った時を狙ってトドメを刺す。

 狡猾な『森の狩人』。森の奥に消えて行くギラリと光を反射した目に、私の恐怖で歪んだ顔が反射する。


 無情にも助けは来ないまま、夜を迎えた。

 夜の森は怖い。周囲でがさりと何かがうごめく度、ここで終わるのかと覚悟をすること数度。


 気付けば夜が明けていた。

 パラライズスパイダーは、私を殺しに来なかった。いや、見抜かれていたのだ。

 全身が痺れたように見せかけて、利き手の左手だけはギリギリ動かせること、どうせ死ぬなら道連れにしようとしていたことを。


 だけど、私の企みもここまで。

 夜が明けると同時に、左手も痺れて使い物にならなくなった。


 疲労と眠気も酷い。

 今、ここで意識を手放せば楽になれる。


 心の奥底で、歪んだ私がささやきかけてきた。

 死ぬ――そんな思いが頭をよぎった瞬間、私は舌をかんだ。がりっと鋭い痛みの後に、口の中が鉄さびの味で満たされる。


「このまま一生を終えてたまるか」


 半ばヤケクソだった。

 日が登り、それでもパラライズスパイダーは、私を殺しにこない。悠長なことだ、とぼやける視界の中思ったその時、ヤツの瞳が森の奥で光を反射したのが見えた。


「――――――ッ!?」


 ぞっと背筋が凍る。

 私はそこで、自分が酷い考え違いをしていたのに気付いた。


 私は撒餌まきえだ。

 パラライズスパイダーは、Dランク冒険者を追って森へ入った私と同じように、私を探しに森へ入ってくる冒険者を仕留めようとしているのだ。現に、再び麻痺毒を注入されてしまった。


 私を仕留められる距離まで近付いたと言うのに、パラライズスパイダーは枝の上から奇襲を仕掛けられるように移動を始めた。

 こんな、こんなみじめな気持ちになったのは、あの少女に裏切られた時以来だろうか。

 頼むから誰も来ないでくれ、という私の願いはあっさりと裏切られる。


 数時間後――。

 定期的に様子を見にくるため、木の上を移動していたパラライズスパイダーが突然、叫び声をあげたかと思うと腹から真っ青な体液をまき散らしながら逃げていった。私の目の前の茂みに何かがいる。


 体は動かないが、警戒していると茂みがガサリと音を立てる。

 茂みからスッと立ち上がったのは、真っ黒な髪に深紅の目をした細身の男。

 ジロリ、私を見下ろして来た男は少しだけホッとしたように口元を緩めると、私に話しかけてきた。


「俺、領主様からの要請で森の調査に来たロンブリエールの冒険者。分かる? 分かったら、瞬きを二回して」


 ロンブリエール……知らない町だ。

 目の前の男の身のこなしからして、かなり実力のある冒険者なのだろう。何故、そんな冒険者が辺鄙なセリエールなんてところに居るのか、色々と疑問はあったがとにかく、私はまたもや運が良かった、ということになる。


「先に謝っとくわ、ごめんね」

「ぇぁ――~~~~~~~っ!?!?」


 男の言葉に何か不穏なものを感じた次の瞬間、想像を絶する苦さが口の中で弾けた。吐き出そうにも、舌まで痺れていて無理。苦味に耐えるためギュっと目を閉じていたけれど、唇に感じた柔らかい感触に、驚いて目を見開いた。


 キス……。

 キスされていた。見知らぬ男に、人生初めてのキスを奪われてしまった。

 私の口の中に、水が流し込まれる。

 ゴクリ、と反射的に喉が動き、苦い丸薬が水によって流れ落ちていく。


「それじゃ、俺はパラライズスパイダーを討伐してくるから、痺れが取れてもここを動かないで。いいね?」

「ぁ――ぇなさぃ……」


 後で覚えてなさい、と言ったはずだけど私の口からは、何の意味もなさないうめき声が溢れ落ちる。

 男は苦笑いを浮かべながら、身軽になるとパラライズスパイダーを討伐しに、森へ入って行った。


「……だいぶマシになったようだな」


 一瞬だったか、それとももっと長かったか、夕暮れ時になってあの男は戻って来た。ガサリと草の茂みが揺れ、一瞬パラライズスパイダーかと思ったけど



 怪我をしている様子はない。ホッと胸をなでおろす……ことはできないので、ため息を吐いておく。


 男の言う通り、飲まされた薬の効き目はすさまじく、体の痺れが徐々に取れ始めていた。とはいえ、まだまだ立つことはできない。


「一応、礼は言っとく」


 本当は男に感謝している。

 けれど、どうしてもこれまでの経験からレオ、と名乗った目の前の男を信じることができない。レオは私と同じくらい若い男で、私は体が動かずに何も抵抗できない状態だ。


 解毒薬をくれたとはいえ、この隙に私の体を好き勝手してもおかしくない。

 だけど、レオは何もしなかった。私を背負って村まで戻ると、何と翌日何も告げずに村を出て行こうとしていた。


「ちょっと、待ちなさいよ……!」


 私は反射的に、レオの後ろ姿に声をかけていた。

 まずい、何か話をしたくて声をかけたわけではないのだ。


「ん? なんだ?」


 なんてレオはとぼけたことを言っている。

 まるで昨日、私の唇を奪ったことなんて忘れているかのように……。いや、違うでしょうアデライト。本当は、レオにお礼を言いに来たはず。言え、言うのよ!


「その……改めて、昨日はありがとう。あのままじゃ、私は死んでたと思うから」

「お、おぉ……俺は救助要請を受けてやることをやっただけだから」

「ただ、それが言いたかっただけだから」


 私の言葉に虚を突かれたのか、意外そうな……どこかホッとしたような表情を浮かべたレオ。その後、何故だか急にレオに顔を見られるのが恥ずかしくなって、まくし立てるように話を切り上げてしまった。


「んー……ん?」


 村を去り行くレオの後ろ姿を、こっそり見ながら私は思う。

 何も抵抗できない私に、紳士な態度で接してくれたことといい、パラライズスパイダーをソロで討伐する技量の高さといい……案外、レオって理想の仲間像そのものではないだろうか?


「ロンブリエール、ね」


 昨日、レオが言っていた町の名前を、何となく口の中で反芻はんすうした。本当に何となく、だ。ちょっとだけ恰好良かったな、なんて思ったりもしていない。


「~~~~~~~~~~~~!!」


 落ち着け私。私は孤高のCランクソロ冒険者アデライト……私の唇を奪った男に妙な期待なんてしてないったらしてない。

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