第13話 Dランク昇格試験に向けて

 俺とシャルリーヌが『カルム』で酒を飲んだ翌日。

 クロエの体力がそれなりに付いたと判断した俺は、ギルドで子供用の弱い弓を借りてからいつもの待ち合わせ場所へと向かった。


「待たせたな、クロエ」

「いえ、今来たところですから。ところで師匠……それは?」


 すでに待ち合わせ場所である門の前で待っていたクロエは、会話もそこそこに俺が手に持っている弓を見て問いかけてきた。


「ああ、これな。今日の修行で必要なものだよ」

「――っ!?」


 俺がそういうと、クロエの目が期待で染まった。

 すっかり顔馴染かおなじみとなった門番のダールに挨拶しながら、森へ向かって足を進める。


「今日は……走らないんですか?」

「おや、走りたいのか?」


 手に持った弓にチラチラと視線を向けながら、恐る恐る問いかけてくるクロエにそう返すと、ブンブンと首を振って否定してきた。


「い、いいえ! ただ、今日は何をするのかなぁ……と気になって」

「クロエ、Dランクに昇格するために必要なスキルを挙げてみてくれ」

「えぇっと、ゴブリンに勝つこと……です!」


 端的な回答に、思わず吹き出してしまった。

 まあ、間違ってはないが正しくもない。正確には――。


「武器の使い方、魔物討伐の方法、依頼達成、この三つが必要なんだ」

「それは……冒険者として当たり前なのではありませんか?」

「クロエの言う通り、これは当たり前のことなんだが、意外とできない冒険者が多いんだ。そして、そういう冒険者から死んでいく」


 クロエはごくりっと喉を鳴らして、緊張した面持ちを浮かべる。

 少しだけ緊張で動きが硬くなったクロエを連れて、俺は森の外周部分へとやってきた。


「クロエ、この二週間よく頑張った。俺が今から教えるのは、コレだ」

「弓、ですか」


 俺は手に持った弓――子供でも矢を放てるようになった短弓を取り出して言う。

 これまで、クロエはショートソードを好んで使っていたようなのだが、力が弱いうちは弓をメイン武器にした方が良い。


「不満か?」

「不満じゃありません! けど、弓は使ったことがなくて……」

「大丈夫だ、そのために俺が教えるんだから」

「師匠……!!」


 こうして、Dランク昇格試験に向けた新たな練習が始まった。

 弓の構え方から矢の放ち方、ソロ冒険者としての動き方を実際に森の中で教えていく。


(まだ、もう少し待って獲物を引き寄せるんだ)

(…………っ!)


 俺たちは現在、茂みに伏せて獣道を通るであろう動物を待ち伏せていた。

 森の外周は、ウサギや鳥などの小動物がいるから狩りをすることで、実戦さながらの練習ができる。


 ガサガサ、と草をかき分けて野ウサギがやってきた。

 クロエの体に力が入る。その時、野ウサギは耳をピンと立てて止まった。クロエからしたら、絶好のチャンスに思えたのだろう。矢を射かけようとして弓を動かしたその瞬間――。


 カサっ。

 弓の端が、草むらに引っかかってわずかな擦過さっか音を立ててしまった。


「あっ!?」


 音が聞こえた直後、野ウサギは脱兎だっとのごとく茂みの奥へと走り去って行く。慌てて立射りっしゃの体勢を取るも時すでに遅し。

 辺りに動物の気配はない。ガックリと肩を落としたクロエは、ため息を吐いて言う。


「惜しかった。まあ、扱ったことのない武器だし、まだまだ慣れが必要だな」

「私……Dランクに昇格して、冒険者を続けられるでしょうか」

「俺の見立てにはなるけど、森での動き方さえ身に着けば何とでもなる……と思う」


 実際、クロエに弓を与えて数日経ったが、命中率は高い。

 弓を扱うセンスは間違いなくある。後は慣れない森でどう動くか、如何いかにして矢を放つ状況まで持ち込むか、というだけだ。


「私に足りないのは、森での動き方……ですか」

「ああ。あまり思い出したくないかもしれないけど、クロエが攫われたのも言ってしまえば、森に不慣れで近付いて来ていたゴブリンに気付けなかったことが原因だしな」

「そう、ですよね。今思えば、あの時の私たちはあまりにも森について無知でした」


 クロエは苦々しい表情で呟いた。

 ただの採集依頼だとしても、あなどるなかれ。


 統計とか、正確な数値はないから俺の体感になるけど、冒険者ランクAからEの中で一番死ぬ確率が高いのはDで、その次がEだ。


 車の運転でも、慣れてきた頃が危険だと言われているように、冒険者として討伐依頼を受け始めて少し経った頃が一番死ぬ。

 気が緩んだり、調子に乗って判断が鈍くなったり、強力な魔物を討伐して名を挙げようとした冒険者から先に死んでいくのだ。


「まず覚えておいて欲しいのが、魔物を深追いしないこと。待ち伏せが失敗したらその時は、すぐに距離を取ること。ということで、俺に付いてくるんだ」

「え、ちょ――」


 俺は草むらから飛び出すと、森の中を走り始めた。

 一度攻撃したら、魔物を仕留めた時以外は素早く移動すること。これは俺が冒険者として生活してきた中で、何度も俺の命を救ってくれた。


 クロエは上手くウサギを仕留められなかったことを悔やんでいるようだが、狩人見習いなら当たり前だ。むしろ、外してくれて良かった。


「ま、待ってください!」

「近くに魔物が居たら、今の声で気付かれたぞ?」

「~~~~~~っ!?」


 この日以降、毎日森に入り浸っていたお陰で、クロエは驚異的な速さで森という環境に適応し始めた。

 時間はあっという間に過ぎ、気付けばさらに二週間。クロエが両親と約束したDランク昇格試験の当日。

 ギルドのエントランスで、エリクを始め『クロー』のメンバーやドニたち『ブヴールズ』が見守る中、緊張した面持おももちでクロエが俺に近付いてきた。


「師匠……」

「そう不安な顔をするな。大丈夫、クロエなら必ず成し遂げられる。今日までやってきたことを思い出して、冷静に対応するんだ」

「はい……はいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る