第2話 能力の覚醒
学校からの帰り道──。
俺はちょっとした虚無感に包まれながら、自宅へと歩いていた。
時刻は午後4時半を過ぎた辺りだ。
バスケ部での追放騒動から学校を出て、1時間近くが経ったことになる。
それでも、全く日は落ちていないし、周囲も明るい。
いつもは夜遅くの下校になるので、この時間に家に帰るというのは違和感があった。
なんというか、落ち着かない。
テスト期間ならこんな風には思わないんだけどな……。
まあ、すぐに慣れるだろう。
こんなに早く家に帰って良いんだろうか──
という感覚を抱えつつ、俺が帰宅していると、不意に、頭の中で『おかしな声』が響いた。
『──おめでとうございます、あなたは『能力』を手に入れました』
…………?
え、なんだ、これ──??
俺は周りを見回したが、周囲には誰もいない。
閑散とした住宅街の道を、俺一人で歩いている。
誰かに話しかけられたわけではない。
それに、この声は外から聞こえるのではなく、直接、頭に響くように──。
『──能力の名前は『えぬ・てぃー・あーる』です。使用しますか?』
俺は改めて周囲を確認するが、やはり、辺りに人はいなかった。
なんなんだ、これは──?
俺はバスケ部をクビになったショックのあまり、幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。
部活動に青春をかけるほど入れ込んでいたわけではないが、自分では気づいていなかっただけで、結構、真剣に取り組んでいたのかもしれない……。
ショックのあまり、おかしな幻聴が聞こえるようになるなんてなぁ……。
俺は自宅に辿り着くと、とりあえず自室で横になった。
休憩して、心を落ち着かせることにした。
…………暇だ。
いつもは部活で汗を流している時間だ。
急にクビになったせいで、やることも思い浮かばない。
「……よし!」
俺はそう言って立ち上がり、家を出た。
暇だし、コンビニに行って買い食いしよう。
時間はいくらでもあるのだし、やりたいことはこれから見つければいい。
焦ることはないさ。
そう思いながら歩いていると、あの変な幻聴が聞こえてきた場所を通りかかる。
『能力』を手に入れたとか、何とか言ってたっけ……。
あれは、なんだっけ……なんていう能力だったか──?
──ああ、そうだ。
『えぬ・てぃー・あーる』だ。
能力『えぬ・てぃー・あーる』……。
どんな能力なのかは分からないが、特殊な力が使えるのなら、使ってみたいものだ。
……暇だし。
そう思っていたら、再び、幻聴が聞こえてきた。
『──能力『えぬ・てぃー・あーる』を、使用しますか?』
「……また聞こえてきた」
思わず声に出してしまった。
……この幻聴に、付き合ってみるか。
「──いいよ、暇だし、使ってみるよ。……えっと『使用します』──これで良い?」
俺が試しにそう言ってみると、何と返事が返ってきた。
『──能力が発動しました。あなたが『えぬ・てぃー・あーる』できる対象は、『藤井 則宗』(ふじい のりむね)。標的は『水谷 圭子 (みずたに けいこ)』です。対象と標的の詳細、及び、あなたとの関係を、事前に確認しますか?』
……なんか、幻聴のくせに、色々と言ってきたぞ。
『えぬ・てぃー・あーる』できる対象って、なんだよ?
藤井というのは、バスケ部の藤井か──?
そうだよな、同姓同名だし……、探せば他に同じ名前の奴はいるだろうが、俺の身近では、そいつ一人だ。
ただ、ターゲットの水谷圭子というのは、心当たりがないな……。
詳細が聞けるようだし、聞いておこう。
──相手の情報を教えてもらえるというのも、能力の一部のようだ。
「情報を、確認する。──教えろ」
俺がそう言うと、再び脳内に直接声が響いてきた。
『対象の『藤井則宗』は、能力者です。彼は『噂話』という能力を用いて、あなたをバスケ部から追放することに成功しました。──藤井則宗は、自分の父親が再婚してできた義理の母、『水谷圭子』に恋心を抱いています。──あなたは復讐者として、藤井則宗に対し、『えぬ・てぃー・あーる』することができます』
様々な情報が一度に開示されて、理解が追い付かないが──
どうも、俺がバスケ部を追放されたのは、藤井の奴が能力を使った結果なようだ。
何か妙だとは思っていたので、不思議な力が使われていたからだ。
……と言われると、妙に納得してしまう。
──まあ、こんなものは、俺の妄想というか、幻聴なんだけど……。
納得のいかない出来事が起こったので、こんな幻聴が聞こえてきたのだろう。
『俺がバスケ部を追放されたのは、藤井の能力のせいだ』……そう思うことで、自分の不満を誤魔化そうとしている。
……この幻聴は、そういうことだろう。
俺がこの現象をそう捉えていると、幻聴が続きを話し出した。
『これから、ターゲット水谷圭子の認識を変更し、八上義人のことを藤井則宗であると、誤認させます。──能力の効果時間は、1時間になります。制限時間以内に、『えぬ・てぃー・あーる』を完遂してください。──では、ターゲットの元に、あなたを転送します』
幻聴の説明が終わると同時に、俺の視界が切り替わる。
目の前が真っ白になったかと思うと、次の瞬間には別の場所にいた。
俺の目の前には、スーツ姿のキャリアウーマンがいて、『困ったわね』という顔をしている。
場所は会社の倉庫のような所で、この部屋には俺と、目の前のスーツ姿の女性しかいない。どうやら、二人きりのようだ。
「もう、仕方ないわね。私に会いたくて、職場に来てしまうなんて……まあ、いいわ。仕事はあらかた片付いているし、一緒に帰りましょう。……あと少しだけ、車の中で待っていてちょうだい──のり君」
『のり君』というのは、藤井則宗のことだろう。
能力によって、目の前の彼女『水谷圭子』は、俺の事を藤井だと誤認している。
能力は、本物だった。
細かい矛盾点やツッコミどころはあるが、そういった些細なことは、能力によって調整されているみたいだ。お膳立ては、能力がしてくれている。
後は──
俺が、『えぬ・てぃー・あーる』をするだけだ。
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