第一章 第一話 ただ私と一緒に

 鰻田フウセンとは、新生VTuber事務所〈深海魚軍団〉に所属するバーチャルアイドルだ。 

 人間の世界に憧れた深海魚達が人に化け、生活費を稼ぐ為に動画配信を行っている。というのがメンバーの共通設定。

 現在四人のVTuberが所属しているが、その誰もが深海魚という謎設定を活かしきれずに苦労している。

 フウセンはゲーム配信を中心に活動している。攻略の参考になるほど上手いわけでなく、かといってネタになるほどに下手ではなく。

 けれど素敵な笑顔の頑張り屋さんなところが康鈴の心を射止めた。

 ちなみに彼女のチャンネル登録者数は五十六人。平均視聴回数は百回未満だ。


 ひとまず外エリアで話し込むのもなんだから、と場所を移動する。

『直接会った方がいいかもですけどねぇ。事務所とY子さん達の家、割と近いんですよぉ』

「え――」

『いや……事務所入りに必要な情報だから教えたよ。連絡先書かないと不審に思われそうだし』

 バツが悪そうにK7が肩を竦めるアクションをする。

「そ、それはいいんだけど……あ、あの、アイドルが、気軽に打ち明けていいことじゃないのでは……?」

『えー、いいじゃないですかぁ?』

 くすくすと機嫌よく笑うフウセン。すごくかわいいけど、ファンとしてはひやひやだ。配信でも郷土料理、天気の話を平気でしている。ちなみに主要都市に進出する資金がなく、地方に事務所を構えているらしい。

 宿屋に着き、K7がさっと受付をすませる。フウセンが恐縮してお金を出そうとしていたが、断っていた。

 階段を上がり、一室に入る。グレードの高い部屋を取ったようだ。暖色を基調とした落ち着いた調度。簡易厨房が備わっており、料理スキルを上げることもできる。中央のテーブルではミニゲームをすることも可能だ。

『どうぞ』

 Y子がぼうっとしているうち、フウセンがY子用の椅子を引いてくれる。

「あ、あ、あ、ありがとうございます……!」

 恐縮しすぎながら、Y子は椅子に座る。

 フウセン、K7が椅子へ着席し、チャットモードへと移る。

 画面の下半分に着席する三人の姿、上半分にチャットボードが表示される。

『じゃあ改めまして。〈深海魚軍団〉所属の鰻田フウセンです。Y子さん、K7さん、よろしくお願いします!』

 ぺこりとお辞儀し、にこりと笑顔を向けられる。

 もちろん本物のフウセンはもっと可愛いのだが、にじみ出る魅力がY子を打ちのめす。

『ご丁寧にありがとうございます。私が連絡した丁野です。……この度は、忙しい中時間をとっていただき申し訳ございません』

 K7が社会人らしく丁寧な挨拶する。慌ててY子もお辞儀する。しかしどう名乗るべきかと迷っていると、

『あ、Y子さん。本名はまだ伏せていただいて結構ですよぉ。わたしも身内にしか告げられないことになってて……』

 フウセンがフォローしてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

 慌ててぺこぺことお辞儀するアクションをとる。

 ……やっぱり現実感がなく、ふわふわとした気持ちだった。

 こうして推しのVTuberと直接話すことができるなんて。

 

