独身冒険者♂がペット♀を飼い始めると結婚できないらしい

しのだ

第1話 きっとこの時から始まっていた①

 勇者や英雄に憧れ冒険者になっても、一人前になるまでに6割が諦め1割は死亡する。

 残った3割はそれだけでも十分優秀なのだが、更に強いモンスターと戦えるかは別の話だ。


 毎日適当にボアやディアを狩り、ギルドに素材を買い取ってもらい金を作る。その金でサソリ亭という宿屋兼飯屋でたらふく食べて寝る。


 冒険者として大した功績はないが、熟練の技と勘を使い1人で狩りができてしまうので安定した職に就かない奴がそれなりにいる。


 俺もそんな冒険者の1人だ。


 こんな奴の最後なんて狩りの最中に狩られるか、大きな怪我をして稼ぐことができず飢えるかだ。


 不安定な収入、危険性もあり、怪我もする。結婚するには不利な条件がそろってる。

 むしろ結婚してるやつの方が珍しいぐらいだ。


 安定と結婚を求めて冒険者を引退して他の職に転職するやつもいるが、転職できる奴はかなり優秀。ほとんどの奴は狩り以外できることなどない。


 狩りなんて本当はしたくないけど、40を超えた歳になって1から畑を耕したいとは思わないし、誰かにこき使われる仕事がしたいわけでもない。

 狩りに人生かけてるような雰囲気で狩人まがいをしているのがちょうどいい。


 楽しみと言えば、当面の生活費を除いて余った金でギャンブルをして勝てば女を買い。無くなったら奴隷市場めぐりをして自尊心を保つのに躍起になる。


「今日もダメか。嫁がいればなぁ……」


 最近ギャンブルをしたあとの決まり文句のようになっていた。

 項垂れながら外に出ると声をかけられる。


「ツナシ!やっぱりダメだったのか? 入る時はあんなに自信があったのにな」


「うるせぇ!」


 ツナシは俺の名前、変な名前だから知らない奴にまで覚えられている。

 声をかけてきたのはギャンブル場の出入り口で見張と案内をしているゼラバスだ。

 顔見知りになりすぎた。


「金は無くとも元気はありそうだな!」


「たまには負けてやらねぇとここ潰れちまうだろ」


「そりゃそうだな」


「くそっ!2度とくるかこんなところ!」


「またのお越しを!」


 どんなに暴言を吐いたところで可哀想な奴の強がりにしかならないのは分かっているが、負け続けていると言わないとやってられない。


「……行くか……」


 自分より惨めな奴を見て、俺はまだマシだと思いたいがために今日も奴隷市場へ足を運ぶ。


 これから向かう先は夜にだけ開かれる裏の奴隷市場だ。

 

 森の中にあったり、広い荒野のど真ん中にあったりと、場所は様々だが共通点としては国境が曖昧になってる場所だ。


 そのような場所は取り締まりが難しい。

 

