第17話 てのひらプリズム

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【むすチャン!】NetMusume Channel

『定期配信!もこもこかなで』

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──配信開始のカウントダウンがゼロになると、淡い光が画面を照らす。


画面には、もことかなでが柔らかな微笑みを浮かべ座った姿が映る。もこが穏やかな声で語り出した。


「こんばんは、琥珀金担当の琴上もこです」


静かに座っているかなでがいる。わずかに小さく手を振り、視線をそっとカメラに向けている。


「今日はかなでさんとの配信です。よろしくお願いしますね、かなでさん?」


もこが視線を向けると、かなではゆっくりと瞬きし、無言のまま小さく頷いた。その控えめな仕草だけで、コメント欄がすぐさま反応を示す。


『もこたんとかなでさん!待ってました!』『静と動の対比、楽しみすぎる』『今日も癒し空間確定だな〜』


もこはコメントを読みながら、小さく眉を寄せて口を開いた。


「みんな、最初からそんなに騒いでどうするの?あんまり調子に乗ったらコメント読まないよ!」


わずかにトゲを含んだその言葉に、コメント欄がさらに勢いを増す。


『お、もっと騒げってことだな!!』『もこたんに叱られたい人生だった』『最高!もっと怒って!』


もこは呆れたように頬を膨らませながらも、どこか嬉しそうに息を漏らした。


「もう……本当に仕方ないなぁ」


そんなやりとりを見守るように、かなでは静かに画面を眺めている。わずかに口角が上がり、ほんの一瞬微笑んだようにも見えた。


コメント欄に、それを見逃さなかったファンがすぐに反応する。


『かなでちゃん、今ちょっと笑った!?』『微笑みいただきました!ありがとうございます!』『かなでさんが楽しそうで何より』


かなではコメントをじっと見つめると、ゆっくりと首を傾げるような仕草を見せた。何かを考えるように瞳をゆらめかせ、再び小さく微笑み呟く。


「……楽しいね」

 

