終章 第三話 夜の砂漠に咲く大輪の花

1.

 フウセンはカジカのようなキャラクター性を持たない。Y子のように突出した能力もない。

 けれど、けれど――。

『さぁ決闘だ!』

 商店街の大通りで距離を取って向き合う。お互いライフは全快。遺留品や補給ボックスでアイテムを補充している。

 カジカは《重装銃兵》。スナイパーライフル、グレネードランチャーを外し、イワナのアサルトライフルを装備している。

(Y子ちゃん……)

 じりじりと減っていくライフバーを見つめる。彼女はきっと苦しんでいる。

「うん……勝負だ!」

 フウセンは笑わなければならない。だってY子の推しだから。

『ふひひひひ』

 アサルトライフルが天に向けられる。こちらもマシンガンを上に向ける。


 ――決闘開始。


『行っくぞ~』

 カジカが斜めに移動しながら【セルフアジリティアップ】を発動。

 フウセンはマシンガンをばらまく。

『ふひひひっ』

 カジカが《軽装剣兵》にチェンジ。【高速ダッシュ】。マシンガンの弾幕を抜けられる。

『よいしょお!』

 【双剣舞踊そうけんぶよう】。両手に装着した光学式ブレードがフウセンを切り刻む。

「くっ!」

 【高速バックステップ】で最後のフィニッシュを何とか回避する。

 すぐにマシンガンの反撃。

『いたたたたた、てぃ!』

 【キャストスラッシュ・ツイン】。二つの斬撃エネルギーが光学弾をかき消しながらフウセンへと迫る。

 回避しきれない。一つをくらってしまう。

 カジカが《重装銃兵》にチェンジし、アサルトライフルによる追撃。

 フウセンは【バリアダイブ】で街路樹へ避難。急いで【キュアドローン Lv.4】を使用。

 強い……やっぱりゲーマー、VTuberとしての素質は彼女に敵わない。

「あはっ」

 笑みがこぼれた。

『お? どうしたフウフウ?』

 ジャカッ、とリロードしながら問いかけてくる。

 フウセンもリロードしながら答える。

「やっぱり……憧れちゃうなぁ、って」

 フウセンは彼女に敵わない。だからちょっとだけ苦手で、けっこう羨ましい。

 だからこそ憧れて、彼女とも一緒に走っていけるのが

『……ボクは君のそういうとこ、凄いと思うけどな』

「そういうとこ?」

『なんでもない』

 くすりと微笑み、意気揚々と問いかけてくる。

『ど~するフウフウ? 大舞台での初勝利さ、ボクけっこー欲しいんだよね』

「ふふ。わたしもすっごく欲しい!」

『だったら?』

「うん! 競争!」

 一緒に走る。おいてかれないように。追いつくように。遥か遠くまで届くように。

『じゃ、さいかーい』 「うん!」

 街路樹から出る。待ってるだけじゃあ何も掴めない。

 アサルトライフルの連射。前転回避。転がって、土にまみれて、それでも前に走りだすのがアイドル。


「あはは!」 『ふひひ!』 

 ――もちろん笑顔で!