 それを知っているからこそ夜にだけ集まり、日の出前に散っていく奴隷市場なのだ。


 集まる奴隷は正規の奴隷もいるが、ほとんどは正規の手続きを踏んでない不正奴隷。


 正規の奴隷は基本的に首輪や腕輪などの専用の魔道具による奴隷契約がされている。

 愛玩奴隷や奉仕奴隷は後々奴隷解放となった場合、奴隷としての傷が残らないようにするために配慮されている。

 戦闘奴隷は刻印を体に施すことになるが、専用の魔法でしっかり消えるようになっている。


 正規でない奴隷の奴隷印は、焼印の場合が多い。

 抵抗しても確実に印をつけることができるし、簡単には消えることがない。

 焼印であることを知られないように、目立ちにくい場所に奴隷印があることが多い。


 裏の奴隷市場には、そんな奴隷たちがたくさんいるのだ。


「旦那、今日もきたのかい? お目当てはどの奴隷だい? 入札だけでもしていきな」


「見てるだけだ、気にしないでくれ」


 買う気はない。

 気休めに見にきてるだけなのだから。


「とは言ってもね、昨日も、一昨日も、そのまた前の日も来てたね。同業者でもないのにそんなに顔を見る客は何か探してるのかと思いたくもなるもんだ」


「……」


「奴隷落ちした肉親でもいるのかい?」


「いや、おれに家族はいない」


「だったらアレか? 亜人種なんかの変わり種の奴隷を探してるとか?」


「違う違う、本当に見てるだけなんだ構わないでくれ」


「そうかい、そういう事にしとくか。何かあれば声をかけてくれ。ここの市場じゃそれなりに古株だから教えてやれることは多いぞ」


「あ、あぁ。用があればこちらから声をかけるさ」


「わかった、わかった。じゃあの」


 ひらひらと手を振って去っていく奴隷商人を見届けて、また奴隷散策に戻った。


 ここの奴隷購入は基本的にオークション形式で、市場が終わるまでに高値をつけた奴が購入の権利がある。

 焦って買うこともないし、じっくり他の奴隷も吟味できるが必ず買えるとは限らない。


 ただ金がない今の俺には関係ないことではある。


 奴隷市場をとりあえず一周したかなというところで、檻積んだ馬車が入ってくる。


 後から来ることはよくあることなのだが、その周囲が騒がしくなった。


 珍しい奴隷らしい。


 気になるのでその人集りに入っていく。


 手は拘束され、足には重りが付けられている。


「あれは、犬人族……じゃない。狼人族の女の子か?」


 ウルフ系の血を引く亜人種は戦闘にも向いているし、女で見た目が良ければ愛玩としても売られる。


 今回ここに来た狼人族の毛色が銀色で、瞳は青く、顔立ちの美しさも相まって高値が付くのは間違いない。 


 だが問題もあるようだった。


「おい! そいつに奴隷契約はしてあるのか!?」


 近くで見ていたおっさんの1人が奴隷商人に尋ねている。

 俺も含め何人かは奴隷印も、専用の魔道具もないことに気がついていた。


「いいえ。ありません。落札者に直接奴隷契約をしていただきます。奴隷印などでこの体に傷をつけたら価値が下がってしまいますからね」


 珍しい個体というだけでも価値があるのに、美しく若い女となれば更に数倍の価値になる。


「こいつは、奴隷になることに承諾してるのか?」


 矢継ぎ早に質問が飛ぶ。


「ええもちろんですとも! そうですよね?」


 奴隷商人の同意を求める言葉をうけ「はい」と小さな声で返した。


「笑顔でお返事できないと良いご主人様とは巡り会えませんよ」


 俯くだけでもう返事はない。


「他にご質問はないですか? ないようでしたら最低落札価格の提示をさせていただきます」


 その価格が商品の価値とも言えるし、入札したい奴はそのオークションの参加に参加できるかどうかになってくる。


 毎日のように奴隷市場に来ている身としては、どれくらいの値が付いているのか興味本意で知りたくなってしまう。


「ただいま金貨2500枚からとなっております!!」


 一瞬の静寂の後にざわつきが広がるのがわかる。

 俺でさえ高過ぎると感じた額だ。


 高いと言われる奴隷で金貨300枚が相場だ。珍しさを加味しても金貨400枚から500枚がいいところ。

 提示された額は予想の5倍。


「お高いと思われた方も多いかと思いますが、奴隷市場を跨いでいますのでここでの最低入札価格は現在の最高入札額でもございます。3日後またこちらの市場に顔を出しますので購入希望者は入札の準備をお願い致します。ただ更に高額になっている場合もございますので、その点はご注意下さい」


 一晩で購入者を決めるのではなく、複数の奴隷市場を回ってより高い購入者を探すやり方だ。

 あの狼人族でガッツリ稼ごうってことなのだろう。入札までの猶予があればそれだけ多くの者の耳に入る。貴族が欲しがりでもすれば金額は跳ね上がる可能性もある。

 相場の数倍の価格になっているあたり、既に仲介役を挟んでどこかの貴族が入札してるのだろう。


「平民には最初から相手する気ねぇってことか」


 俺には用がないとわかったので俯く狼人族を横目にいつもの奴隷市場散策へと戻った。



♢♢♢



 冒険者の朝は早い。

 どんなに奴隷散策でどれだけ夜更かしをしても、日の出前には目が冴える。

 狩人の真似事をしているのでやる事は意外と多い。

 

