第14話 交わる視線

「……はぁ?!俺が?」


 だが、気になっていたのは確かだ。奴と俺の間にある差がどれだけなのか。


 教範きょうはんに書かれたような奴の剣術と、型破りな俺の剣術との差が、どれ程なのか。


そんなことを考えていると、


「いや、僕は木剣ぼっけんは使わない。君だけで構わないんだ」


 ……ンのやろ。舐められてやがる。


「……わかった。その誘い受けるわ」


「ありがとう。では早速だが、レオン君には僕を叩き伏せるつもりで来て欲しいんだ。その中で僕は君の急所となる部分を2箇所触れるか、君の背後をとるかというところまでが訓練だ。……理解してもらえたかな」


「おう、とにかくぶっ叩きにかかればいいんだな」


 林の中、互いに十分な間合いをとって、構える。


 いつも通り下段に構え、半身になる。


 アルスの方も半身になり、少し腰を落とす。


「では、この小石を宙に投げる。地面に着いたら始めよう」


 アルスがふわりと投げ、小石が少し高めに宙に浮く。


 丁度ニ人の間にスーッと落ちてゆく。


 たかだか数秒もないような時間に、静寂せいじゃくと緊張が入り混じる。



 ストッ……



 ダンッッッ!!!

 緊張の糸を引きちぎるように地面を強く蹴って突進する。

 狙いは俺の初撃しょげきさばくだろう奴の左手、そのさらに深く、左肘への切り上げを仕掛ける。

 グンッと伸び上がる勢いで左足を踏み込み、切り上げ――

 切り上げただけだった。

 剣筋は空を切り、アルスの姿がかすみのように揺らめき、切り上げをすり抜けるように俺の視界の左下に滑り込んでゆく。

 まずい!

 足払いを警戒して、前に出した左足を引き上げる。

 すると、アルスが地面に両手をついて、払った脚を身体に引き込んだ瞬間、身体を逆さのままに両足で蹴り上げてきた。

 足払いを嫌って引き上げた左脚にガツンと当たり、後ろに吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」

 崩された体勢を整えながら後ろへと距離をとる。


「おいおい、急所を狙ったにしてはガッツリ蹴り上げるじゃねーかよ……。俺の股間がラウ山まで吹っ飛ぶかと思ったぜ」


「そんなことはない。君の切り上げもまともに食らっていたら僕の左腕はメーラマ湖まで吹っ飛んでいただろうな」


「俺の攻撃の方が吹っ飛んでねーじゃんかよ!」


 余裕のアルスへ次の一手を繰り出す。

 右肩に剣を担いで、左下へと切り下ろす。

 これにアルスは左手を添えるように剣をいなしながら、身体をさばく。

 距離を詰めるアルスを牽制するように、いなされた剣を左下から切り上げる。

 これに潜り込むアルス。

 同じ手を食らってたまるか。

 身体をグッと張って、前蹴りを繰り出す。

 不意に身体の芯を捉えた攻撃を両腕を盾にして受けるアルス。

 崩れた体勢のアルスに、右から左へと一文字いちもんじ斬りを繰り出す。

 今度こそ捉えた――

 ――いや、油断するな。

 思った通り、この追撃に、地面に伏せるように避けながら、アルスはそのまま地面を蹴って、後ろへと距離をとる。


 フーッ……フーッ……


 俺もアルスも肩で息をし始める。


 底の見えない実力を探り合い、それでも見えない互いの底を感じ、同じことを考える。

 

 ――この男、どうやったら勝てる?

 ――こいつ、どうやったらぶっ飛ばせる?


 息を整え、構え直し、


 ――次の手で決着けりをつける。


 左足を前に出し剣を中段に、最速で突きを繰り出す構えを取る。

 ダンッ!と踏み切り、身体をひねって右半身をねじり出し、みぞおち目がけて突きを――

 アルスの目が林の暗がりでギラリと輝く。

 俺の突きを寸前で外側へかわす。

 その時、勢いを殺しきれずに突き出た俺の右腕を刈り取る奴の両手が、狼みたいに――

「それならぁ!」

 不意を取られた隙を突かれるくらいなら。

 殺すべき勢いを殺さず、身体をその方向への放り出し、不用意に近づいたアルスを両手ごと体当たりで吹っ飛ばす。

 次を――――

「やめだ」


「おい……自分で誘っておいて……辞めんのかよ……」


 あーキツ。


「そもそも……この訓練の終わりが……僕が君に勝つことが前提で考えていた……それでいて……僕も君も負けん気を張って……何度も立ち直るだろう……これでは終わらない……だから……やめようと言ったんだ」


「………………わかった」


 ……くそ。勝っても負けてもねぇモヤモヤした終わり方だ。


 なんなら奴が身体一つで戦ったせいで負けた気ぃすらする。


 土埃つちぼこりをはらいながら、息を整え、木剣をアルスに返す。


「ありがとう、いい訓練になった。」


「そうか……」


「この礼はまた今度、改めてさせてもらおう」


「礼するも何も、同じシノザキ流だったろ…………ん?そういや青嵐寮せいらんりょうにいたか?」


 そうだ。入寮初日からアルスはいなかった。それに、エリザさんに啖呵たんかをきって出ていった生徒も、帰ってきていない。


「僕は今、暁星寮ぎょうせいりょうに住んでいるんだ。学年の隔たり無く生徒が集う寮でね。色んなことを学べるところだ」


「……へえ?それはまた。そういや、青嵐寮せいらんりょうから一人出ていった奴がいたんだが、そんな生徒も来たか?」


「あー……、居るには居るな。名前は覚えてないが」


 ……こんな調子で俺の名前が忘れられるなんてことがないようにしねぇとな。


「なんにせよ、訓練に付き合ってくれたこと、感謝する。食べそびれた昼食もそのままなのだろう?食い気が削がれる前に食べた方がいいだろうし、ではまた会おう。レオン君」


 そういうと、アルスは道具をまとめてその場を後にする。


「……アルスゥ!」


 このまま有象無象うぞうむぞうとして認識されて別れるくらいなら……


「次やり合うことがあったら、絶対勝つからな!」


「ああ、楽しみにしているよ」


 微笑みを残して、アルスは暁星寮ぎょうせいりょうの方らしいところに向かって消えていった。


「あー!くっっっそ!悔しいったらねぇぞ!」


 苛立ちと悔しさを晴らそうと叫んだ声は、林の奥へ消えていき、ただただ春風にそよぐ木々の音が返ってくるばかりだった。



 ……腹減った。


 奴の言う通り、サンドイッチセットを食った。食い終わる頃にはイライラも収まっていた。


 もちろん、食ってる間はサンドイッチうめぇな、とか、カツの分厚さがたまんねぇな、とか思ったけど、アルスとの立ち会いのことが頭ン中でぐるぐるしていた。

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