もこはそんなかなでの一言を聞き、表情を和らげる。


「かなでさんも、みんなが騒がしくて呆れちゃうよね?」


かなでは一瞬迷うように視線を下げた後、静かにこくりと頷いた。その仕草にもコメント欄は熱を帯びる。


『かなでさんに呆れられてる!?最高です!!』『かなでさんもほんのり塩味なのか!?』


もこは楽しそうにそのコメントを読み上げ、かなでの様子を窺った。


「あー、雑な拾いかたですねー。良く無いですよー。ね、かなでさん?」


かなではゆっくりともこに視線を向け、少し困ったように瞳を揺らし、ふっと息を漏らして曖昧に微笑む。その微かな表情にコメント欄は再び歓喜する。


『困らせてしまったww』『最高に控えめなツンデレありがとうございます』『この二人、相性良すぎだな』


もこは画面を見つめながら、再び穏やかな笑顔を浮かべた。


「かなでさん、ファンのみんなに優しくしてあげましょうか。ほら、今日は特別なんだから」


かなではもこの言葉に少し考え込むような表情を浮かべ、ゆっくりと目を伏せて小さく頷く。彼女の仕草は控えめながらもどこか楽しげで、ファンの視線を惹きつけて離さない。


「……うん、優しく」


『……至福…そして至高』『ス、スパチャ……』『無音さんw落ち着いてww』


もこは再びコメントに目を向け、わざとため息をついて見せる。


「かなでさんが優しくしてくれるからって、みんな浮かれすぎ!で?私には?」


もこがわざと膨れたような表情をする。


『もこたん嫉妬〜ww』『もっと叱って!!』『糖分1000%で甘やかします!』


コメントを見て、もこは軽く口を尖らせながら、しかし瞳には楽しげな色を宿している。


「もう、話聞かないなー。ね、かなでさん。もう二人でお話ししましょ」


そんなもこの様子を横目に、かなでは静かに微笑みながらコメントを追っていた。その瞳は温かく、まるで微笑ましい光景を見守るように優しく揺れている。


『かなでさんももこたんに癒されてるw』『もこ一人対他全員w』『この組み合わせ本当に癒しだなあ』


配信画面は二人の穏やかな空気に包まれ、コメント欄も落ち着いた流れを取り戻していく。


もこはそっと息を吐き、優しい笑顔を取り戻した。


「あ、かなでさん。新曲の振りどうでした?結構いい感じで仕上がってきましたよね?」


「……うん、良くできた」


もこの問い掛けに、かなでは柔らかく頷き、その穏やかな笑顔を静かに湛え続けていた。


『くうぅ!楽しみ!』『良くできたんですね!最高ですかなでさん!』『これは期待!』


もこ主体での会話が続いていく。

──コメント欄は相変わらずの速さで流れ続ける。


『もこちゃん、今日は一段とキレてるね〜』『もこたん、最近ちょっと鋭くない?』『今日もかなで様が尊い……』


もこは画面を見つめながら、微かに眉を寄せた。ファンの言葉はいつもと変わらない。それなのに、もこの胸の中には何故かざらついた感覚が広がっていく。


「今日はみんなの質問にもできるだけ答えていきますね。かなでさんもいるから、何か気になることがあればコメントしてください」


もこが穏やかに問いかけると、コメントの流れが速くなった。


『そういやもこちゃん、最近またツン成分増えてない?』『いや、むしろご褒美だろそれ』『冷たいもこちゃんもすきです』


そんなコメントを目で追いながら、もこは意識せずに少し冷たい声を出してしまった。


「冷たくなんかしてないです。……あなたたちが勝手にそう思ってるだけでしょ?」


言い終えて、自分でも驚いたように口を軽く押さえた。意図していない言葉が口をついて出たことに戸惑いながら、ちらりと横にいるかなでの反応を確認する。


『うお!絶対零度w』『ツンの極みのもこ』『今のはツンを超えて怒』


かなでは静かに画面を見つめ、ゆっくりと瞬きをしただけだった。その表情からは感情を読み取ることが難しく、もこは逆にさらに戸惑った。


「もこ?」


(私、どうして今そんなことを言ったんだろう……?)


胸の奥の違和感は拭えないまま、もこは改めて画面に向き直った。


「あ、ごめんごめん。ただ、今日はかなでさんとゆっくり話したい気分もあったから」


『やば……かわいい……』『今日のもこちゃん、なにその絶妙な感じ』『俺は好きだよそのスタンス』


もこはコメント欄を見ながら、胸の奥がさらに締めつけられるように痛むのを感じた。


(私は本当にこうしたいの?)


その疑問が小さくもこの意識を揺らがせる。いつもなら落ち着いて整えられる感情が、微かに乱れたまま安定しない。


「えっと……でも、みんなが喜んでくれるなら、それでもいいかもしれないけど」


もこの曖昧な言葉に、コメント欄が一気に盛り上がった。


『つまりは認めてくれてるってこと!?』『もこの絶妙な距離感、クセになる』『でもかなでさんとの温度差、激しすぎんか?』


そのコメントを読みながら、もこは再び眉を寄せる。最近、自分の中で言葉と気持ちがうまく噛み合わないことが増えている。その理由が何なのか、彼女にはまだわからないままだ。


ちらりと視線を送ると、かなでは相変わらず静かに画面を見つめている。彼女の透明感のある横顔は、まるで掴めそうで掴めないホログラムのようで、そこに触れることすら許されないような雰囲気を放っていた。


その様子に、もこは小さく息を吐いた。


「かなでさんって……いつもそうですよね。何を考えてるか分からないし、近くにいるのに遠く感じる」


「ん?そうかな?」

かなでが一瞬困惑する。


その言葉にコメントが一瞬、加速する。


『もこちゃん、急にどうした!?』『なんか今日のもこ、やけに詩的』『かなで様への告白かな?』


もこは慌てて手を振った。


「違うの、そういう意味じゃなくて……!」


もこの頬が僅かに赤く染まる。かなでは静かに横を向き、もこに視線を合わせると、ほんの僅かに首を傾げた。


その小さな仕草だけで、コメントが一気に沸き立つ。


『かなでさんの尊さは地球を救う』『その首傾げは反則』『もこたん完全に振り回されてるじゃん!』『なるほど、かなでにツンか。好きすぎだろw』


「待ってください、そういうのじゃなくて!」


もこが弁明するが、それは逆にファンの心を掴んでしまったようだった。


『焦ってるもこ、めっちゃ可愛い』『今のかなでさんの一撃が強すぎた』『これは良いコンビだわ』


もこは再び口を閉ざし、小さく肩を落とした。その表情は困惑したままだったが、胸の奥のざらつきは少しだけ和らいでいた。


(私……何を動揺しているんだろう)