 夕飯が豪華になるか、そして女を抱けるかは今日の狩りにかかっている。


「最近負けてばかりだからなぁ、たまってんなぁ」


 今日こそはと意気込んで町をでて森へと向かった。


 その意気込みのせいか普段よりもずっと森の奥へと入っていた。

 当然危険性が高まるし、強いレアモンスターとの遭遇率も上がる。

 

 勝手に決めつけていることだが通常の動物とモンスターの違いはギルドが討伐対象や買取対象にしているかどうかだと思っている。


 ただのウサギはギルドじゃ買い取ってもらえないので動物。ホーンラビットは買取対象になっているのでモンスターになるといったぐあいだ。

 

 小さな水辺を見つけたので休憩がてら獲物を待ち伏せることにした。

 

 複数の足跡からみてボア系やディア系のモンスターが立ち寄る確率が高い。


 じっとしているだけでも集中だけは切らさない。


 遠くの茂みでガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえてくる。

 

 隠密のスキルを使用し、気配を消して音のした方をジッと見つめているとまたガサガサの音と茂みが揺れるのを確認する。


 蛇かトカゲのような動物かと思うが、茂みを揺らす範囲が大きい。


 大蛇のようなモンスターは毒を持っていたり麻痺を使ってきたりするので相手をしたくない。


 こちらに気づかずに去ってくれること願いじっとしていたのだが、徐々に近づいてくるのかわかる。


 風を読み違えたかと思ったが俺がいる位置が風下。それでもこちらに近寄ってくるのは偶然なのかわからない。


 ある程度近づいたところで、全く動かなくなる。


「にく……肉のにおいー」


 ぐぅぅぅう


 と声とともに響く腹の音。


 茂みにいるのがモンスターではないことが分かった。


「おい! そこにいるのは誰だ!! 出てこい!!」


 隠密スキルを解いて隠れたまま話しかけることにした。


「肉、肉持ってる?」


 女の声だが、罠かもしれない。警戒はそのままにゆっくり立ち上がる。


「俺はハキザの町から来た冒険者のツナシだ。 名を名乗れ!」


 茂みからこっそり顔を出したのは亜人だった。


「あたしは……レンカっていう」


「その耳、犬人か? 狐人か?」


 這っていたせいなのか、全身泥だらけで種族が判別できない。


「違うよ! 一緒にしないで!」


「じゃあなんだ?」


「……お、お前には教えない!」


 犬でも狐でも狸でもいいとして話を続ける。


「こんなところで何をしている」


「食べ物探してた……。ずっと木の実とかキノコしか食べてない。でも肉の匂いしたからそれ追っかけてきた!」


「自分で捕まえて食べたらいいだろ」


「あたし狩りが下手だから、いつも妹のマタパちゃんに狩りは任せてたら……でも……」


 急に目に涙を溜めて、声を詰まらせて今にも号泣しそうな雰囲気をだしてくる。

 辛い事があったのは容易に想像がつく。


 俺にできる事はこいつに干し肉を分けてやる事ぐらいだ。

 こうなってしまうと警戒も何もない。


「ほら、これ食って元気だせ」


「肉! ツナシはいい人族だな!」


「お世辞はいいから、よく噛んで食えよ」


「うん!」


 この干し肉の匂いだけを辿って俺に近づいてきていたのかと思うと正直凄いと感心してしまう。


「俺が風下にいたのに、よく匂いがわかったな」


「狼人族の鼻の良さは、人族なんかよりもずっとずっと良いんだから!」


「ん?」


「あっ、今のなし!」


 珍しいと言われる狼人族を二日連続で見たのは初めてだ。


「昨日も奴隷市場で狼人族を見かけたから、珍しい事あるもんだと」


 ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!