 マシンガンをフルオート。カジカがごろごろと連続前転。こちらを追い越し、振り返りざまにアサルトライフル。

「いやどこ狙ってるの!?」

『ありゃ。ヤマブキ先生直伝のウルテクが』

「びっくりしたけど! あはは!」

 誰にも見向きされなかった時も、冷たい言葉に撃たれた時だって、こうしてじゃれ合いながら進んできた。

 でもやっぱり彼女の方が上手なステップで踊る。


 ――弾倉のエネルギーが尽きる。


『もらい!』

 カジカが《軽装剣兵》の必殺技【青龍乱舞せいりゅうらんぶ双頭そうとう】を発動。


「まだだよ」

 ――技は挙動が決まってるから、対処法さえ覚えれば……。

 カジカの好みをフウセンはわかっていた。


『なにゅ!?』

 左、右、後ろ、右、右――。

 大事な仲間の夢は3Dライブ。今から踊りの練習だってしている。

「Y子ちゃん――」

 ずっと支えてくれた大事な人。

 この舞台まで連れてきてくれた本当に凄い人。

 抱きしめたいぐらいの弱さを抱え、眩しいぐらいの強さを秘めている素敵な友達。

「借りるよ」

『ぬああ!?』

 《衛生兵》にチェンジ。ハンドガンを構える。

 フウセンにとってもY子はだ。


 ヘッドショットを二発――しかし吹き飛ばされる。


『なんちゃって!』

 動揺はフェイク。

『ちゃーんと見てるよフウフウのこと!』

 カジカは必殺技の終了後、即座に《重装銃兵》にチェンジしていた。

 回避を選ばずに《重装剣兵》の必殺技【戦象せんぞう豪脚ごうきゃく】を発動。アサルトライフルの銃床じゅうしょうを地面に叩きつけ、周囲に衝撃波を発生させた。

 ライフがレッドゾーンに突入する。 

(まずいけど……かなり嬉しい!)

 憧れの彼女もフウセンのことを見てくれていた。


『最後の勝負だぁ!』

「負けないよ!」


 カジカがアサルトライフルを構える。銃とパワードアーマーにエネルギーが迸る。

 フウセンもとっておきのアクティブスキルを発動。

(集中――集中――Y子ちゃんのように!)

 ねだって詳しく聞き出していた。〈レジェンド〉が見ている世界を。

 共感性と合理性の極地。色のない『線の世界』。

 カジカが【フルバースト・ジエンド】を発動。強化された光学弾が高速で連射される。


 呼吸を読む。

 ずっと追いかけている彼女の呼吸ならわかる。

『なぁぁぁぁ!?』

 ――一本の『線』が視えた。


 きっと彼女のいる世界は遥か遠い。それでも少しだけ踏み入れた。

(寂しい世界なんだとしても……あなたがそこにいるなら、わたしも行きたいな)

 エイムのコツは『線』と『線』を合わせること。


 憧れを真似、憧れを追いかけ――【チャージショット・ラストエンド】。


『ぎにゃああああ!!!!』

 幾度も敗北した相手のライフが0となる。

 ずっと追いつけなかった相手に、ようやく手が届いた。


『あ~……やっぱりフウフウは凄いアイドルだなぁ……』

 ばたりと倒れたカジカがぽつりと呟く。

 いつの間にか止めていた息を吸ってから答える。

「カジカちゃんこそ、だよ。イワナさんも、ミーちゃんも……」

『……テンションぶっちぎってるから言うけどさぁ……』

 小さく、消え入りそうな声で、

『実は……諦めそうになってたんだよね……』

「……………………」

 何を、どうして……なんて聞かなくてもわかる。

『でもフウフウがこの大会に出ようって言ってくれた。フウフウがあの人を連れてきてくれた。

 ……そして奇跡を起こした。

 川底カジカ、山奥イワナ、鮫見ミツクリの人生がさ、動き出したんだよ。

 鰻田フウセンっていうのおかげでさ』

「…………そんな大したことはしてないよ」

 今でもはっきりと覚えてる。


 ――このままじゃまずいんじゃないかな。

 そんな空気が二つの事務所を支配していた。

 静かに、確実に追い詰められていた。諦めの言葉が誰かの口からこぼれ落ちしまいそうだった。

「大会に出よう!」

 だから言った。考えなしに。

 憧れのあのVTuberひとなら諦めないって思ったから。


『ふひひひひ!』

 カジカがすごく楽しそうに笑う。

『ま、フウフウはそんでいいよ。それがいいよ。

 ……さ。ウナギちゃんの背中を押しておいで。それがボク達の大事なチームメイトのためでもあるから』

「うん……行ってくる」  

 友人の声援を背にフウセンは駆ける。

 胸いっぱいにあふれる嬉しさで、思わずぐっ、と拳を掲げた。  


 ――大舞台の初勝利は憧れを胸に抱いた少女のもの。


2.

