第25話 基礎刻印術
――――――次の日、第2演武場
今日の授業は、基礎刻印術。内容は、「刻印の特性と流派」。講師は……、……。
「おはよう、1年生の諸君。昨日ぶりだろうか。この授業は、ルドルフ・カーフェン、私が担当する。それでは、知る者がほとんどだと思うが、我が国が誇る刻印技術の概要を説明しよう。さて、そこの君」
すると、ルドルフさんは、ウサミ流の生徒に弓矢を渡す。
「ウサミ流の君ならたやすいだろう。あの訓練用の人形に向かって弾いてみせなさい」
そういわれたその生徒はスッと立ち、スラリと弓を構え、狙撃距離よりやや遠くに置かれた人形の胴を易々と射貫いた。あの距離、自分も弓の心得はあるが、狙っても、十回に一度当たるかどうか……。
「ふム。見事だ。では、次は……」
そういいながら今度は、ネクタイを外し、小手のように右手に巻きながら、人形の前に立つ。
「次は、私に向かって撃て」
「え゙っ……?!」
その生徒は明らかに動揺している。これだ。昔からルドルフさんは、日常を一瞬で死合いの空気に変える。いずれ戦士は命を奪う。そのことを命のやり取りを知らない人間に、不意に突き立てる。大概はあの生徒のように凍り付き動けなくなる。
物音の立てない丁寧な所作から飛ぶ、鋭く凍てつく覇気に当てられて、ほとんどの生徒は顔色を悪くしている。
これが普通の反応だ。いきなり命を奪う、あるいは奪われるそんな危険が首筋に突き付けられた時の緊張は、歴史から戦争が遠のいた昨今では体験するはずもない。
自らが握る武器が人の命を奪うものだと、一番容易に体験させることができると、ルドルフさんはこうして戦士としての覚悟を試す。あれでもかなり抑えている。本家の戦士を鍛えるときは、あんなものじゃ……。
と考えていると、ウサミ流の生徒の顔からさらさらと血の気が抜けてゆく。まずい、あのままでは――
「ゆっくりと呼吸するのよ!焦っては駄目!」
ふと声のほうを見ると、あれはクロス家の長女だったか、強く声を張り上げることで、喪失しかけている生徒を正気に戻そうとしている。
その甲斐あって、その生徒は少しずつ平静を取り戻し、ゆっくりと弓を構え始めた。
「ふム。しっかりと
それを聞いて、唾をグッと呑み切り、構えた弓をやや震えながらも、引き切り、教師に向かって矢を放った。
ヒュッ!と音を立てて、なおも矢は彼の顔面に飛んでゆく。
一部の生徒が悲鳴をあげる中、放たれた矢は、盾のように構えた彼の手の甲に
勢いを持って突き刺さるだろう矢尻が、彼の手の甲に触れるほどの位置で勢いを失い、カランと音を立てて、地面に落ちた。
ことの次第を見ていた大勢が胸を撫で下ろし、安心と共にその技の鮮やかさに拍手した。
「ありがとう。何より協力してくれたこの子に拍手を」
ウサミ流の生徒は拍手の中、顔を赤くしながらクロス家の令嬢の元へと戻っていく。緊張の糸が切れたのか、崩れ落ちて半泣きの様子だ。
「さて、今見てもらったのが刻印の力だ。これはセト流の『吸収』。セト流の基本的な刻印術であるわけだが、刻印に魔力を流すだけなら、魔力を扱うことができる者なら誰でもできる。刻印の力を引き出すには、3つの段階を経る必要がある」
そういいながらルドルフさんは汎用刻印が刻まれた壁に触れる。普段は
「刻印に魔力を流し、必要量を注入する、『
刻印の輪郭に魔力が流れ、徐々に輝き始める。
「充填された刻印を刻印の中で繋ぎとめ固定することで刻印を
流れ込んだ魔力が結びつき、ぼんやりと輪郭に漂っていた魔力がはっきりと形を成す。
「励起した刻印を発動させる『
刻印がキラッと輝くと、ガガコンと音を立てて壁が動き、黒板が現れる。
「このように汎用刻印では単一の機能をもつだけで、容易に
というと、6つの簡易紋章が黒板に描かれてゆく。
「
説明の中で一人の生徒が手をあげる。
「教師カーフェン、質問願います」
「ふム、許可しよう」
「刻印を使う戦士の資料や歌物語には魔法のような力を使う戦士が出てきますが、この戦士たちも同じ6流派のどれかに属しているのでしょうか」
「丁度良かった、それについては今から説明するところになる、刻印の出力というところになってくる。これに関しては、私のセト流では、序盤の出力がわかりづらいものだからな……諸君らの中にカグラ流の編入生がいたはずだ、出てきたまえ。」
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