 フウセンがY子達を順に見て、本題へと切り込む。

『それで……聞かせてください。Y子さんをVTuberにしたい事情を』

「え、えっと…………」

 Y子はK7に視線を向ける。Y子自身の口から説明すべきかもしれない。けれど、幼馴染の意図が全てわかるというわけじゃないから。

 K7が口重たく答える。

『……実は、Y子はゲームを楽しめなくなってしまったんです』

『え……!?』

 フウセンが驚き、Y子の方を向く。彼女にとっては埒外のことだろう。彼女は心の底からゲームを楽しんでいる。Y子だってその配信をいつも楽しみにしているのだから。

『過去に……ひどいブラック企業に務め、ひどい上司の部下になってしまったそうです。……ゲームなんてする暇があれば……なんて古臭い説教をするタイプの……』

 K7は口を濁した。

 それはゲーム好きのフウセンへの配慮であったし、Y子の為でもあった。


 ――これだけでもまた頭痛を覚えたのだから。


『Y子……!』

「…………だ、大丈夫だよ、Kちゃん……」

 姿が見えていないというのに、幼馴染は呼吸の乱れだけで察してくれた。

『あの、無理に話さなくても……』

『そう、ですね……』

 フウセンの気遣いにK7が頷く。

 Y子もほっと息をつく。……話すことは、きっと優しいフウセンを傷つけてしまうだろうから。

『配信者ならゲームしたって文句言われませんからねぇ……むしろ、仕事してるって褒められるぐらいで』

『ええ、それも理由の一つです』

 確かに彼女達の言う通り、『あの言葉』に対する反論ができるだろう。それは大きな一歩ではあるだろうけど。やっぱり気は重いもので……。

『んー、でもY子さんなら、リプレイ動画をただ配信するだけでも暮らしていけそうですけど……応援もいっぱいもらえるでしょうし』

 察してくれたフウセンが提案してくれる。しかしK7が首を振る。

『いや……称賛だけでも駄目だったんです』

『そう、でしたか……』

「…………」

 フウセンは心配そうであり、不思議そうでもあった。……四つの王冠を喜べないY子の方がおかしいのだ。

『じゃあ、eスポーツ選手とかはどうです? Y子さんを欲しがるチーム、いっぱいいるって聞いたんですけど……』

『あー……そうらしんですけど。やっぱりフウセンさんとこじゃないと……』

『え?』

『えーと……』

 声を小さくするK7。Y子がどれだけフウセンを推しているかを告げれば、引かれる恐れがあるからだ。

「あの……」

 話を逸らすわけじゃないが、Y子は気がかりなことがあった。

「た、大会の方は……大丈夫なんでしょうか……?」

『あー……やっぱり、心配させちゃってましたかぁ……』

 あははは、と力ない笑みが返される。


 フウセンは事務所メンバーの鮫見さめみミツクリ、提灯ちょうちんアンコとともにアクションFPSの大会へエントリーしていた。

 しかし、酒飲み雑談中心のアンコが先日負傷した。酔っ払って転んで腕を骨折してしまったらしい。アルコール依存症も疑われ、強制休養中だ。

 代理を探さなければいけないが、配信ありとなれば限られてくる。

 ちなみに四人目のVTuberはあまりの視聴者数の少なさに心を折られ休業中。

 〈深海魚軍団〉の半分が活動不能であり、知名度はまだまだ。

 かなり崖っぷちな状況。

 あるいはその大会が彼女達の最後の希望なのかもしれない。


『で、でも、Y子さん達は心配しなくてもいいですよ? 今、社長が頑張ってくれてますから。自ら出てやる、って……』

「『…………』」

 配信で以前、社長はゲームが苦手だと話していた。アンコのキャラを引き継ぐにしても、やり込み要素の高いあのゲームで結果を出すのは難しいだろう。

 もちろん彼女達の助けになりたいとY子は思っている。

 VTuberになれる気はしない。しかし大会だけなら力になれる。ゲームだけがY子にとっての武器なのだから。

「あ、あ、あ、あの――」

 精一杯の勇気を振り絞ろうとした時、


『待ってください。……どうしても、今確認させてください』


 フウセンが真剣な調子でY子を押し留めた。

 高揚の含んだ深呼吸をし、尋ねてくる。

『今更ですけど、ちゃんと聞かせてください。あなたがYなんですよね?』

「…………?」

 Y子は即答できなかった。何か大きな違和感を覚えてしまったから。K7が代わりに答える。

『……? ええ。(レジェンド)とか〈ミラージュ〉と呼ばれているYで間違いないですよ。信じられないでしょうけど』

『え……?』

 しかし、やはりフウセンの疑問の声が上がった。

『あ……! ごめんなさい! 言葉足りなくて! ええとあの……」

 フウセンが尋ね直す。期待を込めなおした上で。

「いつもチャンネルで応援してくれてる、Yですよね?』

「『っ――!?』」

 

 実のところ、ネット上に『Y子』のハンドルネームは多く存在している。冗談の類か、別の感情か。あるいは捻りのないネーミング(叶理命名)だから被ったのかもしれない。

「まさかあのY子さんなのかなぁ……?」

 と配信でもフウセン達は首を傾げていた。

 

『え、ええ……。あ、そうか。すみません……〈レジェンド〉としてのネームバリューばかり強調しちゃって。楽しんで観ているって、ことしか伝えてなかったですよね……?』

 K7が落ち度を謝る。しかし不思議でいっぱいそうだ。

 当然だ。今彼女達に必要なのは〈レジェンド〉としてのY子。けれど彼女が確認したのは――。

『じゃあやっぱりわたしからお願いさせてください! 誤解のないように!』

 フウセンが嬉しさに声を弾ませる。

『もちろん〈レジェンド〉としてのあなたの力が欲しいことは確かです。ゲーム界を揺るがすほどの力が、転覆しかけのわたし達の事務所には、どうしても魅力的です。さっき「元気をもらってる」って言ったのは、あなたのプレイからもです。

 でも――!』

 フウセンがまっすぐにY子を見つめる。明るくて優しげでいつも元気な表情がはっきりと浮かび上がる。

『わたしはずっとYとゲームをしたいと思ってたんです! いつも見守ってくれるあなたと一緒にゲームができたら、どんなに楽しいだろうって! ずっと思ってたんです!』

「――――!」

 Y子は震える。涙さえ溢れる。

 ずっとずっと声は届いていた。ずっとずっと想いは届いていた。

 彼女はY子を求めてくれた。本物の〈レジェンド〉かわからない、ただのY子を求めてくれていた。

『もう一度言います。助けてなんて言いません。ただ、ただ――』

 どくどくと胸が高鳴る。

 冷たく、ぼろぼろになってしまったY子を再び動かした声。

 あたたかさと優しさがまた差し伸べられる。

『わたしと一緒にゲームで遊びませんか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る