「よく噛めって言っただろ。ほら水飲め」


 水袋を取り出し飲ませてやる。


「どうだ? 大丈夫か」


「ツナシ! 昨日の夜あの奴隷市場にいたの?」


「銀の狼人族の女を見たぞ。瞳の青が綺麗な狼人だった」


「それは妹のマタパちゃんだ! 瞳の青は一族でもあたしとマタパちゃんしかいない! 悪い人族に捕まったんだ。だからずっとあの奴隷商人たちを追っかけてたんだけど遠くから様子を見ることしかできなくて……」


「大変だったな。これから頑張って生きていけよ」


 スッと立ち上がりサッと立ち去ろうとすると、ガッチリ腕を掴んでくる。


「待ってよ! ここまで話聞いたら一緒に助けてやるって思うでしょ?」


「思わねぇーよ。親とか他の狼人族に助けてもらえよ」


「出来ないよ。両親は何年か前に病で死んじゃったし、その病が原因かであたしとマタパちゃんは村から追い出されたから」


「んーー。助けるってどうする気なんだ?」


「隙をついて奪えばいい!!」


「馬鹿か? 奴隷商会を敵に回すなんてできるか!」


「じゃあ、オークションでツナシがマタパちゃんを競り落として。お金は後でなんとかして返すから!」


「無理だ。2500枚の金貨なんて俺が持ってるわけないだろ」


「じゃどうするの! 指咥えて見てろってこと?」


「最後ぐらいオークションの最前列で見届けてやれ。俺にお前の妹を助ける策はない」


「ツナシは悪い人族だな? 肉を食わせてあたしを騙したな!」


「はいはい、悪かったよ。だからその手を離してくれ」


 異様に強い握力のせいで、手を振り解けない。


「もう用は済んだだろ? 手を離してくれよ」


「マタパちゃんが奴隷だなんてやだよぉぉぉお」


 とうとう泣き始めてしまった。もう干し肉ではなだめられそうにない。

 しかも泣き声が大きくてここらへん一帯では狩りは無理になってしまった。


 もう一度レンカの前に座り直し話だけでも聞くしかない。


「なぁ、妹のマタパちゃんは、どういう人だったんだ?」


「……ヒクッ、ヒクッ……マタパちゃんは綺麗で」


「そうだな」


「優しくて」


「そうか」


「あたしの面倒みてくれて」


「そうか、そうか」


「でも、最近は『レンカお姉ちゃんも20歳になったんだから身の回りの事は自分でやりなよ』って小言を言ったり、『私はレンカお姉ちゃんのお母さんじゃないんだよ』って不吉なことを言ったりしてあたしの平穏な生活を脅かそうとしてくるときもあった……」