 Y子は辛うじて生き残っていた。

 ライフはほんの一ドット。どこに弾が当たっても死ねるほど。

 一階に着地。すぐさま回避できるように身構える。

『え――』

 しかしヤマブキは追撃を行わず、驚いたように動きを止めていた。

 仕留められなかったことに対するものじゃない。もっと別なこと。

『〈レジェンド〉。一時休戦。ログを見て』

 不思議に思いながらも、言われた通りにログへ注意を向ける。

「――――!」

 フウセンが勝利していた。

 驚き、驚いた自分をひっぱたきたくなった。


 Y子はゲーマーとして相手の戦力を反射的に測ってしまう。だからフウセン、ミツクリのペアが負けると予想してしまっていた。

 実力においてはカジカが危なげながらも頭一つ分上。イワナとミツクリは同格。フウセンは一段落ちてしまう。

 ペアとしての練度は同程度。しかし素直なフウセンペアに対し、トリッキーさを発揮するイワナ達が勝る。

 けれどそんなことは言えなかった。

 彼女達を信じたかったから……いや、ただ彼女達に嫌われたくなかったから。


『繋いであげたら?』

「っ――」

 彼女の勝利を信じきれなかった自分にその資格はない。

 けれどY子は弱い。どうしても彼女の声が聞きたかった。

『あ! Y子ちゃん大丈夫!? ライフギリギリだけど!』

 彼女は心からの心配を寄せてくれる。信じきれなかったY子に対しても。

 涙をこらえながら言うべきことを言う。

「っ……フウセンちゃん、勝ったんだね……よかった……」

『うん! Y子ちゃんのおかげだよっ!』

「そんなこと……」


『教えてくれたハンドガンで勝ったの!』


「――――」

 彼女にせがまれ、カスタムや戦い方など相談に乗った。自分でも上手く説明できたとは思えない。けれど彼女は真面目に聞いてくれた。本番でも活かしてくれた。

「どうして――あなたは――そんなに――」

 まぶしいのだろうか。素敵なのだろうか。純粋なのだろうか。

 上手く言えない言葉。

 しかし彼女はそれらを汲み取ってくれる。


「ゲームが大好きだからだよ」

 元気いっぱいな笑顔を届けてくれる。


 夢を叶え続けても欲しいものは得られなかった。

 これ以上続けることは他のプレイヤーや制作者に失礼だ。

 だからY子はゲームをやめるべきだと思い悩んでいた。

 ……そんな時に彼女と出会った。

 上手くいかなくとも、応援してくれる人が少なくとも、何度くじけそうになっても。

 彼女は楽しむことをやめず、挑戦し続けた。

 その姿がどれだけ励みになったことか。

 Y子の奥底深くに眠っている『ゲームが大好きな気持ち』。

 闇に沈み込んでしまいそうな大切な想いを、彼女はあたたかく照らしてくれた。

 だからY子はゲームを続けることができた。

 真剣にゲームへ取り組んでいる人達を倒さなければならない。沢山の人の夢を折っていくことだろう。

 潰れそうなほどの罪悪感を抱えながら、それでも這いつくばってきた。

 冷たく暗い日々の中、きらきらとしたVTuberがY子の支えだった。

 彼女達が楽しくゲームをしてくれるから、Y子は生きることを諦めなかった。

 彼女達があたたかな光であり、恵みの水であった。


 ――砂漠にだって花は芽吹く。


「フウセンちゃん……わたしはあなたに人生を救われてきたの」

「うん……。見てるよ、皆があなたを見てる。わたしがY子ちゃんを見守ってるから」


 かつて少女は無敵の存在だった。

 幼い彼女はヒーローであり、勇者であり、主人公であった。

 彼女とゲームの間に境界はなく、どこまでも自由自在だった。

 世界に色が芽吹いていく。


 ――最強の少女が再びこの世界へ戻ってくる。

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