画面を通して無数の視線が彼女を捉える。それぞれの目に映る「もこ」の姿はきっと同じではない。彼女自身すら把握できない微妙なズレと戸惑い。それでもファンたちは、それをもこの新たな魅力として受け入れていた。


もこは小さくため息をつき、わずかに口元に笑みを浮かべる。


「もう……みんな、ほどほどにしてくださいね」


彼女の言葉に、ファンたちはさらに沸き立った。もこはそれを横目に、画面の向こう側の世界を静かに見つめていた。


かなでとの会話はその後はゆったりと続き、いつもとかわらぬ、ぽかぽかとした時間が流れていった。


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【配信を終了します】



────数日後


 

『VR LIVE System シーケンス開始』

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Internet-Musume VR Live start.

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──視界が鮮烈な光で満たされた。


『きたぁぁぁ!!!』『うわ、めっちゃ近い!』『やばい!今日のまりあめっちゃキレイ!』


配信が開始されると同時に、コメント欄が溢れかえる。


ステージに登場した愛坂まりあは、ゆっくりと観客席に視線を向け、小さく手を振った。その動作一つで、VR空間の観客が大きく沸き立つ。


「今日も会いに来てくれてありがとう」


静かに告げられた彼女の言葉は、ひとりひとりの耳元で囁かれたかのように届き、観客席は一瞬のざわめきに包まれた。


『近すぎて死ぬ!』『これ、私に言ったよね!?』『まりあさんがこっち向いてる…!?』


ステージの中央、まりあはゆっくりと手を振り、視線を客席に巡らせた。ステージの光がプリズムのようにきらめき、その輝きは観客の目にそれぞれ違った形で映る。


「ちゃんとみんなのこと、見えてるよ」


まりあの言葉に合わせて、VR空間の観客席がざわざわと揺れ動く。アバターたちが思わず手を振り返し、ペンライトが無数の星のように揺れた。


まりあが微笑む。その微笑みだけで観客の心拍数が上がった。


そして音楽が流れ始める──。


「ファンレター読んでキュンってした」♪


まりあの甘く澄んだ歌声が、空間に広がる。ライブ会場を忠実に再現したVRシステムが、声の響き方までリアルに伝えていた。ステージ前方にはまりあの姿が立体的に浮かび、まるで手を伸ばせば触れられそうなほどのリアリティを伴っている。


せいあが中央に躍り出る。


「『せいあちゃんの笑顔が元気くれる!』って、そんなの、こっちがありがとうだよ?」♪


客席から感嘆の吐息が漏れ、せいあの視線がまた一人、また一人へと注がれる。


『せいあ様に見つめられてる!?』『目が合った…!』『これ絶対レスだよね!?』


観客は息を呑む。彼女の視線の意味が、自分に向けられたものだと信じて疑わない。


メンバーはゆっくりと視線を動かしながら、丁寧にファンを見つめていく。その視線を受け取った観客が、恥ずかしさと喜びを隠せずに身をよじるのが見えた。


「名前呼ばれたらちゃんとレスするよ!」♪


歌いながら、手を伸ばし、まるで誰かを掴むような仕草をする。最前列のアバターが驚いて飛び跳ね、コメントがさらに加速する。


『ちょ、まりあやばすぎ……』『推しててよかった…』『ちぃ様にレスをいただけた……』


光と音の渦の中で、全員が軽やかに動き続ける。観客の目には彼女たちの存在そのものが光を放っているように見える。曲が進むにつれて、観客の反応も熱を帯び、会場全体が眩い光に染まっていく。