「そう……か??」


「マタパちゃんがいれば他に何もいらないのに」


「おい、待て。マタパちゃんいくつだ?」


「マタパちゃんは16歳だよ。カワイイカワイイ妹! もしかして助けたくなった? 助けてもあげないよ!」


「なぁ、マタパちゃんも強いんだよな」


「狼人族のポテンシャルは人族の白銀級冒険者と同じくらいって聞いたことある。白銀級ってのは強いんでしょ?」


「冒険者なかでも一目置かれる存在だ……」


「マタパちゃんの強さは狼人族のなかでも抜きん出てるから、強いよ!」


 身内自慢で誇張があったとしても、人族のレベルで言うなら80レベル以上はあるかもしれない。


 そう考えると、疑問が湧いてくる。


 昨日見かけた姿がおかしい。

 手足の拘束や重りは一般的な人族用の物だ。それじゃ、拘束するには足りない。


 本当にあの場に望んで立っていたと考えないと辻褄が合わなくなる。


「レンカ、マタパちゃんのこと助けたらどうするんだ?」


「え? 今まで通り普通に暮らすよ」


 こいつの普通は、マタパちゃんに狩りも身の回りの世話もしてもらうことに決まっている。


 姉を世話する生活から離れ、姉の自立を強制的に促すために奴隷を希望していると見た方が納得がいく。


 既に相場の5倍ぐらいの値が付いてる時点で、貴族や豪商などの元にいくのは確実と言っていい。

 容姿も年齢も問題ない。奴隷と言っても破格の待遇で迎えられるのが決まっているようなものだ。


 もし本当に奴隷になるのが嫌で逃げたいのなら、いつでも逃げる事ができるのはわかる。

 まだマタパちゃんは誰とも奴隷契約していないのだから、手足の枷を力任せに壊して奴隷商人程度が相手なら取るに足らないだろう。


「レンカ、俺はマタパちゃんを助けることはできない。ごめんな、わかってくれ」


「やだーー!! やーーだーーー!! まだ何もしてないのに諦められないよ!!」


「マタパちゃんが、優しいご主人様と巡り会う事ができるよう祈ろう」


「うううー。そんなー。これからどうやって生きていけばいいのーー」


「まぁ、これからのことならじっくり考えればいい。レンカの人生なんだからな!」


 レンカの手が緩むのを待っているのだが、むしろどんどん強くなってくる。

 俺が全力を出したところで振り解けるイメージが湧いてこない。狩りがまともに出来ない狼人族のはずなのにステータスは俺よりたぶん上だ。


「あたし、1人になっちゃった」


「大丈夫、生きてりゃいつかマタパちゃんにまた会えるさ」


「多分この先ずっと会えなくて、木の実とキノコを死ぬまで食べ続けるんだ」


「でかいキノコならジューシーで肉ぽいぞ」


「そんなの肉じゃない! マタパちゃんが狩ってくれたキングディアの肉がいい!!」


 駄々をこねるたびに握力が俺の腕をギュッギュッっと締め付ける。


「おい! 手を離せ! 腕が折れる!!」


「やだ! 離したら、どっか行っちゃうでしょ!」


「当たり前だ。一緒にいる理由などないだろ」


「あるよ。あたしが寂しいもん」


 こいつは第二のマタパちゃんを探している。自分の世話をしてくれる人を今まさに探している。


「お前、そんなこと言っていると悪い人族に捕まって売り飛ばされるぞ」


「それは嫌! 奴隷になったら、毎日主人の靴を磨いてピカピカになるまで綺麗にするんでしょ? そんな一生絶対に嫌!!」


「靴磨きだけでそれだけ嫌なら自分で何とか生きていけ」


 奴隷に対するイメージが偏りすぎている。いったい誰から聞いた知識なのか気になるぐらいだ。


「そんなぁ、1人じゃ無理だよ。もう木の実とキノコは飽きたよ。マタパちゃんを助けてとは言わない。せめてあたしを助けてよ」


 更に腕を掴む力が強くなる。暴力を使った脅しのようなものだ。


「わ、分かった。じゃ、取引だ。取引」


「取引?」


「俺はお前が1人で暮らせるように力を貸す。その間お前は俺に利益になるものを差し出せ」


「んー……」


「金も持ってそうに見えないもんな」


「うん、お金持ってない……」


「何もないならこの話もなしだ」


「あ、分かった! ツナシの子供産んであげる! 子供は宝っていうし、あたし未だ1人も産んだ事ないけど体は健康だし、人族との子でもあたしは気にしないよ」


「ば、馬鹿かお前! 子供は結婚した夫婦が作るもんでな——」


「え? 別に結婚しなくても子供は作れるよ。知らないの??」


「知ってる。それくらい知ってるが、そうじゃない。父親と母親が俺とレンカってことになるんだぞ」


「あたしが母親になるのが嫌ならツナシ1人で育てればいいし」


「それじゃ子供が可哀想だろ!」


「なら一緒に育てよ!」


「そうだ……違う! そうじゃない!」


 いつの間にか子供を作って育てる話になっている。


「え、もしかして子供嫌いだった?」


「まあ、落ち着け。人族にとっての子作りと亜人族の子作りを一緒にしないでくれ。人族にとっては出会ってすぐにする話じゃないんだ。もっと時間をかけて順を追ってお互いを理解して子作り云々の話になるんだよ」


