第16話 クロエの今後

 すぐにやってくる可能性が高いのはゴブリン。

 骨塚はゴブリンの縄張りの証なのだから当たり前だ。


 群れのゴブリンを討伐したことに加え、大事な骨塚まで壊したとなればゴブリンも怒って攻撃してくる。

 クロエは急いで角をぎ取ろうとするが、ゴブリンを仰向けにする時に血に触れてしまったため、手が滑ってうまく採取用ナイフを扱うことができない。


「……っ! ――!!」


 悪戦苦闘すること三分。

 ようやく角を手に入れた時には、北の方角から物音を聞きつけた斥候せっこうらしきゴブリンが近付いてきていた。


「ギィィィッ! ギ――!?」

「えっ、斥候!?」


 斥候は茂みの中からそっと骨塚の方をうかがう。ゴブリンは周囲を警戒するクロエ、崩れた骨塚の様子、最後に地面に倒れた仲間の姿を見つけると、大きな鳴き声を上げて仲間に異常を知らせる。


「くっ――逃げます!」


 ゴブリンの接近に気付いたクロエが速射そくしゃで仕留めるも、すでに警戒は発せられた。

 クロエは矢を回収することもなく、地面の弓を拾うと一目散に森の境界線へ向かって走り始める。


「はっ、はっ」


 今、クロエが陥っている状況は、森の中で遭遇する中でもかなり危険だ。

 走るということは、常に物音がするということ。加えて、クロエを追ってくるであろうゴブリンたちはクロエの服に付いた血の臭いを追えば良い。


 案の定、俺の背後がにわかに騒がしくなってきた。

 複数の鳴き声と殺気だった小さな気配。ゴブリンの群れが斥候役の鳴き声を聞きつけてやってきたのだ。


 俺も一定の距離を維持しながらクロエの後を追う。

 逃げるクロエを追うゴブリン。両者の距離が縮ま――らない。以前までのクロエであれば、今頃追いつかれていただろうが、重たい荷物を背負って延々と走り込んだ成果が出ている。


 むしろ、わずかにだがゴブリンとの距離が開き始めていた。

 森の不安定な足場にも足を取られることなく、淡々と一定の速度で走るクロエ。ぎ取りに手間取っていた時は焦りが見えたが、切り替えができているようで何よりだ。


 その後、無事にゴブリンの追跡を振り切ったクロエは、森の浅瀬と外周の境界線を超えた。ふと空を見上げると、すでに太陽は傾き始めている。森は薄暗い。特に浅瀬になると頭上の枝は鬱蒼うっそうと生い茂り、空が見えないから時間感覚が狂う。


「ハァっ、ハァっ…………はぁ〜〜〜〜」


 小鳥の鳴き声が聞こえ始めたところで、クロエは走るのをやめた。

 ひざに手をついて息を整え始める。ゴブリンを十分引き離してからも、魔物に追われているというプレッシャーを感じてここまで走り続けたのだ。


 今すぐにでもよくやったと声をかけてやりたいところだが、今はまだ試験中。それに、森の外周だからと言って危険がないわけでもない。ロンブリエールに帰るまでが試験だ。


 クロエは息を整えると、額を伝う汗をぬぐってロンブリエール目指して歩き始めた。

 行きよりも長く感じる時間をかけて、ロンブリエールに帰ってきたクロエ。ギルドに入るとワッと完成が上がる。


「帰ってきた……!」

「おめでとう、クロエちゃん!!」


 ゴブリンの角を持って帰ってもなお、クロエはDランク昇格を認められたとは言えない。ランクの昇格は試験官とギルドマスターもしくはギルドマスター代理が昇格を認める必要がある。


「よくぞ帰ってきたな」

「エウリコさん……」


 二階から騒ぎを聞きつけたエウリコが顔を覗かせた。

 その瞬間、緊張かエウリコの迫力に圧倒されてか、ギルドの中が静まり返る。クロエは表情を引き締めて、二階のギルドマスターの部屋へ向かった。


「さて、よくぞ無事に帰ってきた。依頼の品を確認しようか」

「こちらです」


 クロエは背負っていたバックパックから小さな皮袋を取り出して、エウリコの前に置いた。中から出てきたのは、クロエが採取したゴブリンの角。これは風邪薬や擦り傷などを治す際に使う低級のポーションなどの材料になる。


「うむ、問題ないようだ。では試験官、評価を」


 エウリコはゴブリンの角を吟味ぎんみした後、クロエの後ろに控えていた俺に声をかけてきた。俺は咳払いと共に一歩進み出て言う。


「はい――んんっ。Eランク冒険者クロエの試験を評価・監督した結果、クロエはDランクに相応しい力を見せました。よって、試験官のレオは冒険者クロエをDランクに相応しい者としてギルドマスター・エウリコへ推薦します」


 試験中、いくつか問題が発生したがクロエは俺の手助けなく依頼を達成した。まだまだ未熟な部分はあれど、魔物の討伐と森での立ち回りは十分にDランク冒険者の域に達している。


 師匠弟子の関係を抜きに、俺はそう判断した。

 俺の評価を聞いたエウリコは一つ頷くと、クロエに向き直ってこう告げる。


「あいわかった。冒険者ギルド・ロンブリエール支部ギルドマスターの権限及び試験官レオの推薦をもって、Eランク冒険者クロエはランク昇格に相応しいと認め、Dランク冒険者の資格を付与するものとする」


 未だ未熟な気配は残るがクロエは今日、狩人として、そして冒険者としての一歩を踏み出すのだ。

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