「推しが尊いって知ってる?」♪


まりあが圧倒的な存在感を示す。同じパフォーマンスなはずなのに観客は、まりあから目が離せなくなっていた。


歌詞に合わせて、観客は一斉にペンライトが揺れる。瞬間、ステージ上空のスクリーンに無数の光が舞い上がり、光景が幻想的に彩られた。まりあの瞳には、その景色が静かに映り込んでいる。


『これを尊いって言うんだ…』『まりあ推しで良かった…泣ける』『歌詞が刺さりすぎる』


まりあはそんな観客の姿を見て、胸の奥が温かくなる感覚を覚えた。なぜだか分からないが、今日はいつもよりファンの存在がはっきりと見える気がした。


「ライブで目が合ってドキってした?」♪


観客が固唾を飲むのを感じながら、まりあはいたずらっぽく微笑んで続ける。


「ねぇ、それね、わざとだよ」♪


その言葉に観客席が一瞬で沸騰する。


『嘘!?やっぱり!?』『確信犯レス…!』『これがファンサか……』


まりあは一瞬だけ、視線を下げて微笑んだ。その仕草さえも、観客にとっては特別な意味を持つ。彼女の些細な仕草ひとつひとつが、VRという隔たりを超え、確かに伝わっていることを感じさせる。


観客の姿を見ながら歌うたび、まりあの心は静かに高鳴った。ステージに立っていると、いつもより鮮明に感じられるものがある。


──私はただ、ここにいるだけだと思っていた。


でも、それは違うかもしれない。ファンが自分を見つけてくれたからこそ、この場所にいる意味があるのだと気づきかけていた。


「ペンライトの海、キレイすぎるよっ!」♪


歌声に合わせて、観客はさらに激しくペンライトを振った。無数の色彩が交錯し、VR空間ならではの美しい波が広がる。ステージと観客席が一体になって揺れるその景色を、まりあは静かに目に焼き付けた。


「『こっち向いて』って聞こえたから──」♪


ゆっくりと視線を動かし、誰かを見つけるように瞳を凝らした。


「──今すぐ、ちゃんと見つけちゃうね」♪


その言葉が終わらぬうちに、観客のボルテージは最高潮を迎えた。


『見つけてもらったぁぁぁぁ!!!』『もう死んでもいい……』『これがアイドルか……』


ライブはまだ終わらない。まりあは次の曲に備えて息を整える。視界の端では観客の歓声が止まらず、ステージを包み込んでいる。


────


「次の曲、新曲『てのひらプリズム』」

かなでが曲をコールする。

 

かなでの歌声が静かにステージを満たすと、辺りを漂っていた光がゆっくりと色を変えた。まるで手のひらに乗せた宝石が、わずかな角度の違いで表情を変えるように、彼女の周囲に柔らかな色彩が流れ始める。


「スマホの画面に浮かぶ君

 光と影のフィルター越し」♪


まりあが、かなでにそっと寄り添う。

 

何かを掴むように手を伸ばすと、空気が揺れるように会場全体が揺らめき、観客の視線が自然に彼女の指先へと吸い寄せられた。


その指先は、まるで触れそうで触れられない距離にあるものを慈しむかのように伸ばされ、観客の視線はひとりずつ静かにそれを追った。


「僕だけのものみたいに そう思ってたんだ」♪


囁くようなその声が、ほんのわずかなため息とともに吐き出される。その吐息の柔らかさが、聴いている者たちの鼓動を微かに乱した。コメント欄の波が静かに震えるように加速し、無数の「……」が溢れていく。