「人族って面倒ね」


「だから、子供を産むことは取引にならない」


「なら順を追っていけばいいって事じゃない? まずは何から始めたらいい?」


 異様なまでにグイグイくる。

 本当に1人で生きていく事が不安だから、藁をも掴む勢いで俺の腕をガッチリ掴んでいるのだろう。

 俺の腕が折れるのが先か、レンカが折れるのが先かになってきた。

 仮に腕を追って逃げたところですぐ捕まりそうでもある。

 もう、俺が折れるしかないのかもしれない。


「……お前の家は?」


「一緒に住もうよ!」


「家はあるんだな?」


「あるある。小さいけど」


「そこに俺が住んでお前を飼ってやる」


「飼う? あたしの家なんですけど!」


「宿代を払う代わりにお前を躾ける」


「しつける!?」


「そうだ」


「んー。思ってたのとちょっと違うけど一緒に住めるならいいよ」


 しばらくは宿代を気にせず過ごせると考えれば悪くはない。


「よし、とりあえずは水浴びだ。泥だらけな体をどうにかしろ」


「んふふ。わかったわかった。もう、えっちなんだから、のぞいちゃダメだぞ!」


「仮に覗かれても文句言える立場じゃないかな」


「何よそれ! 理不尽すぎるじゃない?」


「ペットの躾は主人の役目だろ」


「だ、誰がペットだ!! あたしはペット扱いは嫌だからね」


「大人しく言うこと聞いといた方がいいぞ」


「あぁ!マタパちゃん。変な人族に頼ることなっちゃったけどお姉ちゃん頑張るね。早く1人でお金稼げるようになってマタパちゃん取り返すからね」


 本気で取り返して老後の世話でもしてもらう気なのか、マタパちゃんも変な姉を持って大変だ。


「家まではここからどれくらいだ?」


「えっと、えっと、歩いて2日ぐらいかな。近くにヤミノメズって村があるけど寄らずに森の方にいく感じ」


「遠いな。一度町に戻って準備してからになるぞ」


「そう言って逃げる気でしょ?」


「逃げたところで追ってくるだろ? その鼻厄介すぎる」


「うん! もう匂い覚えた!」


「なんてこった」


「ツナシはいい人族だね」


「おだてても優しくはしない」


「はいはい、あたしは水浴びでもしてまってるから!」


「準備したらまた来る。昼過ぎぐらいになる」


「わかった!」


 やっと腕を離してくれた。

 手の痕がくっきりと残る。マーキングのようで恥ずかしい。布を巻き、隠してごまかすので今は精一杯だ。


 レンカとは一度別れて町へ戻り世話になっていた宿屋の主人に礼と、もし俺を訪ねる奴がいたときようにヤミノメズの村に向うことを伝えておいた。


 2日分の食量と今後必要になるであろうスクロールやらポーションやらを買っておく。

 

 やっぱりレンカとは合わずに違う町へ逃げようかとも思ったが、一度飼うと決めたペットを外で放置するのは俺の中にあるわずかな良心が消えてしまう気がして思いとどまった。


 森に入るとまだ待ち合わせの場所ではないのに声を掛けられた。


「ツナシ、やっと来た! 遅いよ!」


 声はレンカの声だったのだが声の先にいたのは、銀の毛色の狼人族。奴隷市場でみた狼人族と似た美しさがある。


「ん? どうしたのー?」


 こちらが固まっているとトトトっと駆け寄ってくる。


「レンカだよな?」


「そうだけど、あたしに見惚れたか?」


 多分見惚れていたのかもしれない。最初に会った時は全身泥だらけで毛も顔も汚れていてじっくりとは見ていなかった。


 水浴びして泥を落としただけで別人のようになっている。


「ち、違う。急に声をかけられたから驚いただけだ」


「そっかー、残念。見惚れてくれたら子作りもできるかもって思ったのに」


「馬鹿言ってないで行くぞ」


「でもちゃんと来てくれたんだね。もし、どっか行っちゃったら明日からキノコかぁなんて思ってた」


「俺は約束事は守る男だからな」


「うん!そうだね、嬉しい!!」

 