『鳥肌max……』『まりあ…凄い』『かなでさんの歌声好き通りすぎて…』


そのさざ波の中を、まりあは静かに進んでいく。ゆっくりと、あえて視線を交わすように、一人ひとりに丁寧な眼差しを向けながら。


「リプライの波に揺れる言葉 流れる想い すれ違う声」♪


歌声に重なるように、空間に漂う無数の粒子が、さざ波のように揺れていた。

その粒子は手を伸ばせば触れられそうなほど鮮やかで、リアルな感触を予感させながらも、触れればきっと消えてしまう──儚いきらめきを帯びていた。


メンバーが歩を進めるごとに、足元の光が一歩ずつ波紋を描いて広がっていく。


そこに視線を落としながら、少しだけ微笑みを浮かべるまりあの表情は、穏やかでありながらどこか切なげに見えた。


「触れられない距離にいるのに

 なぜこんなに近く感じるの?」♪


まりあはその問いを投げかけるように、指先を再び前に伸ばした。客席のペンライトが一斉に揺れ動き、アバターたちがその指先に吸い寄せられるように身体を揺らした。


その動きはリアルな熱を帯び、彼女の問いかけに対してまるで「私たちはここにいる」と無言で答えているかのようだった。


「スクロールするたび違う表情

 誰もが君を映し出してる」♪


その言葉を口にした瞬間、まりあの視線が一瞬だけ遠くを見るように揺れた。

記憶を辿るように少し瞳を細め、わずかに息を飲む仕草。その刹那、観客席にいる誰もが「自分の姿がまりあの瞳に映ったかもしれない」と感じた。

そのわずかな動揺に、客席が静かなざわめきを起こす。


『目が合った……!?』『エモいです。エモ過ぎて処理が追いつきません』


けれど、まりあはすぐに視線を戻し、また穏やかな笑顔を浮かべた。まるで何もなかったかのように、優しく再び言葉を紡ぐ。


他のメンバーと同じ、均等な演出。しかし、まりあの完成度と表現は異常だった。他のメンバーを置き去りにするようにまりあのパフォーマンスは柔らかく、そして鋭さを増していく。


「誰かの願う『理想の君』と

 僕が見つめる『今の君』」♪


まりあはゆっくりと息を吸い、ほんの僅かだけ微笑を深くした。それは何かを決意したようにも見えたが、彼女自身が気づいているかどうかは、誰にもわからない。ただ、誰もがその微かな変化を感じた。


「交差する光の中で 一瞬だけ重なった」♪


曲がサビへと向かうにつれて、空間の光がより鮮やかに輝きを増した。その輝きの中、まりあは客席をぐるりと見渡し、はっきりとした声で言った。


「みんな、ちゃんと見えてるよ」


柔らかくも力強いその一言に、アバターたちのペンライトが一気に高く掲げられ、コメント欄も一瞬にして加速する。


『見てくれてるって言った!』『もう無理だ、好きすぎる』『まずい、キュン死してしまう……』


ふわりと微笑み、そのまま歌い続けた。観客の熱を丁寧に受け止めて、それを心地よく返していくように、繊細に感情の波を調整していく。


「僕の手の中のホログラム

 見るたび変わる色と影」♪


その手が、何かをすくい上げるように動くたび、会場の光が微妙に揺れた。まるで彼女の手の中に確かな実体があるかのように。


「どんなに手を伸ばしても 触れた瞬間にすり抜ける」♪


その言葉とともに、手の中の光がふっと消える演出に、客席のアバターたちが息を飲んだのが伝わってくる。まりあはそれを感じ取り、少しだけ視線を優しく落とすと、最後にもう一度、しっかりと客席を見つめ直した。


「輝きの形はひとつじゃない それでも消えない温度」♪


歌い終えたまりあは静かに瞳を閉じ、穏やかな余韻を噛み締めるように呼吸を整える。その間、画面上には絶え間なく感情の波が押し寄せていた。


『まりあのキレが凄すぎて…』『分かる、なんか今日は違う』


まりあ自身には、その違いが何なのか分からなかった。ただ、自分の心が確かに動いていることだけがわかった。


最後にもう一度、まりあはマイクを口元へ寄せて静かに囁いた。


「……ありがとう」


会場を満たしていた光が静かに収束していき、曲が終わった後も、客席の興奮はしばらく収まることはなかった。


──ステージの中央に再びメンバーたちが集まった。柔らかな光が空間を満たし、ゆったりと漂うような色彩が彼女たちの足元を照らしている。


まりあがそっと一歩前に出ると、アバターたちがそれに応えるように揺れ動いた。観客席に浮かぶ無数のペンライトは、彼女たちに向けて柔らかく光を放っている。


「みんな、今日は来てくれてありがとう」


まりあの穏やかな声が響き渡ると、客席からは安堵の混じった歓声が溢れた。


『多幸感を形にするとこんな感じなんですね』『この幸せは俺だけのもの』『いや!俺のだね』『いやいやいや、俺の』『おいw話聞こうかww』


もこが静かにまりあの横に並び、小さく息をつきながら言葉を継ぐ。


「もう!みんな調子に乗って……。でも、そんなみんなが大好きだよ!」


もこの言葉に、再びコメントが勢いよく流れ出す。


『大好きだー!!!』『あ、誰かお医者さん呼んで、もこのせいである病に罹った』『もこFinal Edition。完璧とはこれだな』


かなでは静かに二人を見守りながら、ただそこにいることが、見る者に微かな緊張感と安らぎを与えていた。その神秘的で透明な微笑みに、ファンは引き込まれていく。


『かなでさんも幸せそうでよき』『……。』『かなでさんの癒しは唯一無二』


そんな静かな空気を切り裂くように、ちいかが明るく元気に手を挙げる。


「ちょっとちょっとー! 今日は楽しいライブだよ?みんな盛り上がってくれてるー!?」


ちいかのストレートな問いかけに、客席のアバターたちが元気よく跳ね上がり、コメントも爆発的に増え始めた。


『うぉぉー!盛り上がっております!』『ちぃちぃてぇてぇ』『無敵に楽しませていただいております!』


その横でせいあが冷静に、しかし温かな眼差しでファンを見つめ、静かなトーンで言葉を紡いだ。


「今日は特にみんなの気持ちが伝わってきました。ちゃんと、一人ひとりの姿が見えてますよ」


せいあの落ち着いた優しさが伝わると、コメント欄は静かな感動で埋まっていく。


『拝むしか無い』『聖楡木様…お導きください』『あ、お布施、お布施はどこに払えば?』『配信でスパチャしとけやw』


それぞれのコミュニティが盛り上がる長友、まりあは静かに瞳を動かしてコメントを眺めていた、書き込まれる一つひとつの言葉が、自分に語りかけているような、不思議な感覚が胸を満たしていく。


「……なんだか、不思議な感じ」


まりあの呟きは小さく、他のメンバーにも届かないほどだった。しかし、コメントの波は敏感にそれを拾っていく。


『まりあ、どうした?』『なんだなんだ…?』『俺もなんでこんなに尊いのか不思議だよw』


まりあは胸の奥に湧き上がる何かを言葉にしようとしたが、うまくそれを捕まえることができなかった。ただ、小さな戸惑いと、それを包み込む優しい気持ちだけが心に残っている。


もこはそんなまりあの様子を敏感に感じ取り、わずかに考え込んだが、それを観客に悟らせることなく、自然な微笑みを見せる。


「みんな、まだ終わりじゃないんだから。最後までちゃんと楽しんでいってよね?」


『はい!(敬礼)』『全力で楽しみますとも』『今日のライブ終わってほしくない…』


なちが再び元気よく飛び跳ねるようにステップを踏み出す。


「そうそう!まだまだ行くから!最後までしっかりついてきてねー!」


みあが軽く頷き、静かに微笑んだ。


「次の曲も、きっと気に入ってもらえると思います」


「今宵の舞踏会も最高の宴になりましたわ」

 

あまね変わらず静かな笑みを浮かべ、会場全体を見渡すようにゆっくりと視線を巡らせた。その静かな仕草だけで、会場の空気がふっと和らぐのを感じた。


「我が軍勢たちよ!その力を解放せよ!」


まりあは小さく息を吸い、胸の奥に残った不思議な感覚をそっと飲み込んだ。そして、穏やかな表情で観客席を見つめた。


「次が今日の最後の曲です。私たちがここにいること、その意味がみんなに届きますように──」


まりあの言葉に、ファンが息を飲むのが伝わってくる。会場全体が静かな期待に包まれた。


まりあはゆっくりと視線を上げ、柔らかな声で最後の曲を告げる。


「──聴いてください、『pingから始めよう』」


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『VR Live Systemを終了します』

 

 

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