 ニコッと微笑む顔を直視しないように顔を背けて気を取り直す。


「ねぇ、荷物少なくない? さっきと変わらずそのバックだけでいいの?」


「こいつはアイテムバッグだ。収納のアビリティと重量軽減のアビリティが付与されている」


「何それ?」


「要はたくさん物が入るし、入れた物の重さは軽くなる魔道具だ」


「便利なものがあるんだね。あたしにもちょうだい」


「自分で買え。こいつは冒険者をまだ真面目にやってた時に、金貯めて買った物なんだ。人にはやれん」


「思い出があるならいらないよ。怨念とかも詰まってそうだし」


「そんなものはない」


 出発する前に持ち物をもう一度確認し、覚悟を決める。


「道案内は任せていいよな?」


「いいよー。今からだとリポニ渓谷までは行けるかな。そこで野営しようよ」


「分かった、それでいい。レンカが前、俺が後ろだ。森の中で声が出せない時の合図は右手、俺は背中を軽く叩くからな」


「なんかそれ、わくわくするね!」


「遊びじゃないんだ」


「わかってますよー。でも任せて、あたしの鼻はそこらの動物よりずっとすごいんだから。気づかれる前に気づけるよ」


「狼人族様々だな。頼りにさせてもらう」


 森の中や山の中を進む場合の最大の敵は視界の悪さだ。目にだけ頼ると、不意の遭遇を避けられない。動物ならまだいいが、危険なモンスターに対応が遅れると命を取られかねない。


 探索系統のスキル持ちが居ればかなり安全にはなるが、俺たち2人にそれはない。


 それでもアイテムバックに入った肉の匂いを風上から探せる嗅覚は、通常の鼻の良さを通り越して何らかのスキル持ちと言っていい。


 しばらく進むと言われた通りレンカの右手が待っての合図をする。


 その場でしゃがみ小声で話す。


「何かいたのか?」


 正直俺にはわからない。


「多分ブルーベア。雄だね。大きいよ」


「どこだ?」


「右の方、500歩先。このまま進むと遭遇しちゃう」


「それ見えてないだろ?」


「目では見えてないよ。鼻と耳で感じてる。ここで前を通り過ぎるのを待とうよ」


「あちらさんには気づかれないよな」


「動かなければあたしたちに気づくのは無理だと思うよ」


 この圧倒的な索敵は、狩りなんかできなくてもそれだけで稼げるんじゃないかと思わせてくれる。意外と頼れることに感心した。

 

 じっと待つ間、レンカの後ろ姿を見ていた。


 大きな耳に銀髪の長い髪、銀の毛色のもふもふの大きな尻尾。

 陽の光が当たるとキラキラ輝き神々しささえ感じる。不摂生をしていたとは思えない。


 思わず手を伸ばしたくなる気持ちをグッと抑える。


「そのまましゃがんでてね」


 レンカは立ち上がり、周りを再度確認してくれる。

 右手の合図は無いようなので、俺も立ち上がるとレンカが振り向く。


「ねぇ、さっきどこ見てたの?」


「ん? 周囲を警戒してだな」


「ほんとにー? 動いてる気配なかったからあたしのこと見てるのかと思った」


 気配を読んでたのか、お得意の鼻のおかげなのか知らないが余計なところに気がまわりすぎる。


「それは自意識過剰だろ」


「でもでもカワイイ尻尾でしょ。自慢なんだよねー」


ふりふりと腰の動きに合わせてふわふわとなびく尻尾に手が伸びそうになる。


「わ、分かったから、進むぞ」


「ンフフッ! 撫でたい時はいつでも言って! 安くしとくよ!」


「ペットが飼い主から金取るとはいい度胸してるな」


「ペットじゃないもーん」


「ほら先に進むぞ、警戒怠るなよ」


「分かってるよー」


 それからリポニ渓谷までは遭遇もなく日が沈む前に到着する事ができた。



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当方文章書くの初心者ゆえ勘弁申し上げます。


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